自分でも何故こんなに心が騒いでいるのかがわからなかった。
前田と合流しすぐにあきらの知り合いらしき男が現れた。
あきらを先輩と呼びころころと表情を変えるそいつと話すあきらは普段見ている物とは違う顔や口調をしていて、それがやけに苛立った。
普段よりもきつめの口調。それが彼女の"素"なのだとしたらそれはそれでいい。この世界の女人の口調が自分達の世界のそれより些か荒々しいのはこの数ヶ月で知っていたからだ。
そして時たま毛利等に対し苛立ったときにあきら口調が崩れるのも。
俺が気に入らなかったのは恐らく相手の男に対してだ。
未だに自分に敬語を使い、他の奴らの前でも比較的柔らかな口調をするあきらがあの男の前では素の口調になる。
口調だけでなく表情も恐らく素のものだと思うようなものをする。
それをよく思わない自分に気付き、戸惑った。
それから自然と口数は減りあきらを目を合わせることも出来なくなり、それにあきらが気まずそうな顔をしたのも気付いたが止められなかった。
そして
"楓先輩"と呼ばれたあの男
奴に対する態度は誰がどうみても遠慮がなかった。
気を許しているのが目にとれた。
あの時、こちらに来ようとしたあきらの頭を掴みそれを止めた男が此方を見た、あの時。
俺と目があった男が小さく、勝ち誇ったように笑った。
それを見て自分の中の感情が爆発した。
「右目の旦那」
猿飛に話し掛けられる。
あきらは先程風呂へ行き、前田と真田、政宗様は部屋についている露天風呂へ、既に風呂から上がった長曾我部と毛利は何処かへ出掛けた。
つまり部屋には自分達以外誰もいない。
「あきらちゃんとなんかあったでしょ」
一瞬何故、と疑問が浮かんだがコイツは腐っても忍。洞察力は人一倍あるのは嫌と言うほど知っている。
「あきらは旦那が不機嫌な理由を自分の"素"を知ったからだと思っているよ
まぁ、そう思うだろうね。
あの子は人一倍"素"の自分を見せるのを恐れている子だから」
「―――っ」
猿飛の言葉に息をのむ。
思い出したのはあの日……あいつが実家から帰ってきた日の夜のこと。
「旦那が不機嫌なのは"嫉妬"でしょ?だけどあの子はその答えには絶対に辿り着かない。
あの子は根本的に自分に対して価値というものを見出していない、から」
あ、これあきらちゃんが言ってたことね、と猿飛が続ける。
「随分あいつのことを理解しているな」
「似ているからね」
あいつと自分は良く似ている、と猿飛は笑った。
「なんていうの?根本的な所がそっくり。だから多少は理解できるよ。
そんな俺様から一つ忠告」
猿飛のまとう雰囲気が、一瞬で変わる。
「俺様達みたいな人間はね、自分に親しい人間に嫌われることに敏感だ」
「…」
「だから少しでも兆候があらわれたら嫌われる前に離れる。
油断してたら、取り返しの付かないことになるよ」
あはーと笑う猿飛の言葉がやけに耳に残る。
嫉妬?
あぁ、確かにこれは嫉妬だ。
自分に見せないものを他の男に見せるあいつに対して嫉妬していた。
つまり、それは―――
「ただいまー」あきらと長曾我部が帰ってくる。
「あ、小十郎さん髪にゴミが」
「………っ」
深く考え込んで居たためかあきらがすぐ側にまで近付いていた事に気付かず、伸ばされた手に驚きつい振り払ってしまう。
「あ…」
驚くあきら。
しまった、と思ったときには遅かった。
「元就、散歩に行ったんですよね。ちょっと遅いので様子を見に行ってきます」
「少しでも兆候があらわれたら嫌われる前に離れる
気が付いたら、取り返しの付かないことになるよ」先程の猿飛の言葉が頭から離れなかった
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