▼ Trick or Treat!!

 

「みてみて、うた!」

 ジャジャーン、と効果音がつきそうな感じで何かを取り出した優子さん。
 ものすごく明るい、楽しそうな笑顔の優子さんに持ち上げられ、膝の上に乗せられた。
 おおう、今日は珍しくテンション高いねー、優子さん! と心のなかで返事をすると、にまにま、いや、ニコニコ顔の優子さんが私の前に何かを広げた。

「ハロウィンの衣装だよ! うたのも作ったんだ」

 はろうぃん。
 ああ、ハロウィーンか! そういやもう10月だったっけ。
 それももうすぐ11月。っていうか、明日11月。
 わ、忘れてたよ! っていうか、もう当日なのにそれまでに一回も出なかったじゃん、ハロウィーンのこと。
 なんだか白狼になってからというものの、あまりイベントごととか考えてなかったからなぁ。
 私だけじゃなくて、他の弦(ゆづる)兄さんや譜(つぐ)兄さんも考えてない感じだし。そもそもそういうイベントを知らないのかもしれない。
 イベントごとが好きそうな律(りつ)兄さんは騒ぎそうなものだけど、いつも通り牙がギラッと見せつける以外はなかったな。
 ニコニコとした顔で作った衣装を見せる優子さんは、ちょっぴりお疲れ気味。
 よく見ると目の下にうっすら隈があって、徹夜して作ったんだなって思った。そういえば、ここ最近なんかコソコソ作ってると思ってたけど、まさかハロウィーンの衣装作ってたなんて。
 ここがねー、と嬉しそうな顔で説明を始める優子さんを眺めながら、自分がすっかり白狼という種族に馴染んでいることを改めて思い知った。

 私が珠城唄(わたし)としての人生を終えたのが5月くらい。それからざっと5か月は経ってるんだなぁって思うと、なんだか不思議な気がする。
 だって私はこうして考えていて、生きてるって感じがするから。まあ身体は白狼の身体なんだけどね!
 ウキウキとしている優子さんを眺めながら、カーペットの上でゴロゴロと転がる。
 あ、毛がすごい抜けた。


「はい、着替えようね。おとなしくしててね」
「わぅん」

 ペット用ブラシでいつも以上に丁寧に磨かれ、ほんのり柑橘系の香りをたかれた。どこで買ったの、っていうかペット用のお香なんてあるんだ、というツッコミはスルーだ。
 ふわふわしている毛並みは念入りに磨かれたからか、いつもよりはおとなしくなっている。譜兄さんとおそろいの毛並みが少し変わっているのはまあ、今日はハロウィーンなのでしかたない。
 もふもふしい私の前足を優子さんが掴む。もふもふの毛並みを締め付けない衣装は、ふわりとしたカーブのある袖と背中のかぼちゃが印象的だった。
 なんというか、優子さんすごい気合入ってるね! のひとこと。
 そんな私の心中のひとことを知ってか知らずか、優子さんはニコニコしながら私の前足を袖に通した。
 毛並みが袖に引っかかって、まるで肉が飛びてているような状態になるか、と思いきやそこまで計算されていたのか、程よい長さのおかげでそんな悲惨な状態にはならなかった。
 ほんとよかった。よかったよ。人間時代に経験した、夏場のあの哀しみを体験せずに済んで。
 あ、優子さんまって、そんなにお腹をしめると、ぐえ。

「あれ? うた、ちょっとだけ太った?」

 言わないで、優子さん。
 別に、ちょっとドッグフード食べ過ぎたとか、兄さんたちに与えられた果物食べ過ぎたとか、狩りをしないから体重が減らないとか、そういうんじゃないんだよ。




「お、日向にうた。お前らも”こっち”のハロウィンに参加か」
「燈下(とうのした)先輩!」

 優子さんに衣装を着せられて、優子さんも自分の衣装に着替え終えたころ、私たちはいよいよハロウィンパーティーの会場に来ていた。
 学校という場でのハロウィンイベントとしてはなかなか大規模だけど、まあうちの学校はほら、金持ち子息令嬢が多くいるためか、多額の寄付金を持て余している。
 こうしたハロウィンイベントにも、寄付金のあまりだけでなく、イベントごとに寄付されるお金が使われていて、どれだけイベントに力を入れているかがわかる。まったく、イベントごとにじゃなくて、もっとまともなことに寄付してもらいたい。
 けどまあ、折角のイベントは楽しむけどね。
 ハロウィーンの衣装を身にまとった燈下委員長に挨拶しながら、燈下委員長のすぐそばにいる譜兄さんを見つめた。

