「それがは弁丸ともうしまする!」
いつだかを思い出させるその自己紹介に思わず右手が幸村…もとい弁丸の頭に伸びていた。
軽く頭を撫でれば一瞬目を丸くしながらもふわりと笑う弁丸。
この子は、あまり変わらない。
そんな弁丸を抱っこしながら残りの二人に向き合えば一人はビクッとしてもう一人の後ろに隠れ、そのもう一人の方は此方を一瞥し興味無さそうにそっぽを向いた。
あれだ、緑の方は放っておこう。もう一人が可愛すぎる。
「君達の名前は?」
「まず貴様から名乗るのが礼儀だろう」
いつもと変わらぬその悪態に思わずいつものように両頬がどこまで伸びるかの実験をしてみたくなったがそこは我慢して「あきらといいます」と素直に自己紹介した。
大人ですから。
「ぼくは、弥三郎と申します」
あぁ、可愛い。
見た目はかわらないのに中身が違うと顔つきも変わるからいつもより可愛く見えるわけだ。
「…松寿丸と申す」
こっちは中身もさほど変わらないから顔付きも変わらない。
ただまぁ、こっちの方がまだ扱いやすそうだ。
「弥三郎に松寿丸ね」
「呼び捨てか」
「ここの家主は私だからね」
正しくは私は家政婦のようなもので七人は客のようなものなのだけども。
「じゃぁまぁ、取り敢えず朝餉にしますかー」
なんとか朝食を終え習慣である花壇の水やりを終えて洗濯物を干している時。
不意に後ろから熱い視線を感じた。
用があったら声を掛けてくるだろう、と放っておいたが声を掛けられることはなくだからと言って熱視線が消えることもなく。洗濯物を全部干し終えてからはぁ、と小さくため息をつきやっと視線の主を振り返った。
「ぁ…」
そこに居たのは元親、もとい弥三郎。
私が振り返ったのを見てびくりと体を震わせカーテンに隠れた。
私は洗濯籠を持ちゆっくりと縁側に向かい静かに腰掛ける。
そしてカーテンに隠れたままの弥三郎を見上げ「どうかした?」と問いかけた。
「あ、あの、」
「ん?」
下を向いて黙り込んだ弥三郎に小さく笑いその手をひき膝の上に座らせる。
…元就ほどじゃないけど年齢に比べて軽すぎる、気がする。
「ゆっくりでいいよ」
頭を撫でながら言えば弥三郎は口を開いては閉じ、また口を開いては閉じというのを繰り返した後ゆっくり顔をあげぎゅっと私の服を掴んだ。
「今日一日、お姉さんにお世話になるって黄色のお兄さんに聞いて、」
「うん」
「…迷惑じゃ、ない?」
弥三郎の言葉に髪を撫でていた手が一瞬止まった。
「なんで、そう思ったの?」
「…城のみんなは、僕をみると嫌な顔する、から」
「……それはなんでか聞いていい?」
尋ねれば弥三郎は服を掴むに手にぎゅっと力を入れ、消えそうな声で「僕が女の子の格好するから」と言った。
前に、いつだったか。
多分美容院に行く途中だ。
元親が自分が女の格好をしていたことを教えてくれた。
戦が嫌で女の格好をして逃げ回り、姫若子と呼ばれていたと。
なんてことないような顔をして、けれど冷たい目で。
「女の子の格好をすること、そこまで悪いとは思わないなぁ…」
「……本当?」
「もし弥三郎が女の子の格好をすることが何かに対する反抗なら尚更ね」
戦が怖い。
それは自分が傷付くことではなく、人を傷付けるのが怖かったのだと元親は言っていた。
「急がなくてもちゃんと答えは出るよ。
だから大丈夫。人を傷付けたくないと考えられるのはいいことだから、胸を張っていなさい」
弥三郎は私の胸に顔を埋め泣いた。
それは声を上げない、子供らしくない泣き方で。
悔しかったから思い切りくすぐればきゃはきゃはと笑った後に大声で泣きだした。
気が付けば松寿丸が近くに来ていて
その目はとても優しいものだった。
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