それは私がずっと考えていたことだった。
幸村や政宗が私を母親と慕ってくれるのは
元親や慶次、元就が心を許してくれたのは
小十郎さんが、私を好きになってくれたのは
全部全部、あの状況だったから。
「誰も、知らない。何も知らない、頼る人間もいない、右も左もわからない、そんな世界で」
大した説明もないままほっぽりだされ、そこで過ごせと言われ
「そんな中に、私みたいなのがいたから、…私しか頼れない状況であったから」
だから彼らは私に気を許した
まるで、生まれて最初に見たものを親だと認識する鳥のように。
「あの頃はそれでもよかった。刷り込みでも、みんな私を慕ってくれて、あの空間は、暖かくて。みんな、いつかは帰っちゃうからって、だけど今は!」
今は、違う。
彼らはこの世界に生を受け生まれてから今までの間をこの世界で過ごした。
この世界に友人や知人は山ほどいて、独自の交友関係を持っている。
あの頃みたいに、私しかいない状況じゃ、ない。
「今は再会したばかりだから、思い出の中の美化された状態だから、まだ慕ってくれてるけど…でもその美化された思い出とのギャップを感じる度にみんなが離れていくんじゃないかって、小十郎さんも、だから、」
―――それが、どうしようもなく、怖い
「…お前が言ってることは確かにそうなのかもしれねぇ」
小十郎さんの、低く凛とした声が部屋に響く。
「だけど俺らは自分の思うようにお前に接して自分の意志で心を開いた。確かにあの状況だったってのはある。けどな、俺らが救われたのは、惹かれたのは紛れもないお前の言葉、態度、行動だ」
「でも、それは生まれ育った時代が違うから簡単に言えたこともあるから、」
「あれが本当のお前だろうがそうじゃなかろうがそんなもんは関係ねぇ。俺達がお前に救われたって事実だけで十分だ。お前に頼るしかなかった状況だったとか生まれ育った時代が違って価値観や考え方が新鮮なだけだとかお前はぐちぐち考えてんだろうが、そんなもんどうでもいい。俺達を…政宗様を救ったのはお前だ。その事実は絶対にかわらねぇ」
もしそれが他の人間だったとしても救われたかもしれない
惹かれたかもしれない
けれどそれをしたのはお前だ
それだけは変わらない
そう、きっぱりと言い放つ小十郎さんに泣きたくなった。
「どうして、」
どうしてこの人はこんなにも
「どうしていつも欲しい言葉をくれるんですか…?」
あの頃からそうだった。この人はいつもいつも私の欲しい言葉を与えてくれた。それが暖かくて、ひどく怖かった。
「お前もそうだろ」
「私は違います」
「いいや、お前はそうだった。少なくとも俺達にはな。
それと、生まれ育った時代がどうこう言うが俺はこの時代にうまれ20年以上生きてるからわかるんだよ。あの頃お前が政宗様たちにかけた言葉は簡単に言えるもんじゃねぇ。誰よりも人の痛みを知ってるお前だからだ。俺が惚れたのはそういうお前だ。臆病で強がりで真田達に甘くて口が悪くしたたかで優しい、そういうお前に惚れた」
あの日お前に言われた通りお前を忘れ妻を娶ろうとしても無理だった
そう、小十郎さんは苦笑する。
「お前との約束は全部守るつもりだったがな。
どんな女を前にしてもお前がちらつくせいでこっちに生まれてからは恋人すら出来たことがねぇ。もちろん女性経験もゼロだ。笑うか?」
「…ずるい。
そんなこと言われたら嬉しくない筈がないのに」
「何百年も恋い焦がれた相手だ。お前の一生を手に入れるためならどんな手だって使うさ」
ふと、政宗は小十郎さんに似たんじゃないかと思った。
まるで政宗が吐きそうなセリフの数々
ああ、この人は確かに政宗の側近で、育ての親だ。
「こんな俺は嫌か」
「…小十郎さんは私がどんなに小十郎さんを好きか知らないでしょう?初めて会ったときからもう危なくて、ずっと好きになったら駄目だって頑張っても結局駄目で、そんなの初めてなんですよ?離れられる筈ないじゃないですか、だからこんなに怖いのに」
ぐいっと腕をひかれ、小十郎さんに抱きしめられる。厚い胸板、優しい匂い。
「別れ話だったらどうしようかと思った」
「ふふ、ある意味そんなつもりでした」
「絶対別れてやらねぇから覚悟しろ」
「小十郎さんこそ」
はぁ、と大きく息をはく小十郎の背中に腕を回しぎゅっとしがみついた。
「本当は今日はこんな話するつもりなかったんですけど、こういうのは早い方がいいなって。ごめんなさい、久しぶりに2人きりだったのに」
「本当にな。…まあ、これで晴れて恋人同士になれたわけだし許す」
「…実は私も恋人初めてなんですよね」
「そりゃあいい」
本当に、どうしようもなくこの人が好きなんだと思い知らされる。
でもそれが嫌じゃないから…困ったもんだ。
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