「グルルゥ……ッ」
「……わぅ」

 すごく不機嫌そうに、尻尾で地面を強くたたきながら牙を見せた。
 威嚇、というよりは怒ってんだよコンチクショウ、というのを伝えているみたいだ。あまりイベントごとが好きそうじゃない譜兄さんにとって、いつも以上に騒がしいのは嫌なのかな。
 たぶん、というかきっと嫌なんだろう。だってパーティー会場、縄張りだからね。

 うちの学園のハロウィンパーティーは2つある。
 一般の、全生徒参加型のハロウィンパーティーと、限定自由参加型のハロウィンパーティーだ。
 一般のほうは、全生徒が参加を強要、というか圧力的な何かをかけられる一種の行事みたいなもの。
 学園内に設置されたイベントホールと学園敷地内の憩いの広場で行われ、制服のまま参加する生徒もいれば、タキシードとかドレスとかの如何にも上流階級です、といった衣装からコスプレや仮装まで、いろんな衣装に身を包んだ生徒たちがいる。
 教師陣もその日だけは無礼講らしく、いつもよりはちょっとだけはじけている。まあ、生徒が飲まないようにアルコール類はないけどね。
 そんな一般とは逆に、限定のほうは本当に限定的。
 学園上位者、つまり俗に言う幹部委員であるもしくは候補者で、その中でも特に優秀であり学園に住まう白狼をパートナーに持つ者、のハロウィンパーティー。
 自由参加、と書いてあるから、必ずしも参加しなければいけないってわけでもない。現に、燈下委員長は来ているけど、他に白狼とパートナーである生徒の数人が来ていない。
 もちろん、白狼の数も多いわけでもなく、私たち一家も含めて数十匹くらいだ。数人いないってことは、優子さんと燈下委員長を含め、今ここにいるのは最高でも10人ってところかな。
 こっちのパーティーに参加する幹部委員はとても少ない、っていうのが数字に見えてわかる。

「ゥオンッ!」

 少ないな、と思っていると、聞きなれた鳴き声が聞こえた。
 譜兄さんも聞こえたのか、耳をピンと立てて不機嫌そうに尾を振り上げ叩き付けた。あ、燈下委員長にあたった。

「日向」

 耳に残る、綺麗な声。
 優子さんも燈下委員長も気づいたのか、そちらを向いた。
 二人は驚いたように目を見開いて、片手をあげるその人にお辞儀する。

「宇緑(うろく)先輩! 先輩も参加してるんですね」
「ああ、ちょっとな。 ―――詩記(しき)も、イベントに参加なんて珍しいな」
「おっす、演之助(えんのすけ)さんも、強制イベント以外で参加すんなんて、一体どうしたんすか?」

 綺麗な声の主は、宇緑書記だった。
 ニヤニヤしてる燈下委員長に片眉をピクリと上げて、ワザとらしくため息をついた。
 まったく、とでも言いたげで、でもちらりと優子さんを見ると、驚きに目を見開いた。

「ひゅ、日向? その、格好は……」
「え? ああ! ホールの時は恥ずかしくてできなかったので、こっちではしようかなって。折角作ったんだし、もったいなぁって思ったんです」

 照れ臭そうにする優子さんに、男二人は微笑まし気だ。
 優子さんが来ている衣装は、俗に言う魔女っ娘モドキ。右手に箒、の形をもしたお菓子入れを握っていて、頭には黒いとんがり帽子をかぶっている。
 服はカボチャパンツもどきの黒いパンツで、上は黒とオレンジの二色のトップブラウス。
 黒縁の十字架のネックレスとつけていて、なんだか本格的だ。優子さんもかなり凝って作ってたからね。
 とっても可愛い魔女っ娘優子さんに鼻をデレデレさせる男どもは、片方は仮装してる。
 灰色味の強い犬耳、いや狼耳に、同じ色の長い尻尾。白いシャツに黒いジャケット、クロスペンダントをつけている。
 迷彩柄のカーゴパンツにゴッツゴツの黒いパンクブーツを履いてる姿は、どこをどう見ても不良ですはい。
 ただその犬耳尻尾がなければ。

