まだ半分程あった酎ハイを一気に飲み新しい缶を開ける。


「うち、三人姉妹なんです。
上と下に姉妹がいて私が真ん中で、」


しかも両方二歳差と歳が近くて。


「うちだけじゃなく割とみんなそうだと思うんですけど父親は割と長女を溺愛しますよね」


戦国時代がどうだったか知らないが、初めての子で、しかも女の子。自然と可愛がるのは当然で。


「で、母親は末っ子を甘やかす」


これは世間一般で一番多い傾向だろう。兄弟が多ければ尚更。


「私は割とほったらかしにされてたんです。
でも祖母も同居してたし別に寂しいとかはなくてむしろ自由に動き回ってたから楽だったんです。
事実親に構われて育った二人よりも成長は早かったし文字や計算を覚えるのも早かった。何より一番世渡り上手でした」


物心ついたときにはもう愛想笑いを覚えてた。お世辞や処世術まで。


「でもだから余計放っておかれた。
小さい頃から親に構ってもらった記憶があんましないんですよね」


しかもその記憶の中に姉妹がいない場面はない。


「だから家族って言ってもあんま実感なくて。
素、を出せる場所がなかったんです」


家の中でも愛想笑い。へらへら笑って、調子のいいこと言って、のらりくらりと生きてた。


「そうすると家族も本当の私なんて全然気付かないんですよね。
元より私に興味ないし。それであの人達の中で私は"いつも笑ってるやつ"になったんです」


自分が望んだわけではなかったのに。


「成長するに連れ家族から蔑まれる…という程じゃないですが…馬鹿にされることが増えたんです」


"私"はいつも笑ってるから傷ついたりしない
怒ったり、しないから。


「私に感情があることを忘れちゃったかのように」


あの人達は未だにそうだ。
私には感情がないように思っている節がある。


「そんなの…」

「酷いと思いますか?
…でも、しょうがなかったんです。私は"欠陥品"だから」


欠陥品。
私はずっと自分をそう例える。


「まぁそれは置いといて…うちは両親共働きで、祖母が歳で足腰が弱くなってからは私がずっと家事をやっていたんです。
否…"やらされてた"かな。本来なら姉がやるはずなんですがね…気が付けば何故か家事は私の役目になっていたんです。
その頃にはもう私と家族の間に溝が出来ていたからなんで私が…って不満ながらもやっていたんですけど」


ある日突然思ったんだ。


「家政婦みたい、って」


仲良しこよししている家族をいつも一歩後ろから見ていた。
私はあの輪の中には、入れない。

食事作って、掃除して、洗濯をして。
口を開けば私を蔑む言葉ばかり吐く家族にへらへらと笑い。

生活能力はあっても勉強はできない。他の姉妹のように運動もできない。
私はそんな劣等生だったから。


「"生まなきゃよかった""なんでいるの""死ねばいいのに"」

「……っ」

「ある程度の罵倒は受けました」


ヒステリックを起こす母親は決まって私にそう言った。


「けれど普通のときはそう言わないんです。
頭に血が上った時だけ。だから普段は険悪なわけじゃないんですよ。
表面上はみんな仲良し」


余所から見たら、ね。


「あの家にいると感情を殺さなきゃやっていけれないから息が詰まるんです。
だから実家は嫌い。ついでにいうと家政婦するのも嫌。
猿飛さんや小十郎さんにはいつも感謝してるんです。
自分以外が作る料理なんて、久しく食べてなかったから」


