膝に松寿丸を乗せ、体の右側には弁丸、左側には弥三郎が寄りかかるという体制で縁側に座る。
元はと言われればいつも元就にやるように松寿丸を無理やり捕獲したのが始まりなのだけど気が付けばこうなっていた。
しかも三人共寝ているというのだからあれだ。
先ほど呆れた猿飛が弁丸を引き取りに来たが本当に寝ているのか不思議なくらいしっかりと私の服を握りしめているため引き剥がせなかった。
まぁ、この体制についてはいい。
可愛い子供に囲まれ寝顔を堪能し少しは癒された。
いや、昨晩泣いたのが嘘なくらい癒された。
だけども。
「あ、暑い…」
季節は夏真っ盛り。
ただでさえ子供は体温が高いのにそれが三人も。そして最悪なことに私は暑いのが滅法苦手なんだ。
「大丈夫かい?」
慶次がパタパタと団扇で扇いでくれるが今いる場所が日当たりの良すぎる縁側ということもありあまり意味をなさない。「あきらちゃん本当に暑いの苦手なんだね」「体温が人より低いんですよ…」
体温が低い人間は暑いのが平気で寒いのが苦手と思っている人がいるがそれは間違いだ。
体温が低い分外部の気温との差が大きくてこれは私だけかもしれないが体温調整がうまく出来なく、熱中症になりやすい。
私だけかもしれないが。
「そろそろ昼餉だし三人共起こすか」
「そうだねー。このままだとあきらちゃん死にそうだし」
「本当に大丈夫かい?」
相変わらず政宗…もとい梵天丸を背中に引っ付けたままの小十郎さんににやにや笑う猿飛、本気で心配してくれてる慶次。
「(…三人が小さくならなくてよかった…)」
三人まで子供に戻ってたらきっと今頃力尽きて倒れていただろう。
それからなんとかチビ三人を起こし昼食を食べまた眠りについた三人に猿飛がタオルケットを掛けるのを見ながら再び縁側に座った。
私の手には一冊の文庫本。
実家に帰ったときに姉から薦められてなんとなしに借りて来たものだ。
内容はごてごての恋愛物。
その手のものにしてはすっきりしてるしテンポもよくて読みやすいが正直あまり好きじゃないタイプだ。
…元来恋愛物は苦手なわけだが。本を読み始めると自分の世界に入ってしまい周りの音が一切入らなくなる私だが今回はあまり集中できる代物じゃなかったからかふと誰かが隣に立つ気配に珍しくすぐ気付き顔を上げるとそこに立っていたのは梵天丸だった。
その手には湯のみと茶菓子の乗ったおぼん。チラリと後ろを見れば小十郎さんがこちらを見ていた。
…成る程。
「……これ」
消え入りそうな声がした。
「持ってきてくれたの?」
こくん、と躊躇いがちに頷いた。
「ありがとう」
微笑めばびっくりしたように目を見開いた。
―人と関わることに、慣れていないのだと思う。
そして人に愛されることにも。
「…お前は、梵が怖くないのか?」
「怖くないよ。だって、怖がる理由がない」
梵天丸がぎゅっと右目の眼帯を握る。
「梵は、醜いぞ」
「私はそう思わないけど?」
いつだか政宗が見せてくれた傷痕を思い出す。
「…あきら、」
初めて、名前を呼ばれた。
たどたどしい、呼び方だった。
「あきらは、へんだ」
「…うん。よく言われる」
俯く梵天丸の目から涙が溢れていることは知っている。
「おれは、醜くて」
だけど気付いて欲しく無さそうだったから。
「化け物、だから」
だから私は気付かないフリをする。
「なのにあきらは大丈夫って、でも、怖くて」
「…うん」
「ごめ、なさ…避けられるの、やだって知ってるのに、ごめ…っ、ごめんなさい…っ」
泣きじゃくる梵天丸にどうしようか…なんて悩みながらも膝に乗せて一定の早さで優しく背中を叩いてやれば梵天丸は戸惑いながらも私の胸に頭を預けた。
「泣け泣け」
泣くなと言ったら梵天丸は必死に泣きやむだろう。
でも、それじゃ意味ない。
梵天丸みたいに泣きたくても泣けない子は泣けるときに思い切り泣かせてやるのが一番だと、なんとなく思った。
(泣きたいときに泣けない辛さは)(私が一番知っているから)
「どこか痛いでござるか…?」
ふと気が付けば先程まで寝ていた筈の弁丸が私にしがみついて泣く梵天丸の洋服の裾を掴んでそう言っていた。
「佐助ぇ、ぼんてんまる殿が…っ」「あー…はいはい。大丈夫だから旦那まで泣かないの」
つられて半泣きになった弁丸を佐助が抱き上げあやす。
「…母親みたい」
「あきらちゃん?」
笑顔で凄まれるが無視する。
弁丸の登場でキョトンとしている梵天丸を腕に抱きながら続けて歩み寄ってきた弥三郎と松寿丸を見る。
「…大丈夫…?」
「泣くな。みっともない」
いい子達だな、と思う。
私もこんな時代があったのだろうか。
…無かったろうな。
梵天丸は二人を見た後に猿飛の腕の中からこちらに手を伸ばしている弁丸を見、それから恐らく私の背後で微笑んでいる小十郎さんを見て、はにかむように笑った。
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