帰るのは実家だから特に荷物はないので普段持ち歩いている鞄だけ持ち車に乗り込む。
乗ったのは軽ではなくワゴン。親戚の送り迎えに駆り出されるのは目に見えているし実家に置きっぱなしな荷物も持ってくるつもりだから。
住んでいる家から実家までは車で三十分。そこそこの近さだ。
実家の庭に駐車して玄関の前で一回深呼吸。
「(大丈夫、笑える)」
心の中で呟いて玄関のドアを開いた。
「…はぁ」
疲れた。
夜、懐かしい自分の部屋でベットに寝転がりながら一息吐く。
法事の準備自体はそんなに大変じゃなかった。
大変だったのはこの部屋の掃除だ。
「(期待はしてなかったけど)」
やっぱりあの人達がこの部屋の掃除なんかするはずない、か。
持ってきたダンボールに洋服や雑貨を詰め部屋の隅に重ねてある。
「あきらーお腹すいた」
ドアの向こうから聞こえた声にイラッとしながら立ち上がる。
「(あーあ)」
本当、息が詰まる。
夕食を終えて部屋に戻り明日着る黒服を取り出し壁に掛け再びベットに倒れ込む。
ぴかぴかと光る携帯にそういえば、と携帯を見ればメルマガが何件か来ており、それを読まずに消去し電話帳を出し開くのは「自宅」のページ。
通話ボタンを押せば3コールで聞こえる声。
『もしもしあきらちゃん?』
私をあきらちゃんと呼ぶのはただ一人。
「猿飛さん」
その人の名前を呼べば「どうかしたー?」とあのいつもの軽い口調が帰ってきた。
「何にもなかったかなーって」
『大丈夫だよ。…ちょっと旦那と竜の旦那が乱闘起こしたけど』
「それ大丈夫じゃないですよね?」
何ボソリと言ってんだそんなこと。
よく耳を済ませば小十郎さんの静かな、だけど怒気を孕んだ声が微かに聞こえる。
なるほど、お説教中か。
『幸い何も壊れなかったし喧嘩の原因も下らないことだから安心してよ』
「ならよかった。
元就、そこにいますか?」
『いるよ。
…毛利の旦那ー』
猿飛の声が受話器から遠くなる。
『何ぞ』
「ん、花壇の水やりは大丈夫かなーって」
『愚問だな』
「そうですねー」
『姫若子に手伝わせた。問題はない』
いやだから問題あるよね?なんて言葉は口に出さず飲み込んだ。
元親には帰ったらお礼を言っておこう。
『あきら!』
『あきら殿!』
電話の向こう側で聞こえた元気な声に苦笑する。
どうやら説教は終わったようだ。
「元就、二人にかわってくれない?」
『ふん』
了承の声は聞こえなかったがあきら殿!という幸村の声が大分近くから聞こえたから大丈夫だろう。
よし、と一息ついて口を開く。
「…ゆき、政宗?」
いつもより若干低いトーンの声がどんなときに出されるかよくわかっている二人は「ひっ」と引きつった声を出した。
「乱闘、したんだって?」
『ら、乱闘なんかしてねぇよな!?』
『そ、そうでござるよ!ただちょっと…手合いをしただけで…』
「ふーん?」
申し訳ござらん!
sorry!
という声が受話器の向こう側から聞こえた。
最初から素直に謝ればいいものを。
「小十郎さんにしっかり搾られたみたいだね」
『ah…なかなか長い説教だったぜ』
遠くから『もう少し説教が必要な様ですな…』という声が聞こえたのは気のせいじゃないと思う。
「猿飛さんはともかくあんまり小十郎さんに面倒かけないこと。
じゃなかったら暫くおやつ抜きにするよ」
『そ、それだけは…!』
『…猿ならいいのか』
今度は『ちょっと、あきらちゃん!?』という声が聞こえた。
…気のせいだな、きっと。
「明後日の夜には帰るから、それまでいい子にしててね」
完璧に子供扱いだが二人は気付かない。
(みんなの声を聞いたら息苦しさが無くなったなんて)(絶対に黙っておこう)
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