朝起きたら食事が出来ている。
それがどれだけ幸せなことなのかよくわかった。


「暗い話しちゃってすみません」


空になった缶を手の中で転がしながらまたへらっと笑う。


「ごめんね、ヤなこと聞いて」

「いや、私が勝手に話しただけですから」


それに、


「家族のこと誰かに話すの初めてだからすっきりしましたよ」


三本目の酎ハイを開けて一口煽る。
慶次は痛々しい顔をし、小十郎さんは無表情。猿飛は…読めない。

くいっと軽く肩を引かれいつかのように慶次にぎゅっと抱きしめられた。
洗剤や石鹸の匂いに混ざる慶次の匂いに安心する。


「慶次セクハラ」

「せくはら?」

「なんでもない」


一回ぎゅっと抱き返しゆっくり離れる。
夢吉がぺしぺしと慶次の頬を叩くのを見て久しぶりに笑った。


「ちぇっ、この前兄ちゃんみたいだって言ったから甘やかしてみただけなのに」

「はは、ありがと慶次。でも今はいいや」


今甘えたら、多分いつも以上に弱くなっちゃうから。


「なになに?風来坊はあきらちゃんのお兄ちゃんなの?」

「同い年なんですけどねー」

「俺様は?」

「ゆきのオカン」


…あきらちゃんそれ笑えない
まさにぴったしですよね


「もー。俺様もう寝る」

「俺もそろそろ寝ようかな」


呆れたように、そしてどこか拗ねたように言う猿飛とそれに便乗した慶次が立ち上がり酒瓶やコップを片付け出す。


「お休みなさい」

「うん。お休み」

「お休みあきらちゃん。
右目の旦那もね」

「…あぁ」


二人がリビングを去れば部屋には私と小十郎さんだけが残され私が酎ハイを飲む僅かな音だけが響く。
先ほどから殆ど喋らない小十郎さんにあんな暗い話するんじゃなかった…と後悔する。


「…あきら」


静かに名前を呼ばれる。


「なんですか?」


私が答えれば小十郎さんはビールの缶を持ったまま黙って立ち上がり私の隣に腰を下ろした。


「さっきの話だが…お前に味方はいたのか」


さっきの話、とはきっと家族の話。


「…いましたよ。
祖母…は何だかんだ一番可愛がってはくれたし、中学上がってから…14歳の時かな。この前ケーキ屋であった圭子さんが近所に越してきて、その後すぐ服屋で会ったタケや、東北に住む叔父とも知り合って。
特に叔父は多分私と家族との溝に気付いてくれているから、本当によくしてくれましたから」


東北に住んでいるからあまり会えないけれど、親にお金を借りなくていいようにバイト先にと知り合いの店を紹介してくれた。
親を頼らずに生活出来るようにと車をくれた。

入学祝いや卒業祝いには本当に申し訳ないくらいのお金をくれてそこから検定料や交通費を出していた。


「祖母さんは素のお前を知っていたのか?」

「…一回、偽物だってバレて"もっと自分を出していい"と言われた時があるんです。嬉しくて、祖母の前で素を出すようになって、少ししてから言われたんです。
"そんな子じゃなかったのに"って。
そこからですかね。素の自分を絶対に出さないって決めたのは」


あの人達が必要とするのは"仮面を被った私"だから、と。

当時を思い出し俯けば静かに頭をを撫でられた。


「…よく頑張ったな」


一言。
ただ一言だったけど、無性に胸が熱くなって。
でも素直に泣けるほど、子供でもなくて。


「……少し、酔っ払ったみたいです」

「あぁ」


こてん、と小十郎さんの肩に頭を乗せる。


「本当はわかってるんですよ。自分が悪いって。
でも素を出すのは怖い。また否定されるのが怖い」


祖母のことは大好きだった。
だから余計に、辛かった。

聞いてて気分いい話じゃない。
なのに小十郎さんは、ただ黙って頭を撫でてくれて。


「………っ」


涙が、溢れた。

泣くなんて何年振りだろう、なんて頭の隅っこで考える。
しかも人前で、なんてきっと幼稚園の頃以来だ。


小十郎さんは不思議
いつだったか猿飛に言ったように小十郎さんの側では自然と気が抜けてしまう
だから小十郎さんの側は危ない
依存したくなる

でもこの人はいつかいなくなっちゃう人だかり
だから、今だけ。


「(今だけ、甘えさせて)」


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