ジリジリと私達を照りつけていた太陽は姿を隠し、ムシムシとしながらも日中よりもいくらか涼しい夜がやってくる。
日頃沢山の生徒で賑わう校舎もその生徒達が帰宅してしまえば静寂に包まれる。
そんな静かな校舎を後にし向かうのは駐車場。愛車に乗り込んで携帯を見れば新着メールが一件。
―飯を作って待ってる
そのメールにくすりと笑ってエンジンをかけた。
「ただいまー」
カチャカチャと鍵をあけ玄関の戸を開く。
一人暮らしをしている一軒家には既に灯りがともっていて来客がいるのは明確だった。
「帰ったか」
居間に入った私を迎えてくれたのは最近恋仲というものになった彼と美味しそうな食事。ああ、お腹すいた。
「ただいまです」
「ちょうど煮物が出来たとこだ。着替えてこい」
「小十郎さんの煮物!すぐ着替えてきますっ」
彼と久方の再開をしてから数週間。未だ彼の手料理を食べる機会に見舞われなかった私が小十郎さんの食事が恋しいとこぼしたところ実現したのが今日なのだ。
あの数ヶ月ですっかり小十郎さんと猿飛の食事に慣れてしまった体は小十郎さんの食事を今か今かと待ち望んでいる。しかも小十郎さんの煮物は私の好物。
いそいそと楽な服装に着替え居間に行けば食卓にずらりと並べられた食事達。
「わ、美味しそう」
「2人での食事は初めてだな」
「ですねー。ふふ、2人きりになるのも再会の時以来じゃないですか?」
「ったく、あいつらは気をつかうことも出来ねぇからな」
大体小十郎さんと会うときにいるのは政宗だけど、というのは言わないでおこう。
「いただきます」
しっかりと手を合わせてから箸を持つ。まずはしじみのお味噌汁。
「おいしー…」
体にしっかり染み込むあたたかい味。
ご飯も、煮物も、おひたしも、全部全部美味しい。
「お前は本当に美味そうに食う」
「だって美味しいんですもん」
美味しいものは美味しそうに食べてなんぼだ。
「ごちそうさまでした」
食べ始めと同じく手を合わせて挨拶。片付けは私の仕事。
カチャカチャと食器を台所に運び食洗機にIN。この食洗機は唯一あの頃ここになかったものだ。
簡単に手を洗ってから2人分のお茶を淹れてソファーに腰掛けている小十郎さんの隣に座る。
「随分疲れているな」
小十郎さんが湯飲みを受け取りながら苦笑した。
そんなに顔に出ているか…。
「金曜日は駄目ですね」
一週間分の疲れが一気にくるから。
行儀が悪いとわかりながらもソファーの上に体育座りをするように両足を上げお茶を啜る。
「甘えるか?」
そんな私を横目で見ながら意地悪そうな顔でそんなことを言う小十郎さん。その表情にきゅんとしたのは悔しいから絶対に言わないでやる。
「…お願いします」
湯飲みをローテーブルに置いて小十郎さんの肩に顔を埋める。
まさか素直に甘えると思わなかったのか硬直する小十郎さんにくすくすと笑えば笑うなと頬をつままれそれから逃げるように体を離した。
ああ、やっぱり好きだなぁ
そんなことをふと考え小十郎さんの腕にしがみつくように顔を隠す。
「…あきら?」
そんな私に小十郎さんが心配気に私の名前を呼んだ。
「何が怖い」
私の心をよんだかのような的確な質問にドキリと心臓が跳ねる。
怖い
こわい
彼を好きなことが?彼に愛されることが?彼との関係が?
頭の中でいろいろなことがぐるぐると渦を巻く。
「…これから言うことは、きっと凄く酷いことで、小十郎さんを傷つけるかも知れなくて、…怒らせる、かもで、でも聞いてもらえますか…?」
「…ああ」
まだ、顔を見て話す勇気はないから。小十郎さんの腕にしがみついたまま口を開く。
「怖いんです。小十郎さんは温かくて、暖かくて、これ以上はないって思っても更にどんどんどんどん好きになっていく。だけど小十郎さんは、」
小十郎さんの私に対する気持ちは
「ただの、」
ああ、言いたくない
言ったらこの関係はどうなる?
けれど言わなくては
2人の、これからのために
「ただの、刷り込みなんじゃないかって」
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