第-2話 イレギュラーの始動

オールドラント有数の食糧生産地、エンゲーブ。
その北に位置する森から、集落へと続く道を歩く、五人の人影があった。
しかし、その服装はバラバラであり、それぞれが違う出自、違う所属であることを伺わせる、何とも奇妙な一行である。
森には弱くはない魔物達がいるが、一際大きな戦闘があったのだろうことが、身なりと装備の摩耗や汚れなどから伺えた。

そんな中、まず、緑の髪をした少年が、自身と同じ顔立ちをしている、茶色の髪をした少年に、話し出した。


「ライガクイーンの住処を変えることができて良かったね!」
「うん。チーグルも助けることができたしねぇ」


嬉し気な感情を張りのある声に出して言えば、語尾が間延びしたゆっくりとした口調ながらも、同じく笑顔で頷く。
うむ、と、後ろ髪が長い、暗い金髪の少女もまた、毅然とした表情で同意した。


「これで、友が悲しまずに済む」
「チーグル達にも、俺等がここに来たってことは黙っているよう約束を取り付けてもきたし、これで一先ずは安心だろ」


陽の光を受けて若干の赤みを透かせる黒髪を持つ少年が、気だるげにしながらも安堵を滲ませて言った。

今までは脅かす者が居なかったチーグルの森に、子チーグルの誤った炎によって起きた火事で追われ、チーグル達の縄張りに住み着いたライガ達。そんな最中、この五人の思惑もあって、突然、人為的に動かした住処。
双方の蟠りは残っているも、それ以上悪化する前にライガの引っ越しという形で事態は収束した。しかし、このライガという最上位の脅威が去ったことで、ウルフやライガルといった次位の肉食動物が、空いた縄張りに入ってくる。
暫くの間は、生態系のバランスが乱れることになるだろう。
それだけが心残りだが、何よりも重要な要項である、ライガクイーンと卵の移動は終えた。


そんな会話に、真っ赤な上質のスーツを来た長身の男が、おずおずと黒髪の少年に声をかける。ほっそりとした体つきと腰丈まであるハニーブラウンの長髪は優男を連想させるのだが、不釣り合いな瓶底メガネが目元で主張していた。


「あ、あの、ヒイト。戦闘中に起きた頭痛は本当にご無事なのですか? もしものことがあれば、今夜だけでも宿に泊まったら如何でしょうか。その、わ、私でよろしければ、付き添いでお世話させて頂きます!」
「いや、いらねえし。…………お前、その言い方本当にどうにかなんねえのかよ」
「す、すみません……」


ヒイトと呼ばれた少年は、赤がかった黒い短髪を掻いて呆れる。
それを見るなり、この五人組の最年長であるはずの男は、しおれたように謝った。
この言い方がこの男の素なのだと全員は知ってはいる。だがいかんせん、悪気も下心も無いのに会話表現だけがおかしいのである。
ヒイトは暫く会っていなかったこともあり、ずっと変わらないこの態度に、どうにも不自然さを感じてしまうのであった。
とはいえ、何時もの事でもあるので、ヒイトはあっさりと聞き流す。


「ま、別にいいわ。あの頭痛は一過性だ、大して気にすることでもねえよ。だるくなったら自分で休むから、それでいいだろ」
「は、はい……」


そう言われてしまえば自分は差し出がましい、というように、男は不安げながらも了承するのであった。
その頭痛というのは、とある存在が一人の少年に接触し、言葉を贈った際に起こるもの。なのでヒイトに向けて放たれたものではなく、今回は無関係な立場ではあるのだが、彼は、その波長を時折受け取ってしまう特性のある体質の持ち主であった。