「先輩も仮装したんですね。狼男ですか? 燈下先輩」
「おー、まァな。似合うだろ?」

 くるりと回ってつけていた尻尾を持ち上げる。
 ニッと笑ったその人は、燈下委員長だった。
 譜兄さんの毛並みと似せたのか、くるりとした内巻きの毛並みになっているその作り物の耳は、どの角度を見ても譜兄さんと似ていた。
 譜兄さんが不機嫌だったのは、これもあるかもしれない。一番気に食わないのは、自分の首元につけられている黒いリボンだろうけどね。
 着物姿の宇緑書記が譜兄さんを見つけて、小さく息を吐きながら苦笑した。
 そんな宇緑書記の傍にいる弦兄さんは黒いマントをつけていて、譜兄さんとじゃれあっている。
 譜兄さんは苛立たし気に、弦兄さんも機嫌はあまりよくなさそうだ。取っ組み合い、って言った方がいいかもしれない。
 お互いが身に着けているもの ――― 譜兄さんの黒いリボンを弦兄さんが、弦兄さんの黒いマントを譜兄さんが噛みながら転がっている。
 最初は仲良いなー、って感じで見守りながら世間話してた優子さんたちだけど、さすがにヤバいって気づいたのか、燈下委員長と宇緑書記がふたり、いや2匹を止めにかかった。
 体格的にはあまり変わらないけど、ほんのちょっと、微妙に大きな弦兄さんを抱える宇緑書記は辛そうだ。対して譜兄さんを抱える燈下委員長は平気そうで、たぶん普段からスコップやらなにやら重いものを持ってるからだと思う。
 宇緑書記は生徒会の書記で、普段は書記室に閉じこもって書類整理に追われているらしい。なんでも書類が多すぎていくらやっても終わらないとか。
 これにはまた深ぁい事情、とやらがあるらしいけど、この話はいずれ。
 まだ威嚇しあったままの譜兄さんと弦兄さんを宥める二人は、困った様に二人を見る優子さんに微笑みかけながら頷く。

「こっちゃあ大丈夫だから、お前さんはパーティーを楽しんでなァ!」
「ああ。俺たちはこの仔たちを宥めてからいく。うたと楽しんでくるといい」
「え、でも……」
「いーから! ……もしかしたら、他の白狼のパートナーにも会えるかもしれねェ。奴ら(・・)に会うのは面倒だが、他の奴らには挨拶してきな」
「っあ、ぅ、はい……」
「奴ら(・・)にあってしまったときは、遠慮なく俺たちを呼ぶといい。必ず助けよう」
「宇緑先輩、燈下先輩。……ありがとうございます! いってきます!!」

 優子さんの柔らかい髪を、燈下先輩が少し荒く撫でた。少しだけくしゃくしゃになった優子さんの髪を、今度は梳くように宇緑先輩が撫でる。
 兄さんたちは睨み合ったまま、だけど時々私の方をみながら息を吐いた。それはまるで、コイツちゃんとやれんのか? とでも言いたげだ。
 私は兄さんたちに向かって歯をニカリと出した。これがどういう意味かは知らないけど、律兄さんが調子いい時に決まってやるから、たぶんいい意味だ。
 2匹は驚いたように口を開けた。
 私は優子さんに呼ばれて背を向ける。なんでか後ろで慌てるような気配がしたけど、うん、何も感じてません。




「はぁ」

 二人と2匹から離れた私たちは、燈下委員長が言ったように他の白狼のパートナーたちに挨拶をしに回った。
 パーティー会場は白狼父(おとうさん)の縄張りで行われていて、白いテーブルと椅子、飾りが施されていて、白いテーブルには多くの料理が並べられていた。
 ハロウィンらしく、アイルランドやスコットランドに伝わる鬼火伝承・ジャック・オー・ランタンの飾り物や、リアルな骸骨の置物も置かれていて、オレンジ色の光りがやけにそれっぽい。
 特にジャック・オー・ランタンが懲りすぎていて、もはやハロウィンというよりは一種の魔術的何かを感じてしまうほどだ。
 カボチャで作られたそれらは遠目から見れば見慣れたもので、そして綺麗だけど、それでもビビるほどの怖さがある。
 さらに私は視覚の関係で周りがやけに暗く見え、それで恐怖がさらに引き立つんだから勘弁してほしい。優子さんは半べそで、他の白狼のパートナーを見つけたとたん走り出していく有様だ。
 そんな優子さんは今、疲れたようにため息を吐いている。それもそうだろう。
 学園で行われるこのパーティーは、白狼のパートナー限定なわけで、その白狼のパートナーはみんな優秀なものばかりだ。
 学園で優れたものをパートナーにする白狼だから、当然っちゃあ当然だけど、だから優子さんは凄く疲れている。
 学生同士なら問題ないんじゃない? って思うかもしれないけど、残念ながら今のところ第1学年で白狼のパートナーを得ているのは優子さんだけだ。
 御子紫(みこしば)くんはどうなんだ、って言われそうだけど、彼はまだパートナーを得ていないからこのパーティーに参加することはできない。
 優子さんが挨拶をしに回ったパートナーたちは、全員優子さんより年上。燈下委員長や宇緑書記の学年の人たちと、あとは全員教師だ。
 学園長が白狼父(おとうさん)のパートナーだから、もしや、って思ったけど当たった。学生時代からパートナーで、そのまま学園の教師になったひとも参加しているんだ。
 実際に、くるりとあたりを見渡すと保険医の糸川先生もいた。ニコニコとした笑顔で、そのそばには1匹の白狼がいた。その白狼がたぶん先生のパートナーなんだろう。
 優子さんは驚いていたけど、他のひとが驚いていないのをみていると、どうやら優子さんたち学生が参加してるほうが珍しいように見えた。
 今まで大人たちばかりに注目して気付かなかったけど、よく見てみると学生たちも優子さんのように疲れ気味に見えた。
 ハロウィンイベント、って言うよりは、企業のパーティーで上の企業にあいさつ回りをしている、みたいな雰囲気。優子さん以外の学生は企業の子息令嬢で、先生たちもいいとこの出身だから、かもしれない。
 とにかく、いろいろと疲れた優子さんは溜息が尽きない。

「はぁ。もう、すごく疲れたよ、うた。パーティーってこんなに疲れるんだね」

 困った様に笑う優子さん。
 私は一般のパーティーしか参加してこなかったけど、確かに疲れるよね、コレ。私が人間だったら絶対に参加しなかったよ。
 でも優子さんは真面目だから、今回は挨拶も兼ねて参加したんだよね。昨日が一般のパーティーで、本当は今日疲れてるのに。
 ぐでん、としてる優子さんの手のひらを舐めながら、お疲れ様、と心中で念じた。優子さんはちょっと嬉しそうに笑って、ありがとう、といった。
 そんな優子さんの様子がすごく嬉しくて、わん、と一鳴きした。
 空はキラキラした星がちりばめられていて、オレンジ色の光りがあったかく広がっている。さっきまで怖かったジャック・オー・ランタンも、今は楽しく思えた。

 暫くは優子さんと休みながら、もうそろそろ戻ろうか、と思っていたときだった。
 ザク、と誰かが近寄る足音。そして気配と、嗅ぎ慣れた臭い。
 優子さんは気づかない。私はグ、と姿勢を低くして迎え撃つようなしぐさをした。
 ――― いやまあ、そんな相手でもないんだけどね。

「こんなところで黄昏てるなんて、色気がないな、日向」
「ッだ、れ、って、一宮(いちのみや)さんっ?」
「おう」
「グオンッ」
「わぅー」

 学園長と白狼父(おとうさん)だ。
 真っ黒なスーツに、真っ赤なネクタイを締めた格好の学園長と、黒い首輪を付けた我らが長にして父。
 どこか誇らしげに見えるのは、私の幻覚ですか父。黒い首輪つけていつも以上に格好いい父は、その首輪を強調するように胸をあげた。
 大型の父はさらっさらの毛並みと切れ長の目が特徴だけど、さすが大型。というかもう大型ってだけでなんか格好いいよね。
 さらには白い毛並みに黒い首輪をつけてるもんだから、すごく格好いいよ白狼父(おとうさん)!
 意志疎通ができたら伝えられたんだけどなぁ。いつか伝えられたらいいと思いますまる