「でもさでもさぁ、その頭痛で声が聞こえたんでしょぉ?」


茶の髪の少年が、身の丈近いロッドを両手で抱えて、二人の会話に反応する。
それにヒイトは、「おう」と端的に返答した。


遂に、この時がきたのだ。長い戦いの幕が上がる。

一人の男の、壮大な計画。焔の名を冠した少年が仲間と紡ぐ、記憶の軌跡。
ヒイトは知っている。何もせず見届けるだけなら、双方がどのような結末を迎えて行くか。

始めは、軽い約束事のつもりで関わった。それは何時しか、人生を、命を左右する程に重い選択を伴うものなのだと知った時もあった。それを他者の勝手な想いで捻じ曲げることに苦痛も感じた出来事もあった。
それでも、「変えたい」と願った。それ故に仲間を募って、ここにいる。

その決意を胸に仲間を見回して、ヒイトは表情を引き締めた。


「もう後戻りは出来ねえ。全員気を引き締めて行けよ」


各々が、思い思いの返事をした。






集落に差し掛かり、とある宿の前まで来たところで、まずは長身の赤い男が別れる。
これから合流する人物とは、宿にて、待ち合わせをしているのだとか。


「で、では皆さん。どうかご無事でいらして下さい」
「はーい!」
「この日の為に頑張ってきたんだもん、僕も頑張るねぇ!」
「ま、少将にもよろしくな」
「健闘を祈っている」


そうして、宿の扉をくぐっていく彼の姿を見送って。次に、そっくりな二人の少年を見やる。


「で、俺等は行先一緒だが、お前らはまずどこ行くんだよ」


隣の少女と見合わせながら問えば、二人は揃って元気に返した。


「ノワールさん達と一緒にケセドニアに行くんだー」
「エンゲーブの外れで待ち合わせしているんだよぉ」
「……。オイ、お前等モタモタしてんじゃねえよ。とっとと帰れ」


途端に顔を顰めて沈黙し、突き放す様にヒイトは言い捨てる。
ヒイトが知るこの先の「出来事」とは異なり、和平交渉に向かうべく教団を抜けた導師を追って、六神将が戦艦タルタロスを襲うことは、既にマルクト側に漏れている。
その為に今しがた仲間の一人が、共謀することとなるマルクト軍の将校と合流するべくパーティを抜けた。
つまり、現在のエンゲーブ近辺には、マルクト軍の援軍が潜伏している状態なのである。
同じく郊外に居るということは、鉢合わせの可能性もあるということ。


「「……」」


その話を聞くなり、二人は冷や汗を浮かべて焦り出す。


「急いでノワールさん達の所に行こう!」
「うん。と、とにかく戻ろっ!」


緑の髪の少年が顔を見合わせれば、茶色の髪の少年も声をあげる。
そうして、二人の少年は、分かれもそこそこに、街道を慌てて駆けて行った。






それから少年と少女が町中を歩いて行き、自分達の旅の準備にと立ち寄ったアイテムショップを出る頃。店先の通りの先、遠くの町はずれで起こる爆発音と、人の喧噪。そして、数人の人影が乗り込んだ一台の馬車が、西グルニカ平野のある南へと走っていく様が小さく見えた。
ヒイトは目元に手を翳して、斜に構えた笑みを浮かべて呟く。


「おー、派手にやってらぁ」


同じくその様子を見遣る少女も、先ほど別れた二人の仲間について想う。


「無事とはゆかないが、出立したのだな」
「派手な騒ぎになっちまったな。ま、あいつ等も乗ってんだ。追手は何とかして撒けるだろ」


先ほどの爆発音は、何かしらの爆弾によるものだろう。爆弾と聞いてヒイトはこの先で一つ思い当たる出来事があったが、それを実際に見ることは無い。
しかし、近日中に起こるだろう一世一代の橋崩しは、どうあっても成功するという確信。それは、馬車に乗っている二人の内の片割れの実力を考えれば、十分に備わっていた。


「ならば我々も、こうしてはいられまい」
「だな。んじゃ、行こうぜ」


そうして少年は荷を担ぎ直し、少女の先を歩き出す。


「俺らの行先は、セントビナーだ」


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