「可愛い格好してんじゃねぇか」
「かわっ!? い、いえっ! あ、うたのことですよね! はい、服装にはかなり力入れたんですよ。いつかおそろいのもの着たいなーって思って、似たデザインにしたんです。もこもこの毛並みが隠れないように工夫したんですけど、かわいいですよね」
「お、本当だ。お前たちおそろいのものを着てるのか。これは、魔女?」
「はい!」

 私の横でいろんなポーズを決める白狼父(おとうさん)を横目に、二人はなにやら衣装でお話し中。
 優子さん、その可愛いはあなたのことですよ! 口を大にして言いたいけど、疎通ができないせいで教えることもできない。
 できるようになったら真っ先に言うよ、優子さん。
 いや本当に可愛いんだよ、優子さん。魔女っ娘の格好、カボチャパンツって丈が短いからさー、ニーハイの所為で絶対領域できてるし、短い袖から出るすらりとした腕とか手とか健康的な白色で可愛いよね。
 顔もなごみ系の可愛さって感じで、そこにいると癒される感じがするよ。華がない、って言い方はアレだけど、優子さんは大輪っていうよりは一輪、儚くあるような花みたいな感じ。
 可愛い顔立ちは嫌味を感じさせないし、むしろあったかい感じがするよ。優子さんの場合は顔なんかじゃなくて、中身からにじみ出るオーラが何よりもいい。
 優しい子、って言う名前にぴったりな人ってなかなかいないと思う。優子さんは人並みにおしゃれが好きだし、気にもするけど、だからと言って彼女ほど外面だけを気にしてるなんて、とんでもない。
 むしろ彼女と優子さんを並べること自体間違ってるよね。なんて、ちょっと毒を吐いてみる。
 いえいえ、と首を振る優子さん。自分をごり押しアピールする誰かさんと重ねたのか、学園長は微笑まし気だ。
 そんな学園長は、近くにいた同じく微笑まし気な顔をしていた私を抱き上げた。優子さんとおそろいの衣装は上半身だけだけど、細部のデザインまで凝ってるので心配なし。
 学園長の頭上まで持ち上げられると、暗いけど学園長の顔がはっきりと見えた。オールバックの髪を格好よく決めて、いつもとは違う真っ黒スーツが男前さを際立させている。

「お前も、今日は着飾っててさらに可愛いな。仔白狼(ちび)魔女っ娘か?」
「……わぅん」

 くつくつ笑いながら言う学園長はどこか楽し気で、私の真っ白な額と学園長のむき出しの額がコツンと合わさった。
 間近で聴こえる学園長の柔らかな低い声が鼓膜を響かせて、人間だったらきっと真っ赤になってた。小さく鳴いた私に何を思ったか、学園長が頬擦りをしてくる。
 それが力の強いものじゃなくて、ゆっくりとした動きで優しいのが、またなんとも言えない。
 うー、と小さく唸る。学園長はくつりとまた笑って、私を地面へと降ろして優子さんのところへといった。
 まったく、もう、雨が降り出しそうだ。

「グル」
「……わぅ?」

 ぐでん、とゴロゴロしていると、白狼父(おとうさん)が傍に寄って腹の中に隠された。
 少しだけ寒い、らしい今日は、確かに冷え込んでいるのか、遠目に見た優子さんが少し寒そうだ。やっぱり、袖は長いものにした方が良かったかもしれない。
 ちょっと震えている優子さんに、学園長がジャケットを差し出すとこが見えた。真っ黒なジャケットを脱いだ学園長は長シャツになったけど、断る優子さんの方に羽織らせると、優子さんの頭を撫でた。
 ちょうどそんなときに腹の中に隠され、毛繕いをするように擦り寄られる。白狼父(おとうさん)のさらさらの毛並みに、白狼母(おかあさん)似の内巻き毛が絡む。
 暖かい腹の下はやわらかく、静かな気持ちになった。

「……なんだろう? 心配ねぇさ。奴らもお前を認めてるみたいだし、お前は胸張ってろ。大人ばかりで疲れるかもしれねぇが、慣れれば平気になる。俺みてぇな軽いのもいるしな」
「か、軽いだなんてっ! そんなことないです。一宮さんには迷惑かけてばかり ―――」
「おっと、それ以上言うのはなしだ。俺は迷惑なんて思ってねぇし、これもただの自己満足だからな。お前は気にせず、前を歩いてろ。学園のためになる生徒を支えるのが、俺たち大人の役目だ」

 そうくしゃくしゃと優子さんの頭を撫でる学園長。
 優子さんはちょっと泣きそうで、でもすごく、暖かそうだった。

「今日はもう帰りな。ゆっくり休んでろ。そんで、明日からまた笑顔で過ごせ」

 にし、と学園長が笑う。オレンジ色の光が強くなった気がする。
 下を向いたままの優子さんが、その顔をゆっくりと上げた。

「はい! 一宮さん、ありがとうございました!」

 晴れやかな笑顔だった。
 そんな可愛い魔女っ娘の笑顔に、学園長も柔らかに笑う。
 優子さんが私を呼んで、急いで白狼父(おとうさん)の腹の下から抜け出そうともがく。

「それでは一宮さん、わたしたち帰りますね」
「おう。っと、いや、ちょっと待て」
「え?」

 グル、と一鳴きした白狼父(おとうさん)が立ち上がって、腹の下からやっと抜け出せた。
 優子さんのもとへと走ると、優子さんが抱き上げてくれた。我らが父は、なんだかしょんぼりしたように尻尾が垂れている。
 そのまま歩き出そうとした優子さんが足を止めたのは紛れもなく学園長の呼びかけだろうけど、我らが父はなんでこんなにもしょんぼりしてるんだろう。
 そんな疑問を持つのと同時に、学園長はどうしたんだろうと気になって優子さんと一緒に学園長を見た。
 少し離れた距離にいる学園長は、暗い中でよく顔が見えない。学園長の横に座った白狼父(おとうさん)の頭を撫でながら、でも学園長は私たちの方を向いているらしい。
 優子さんが首を傾げた。

「Trick or Treat? ――― お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ」

 暗くてよく見えないけど、でもこれだけはわかった。
 学園長はきっと、意地悪な顔で笑ってる。
 ちら、と優子さんを見上げると、真っ赤になりながら口をわなわなさせていた。

「日向?」
「はっ、ははははhappy Halloween!」

 べし、とイイ音だった。
 優子さんが右手に握っていた箒型のお菓子入れを投げつけた。学園長がキャッチする姿を確認することもなく、優子さんは全力疾走。
 無駄にいい私の耳は、可笑しそうにくつくつと笑う学園長の声を拾い上げている。
 優子さんよ、学園長には勝てないね、やっぱり。


「っもう、はずかしい……」

 部屋についた途端ベッドにダイブ。
 衣装のままくったりとベッドで寝転ぶ優子さんの顔は、ちょっとだけ赤い。
 掠れたように笑い声が出た。優子さん、でも楽しかったでしょう?
 そんな私の心の声が届いたかのように、優子さんが顔を私に向けた。

「うん、楽しかったね、うた」

 空はもう真っ暗で、星がキラキラしている。
 何時の間にか眠りについた優子さんの寝息が、やけに楽しそうに聞こえた。
 優子さんの代わりに電気を消すと、窓の縁にたつ。
 よし、私も行きますか。



「いやぁぁあああ!!」

 限定ハロウィンパーティーの翌日。
 学園の女子寮角側2番目の部屋から、なんとも甲高い悲鳴が聞こえた。
 なんでも部屋中のハロウィンの飾りがボロボロにされた挙句、今日着るはずだった服がなくなっていたらしい。
 あとベッドが汁液まみれだったとか。さらには着る予定だった服は別の女子生徒から盗んだものだったらしい、というのはその日の昼に判明した。
 騒ぎ立てるその女子生徒を横目に、女子寮角側1番目の部屋では、今日も今日とて水浴びに精を出すイヌがいたとかいなかったとか。


「わんっ」

 Trick or Treat ――― お菓子を(つぐなって)くれなきゃ、悪戯(ふくしゅう)するぞ

prev / next

[ comment ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -