第 0話 表舞台の鳴動

高く昇った陽光に、辻馬車の座席で眠っていたルーク・フォン・ファブレは目を覚ました。
外を見遣れば、今は長い石橋を渡っており、その先は水平線が広がっている。


「ようやくお目覚めのようね」


隣で目を細めたティアの素っ気ない言葉は気にも留めず、ルークは、初めての魔物との戦闘を重ねた昨夜の疲労を思い出して、楽天的にぼやいた。


「一時はどうなるかと思ったぜ。これに乗っていけば、屋敷に帰れるんだよな」
「ええ」


馬車は石橋を渡り切り、再び土の街道を走っていく。
その時、突然の轟音と共に、車内は激しく揺れた。


「うおおっ!」


地響きと爆音に荒れる馬を宥めていた馭者は、前方を見て驚きの声を挙げる。


「あれは!」


それに、何事かと二人が窓から外の様子を覗き見れば、前方には巨大な陸上装甲艦が迫っていた。その先では一台の馬車が、絶えず降り注ぐ砲撃を躱しながら駆けていく。


「そこの辻馬車、道を空けなさい! 巻き込まれますよ!」


陸艦から発されたアナウンスに、馭者は手綱を大きく引き、辻馬車の進路を右に大きく反らしてかろうじて避け、急停止した。
そのすれ違い様、馬車と陸上装甲艦は、轟音を立てて走り抜けていく。


「スッゲー! 何だアレ!」


初めて目にした巨大な戦艦にルークが声を上げていると、御者台から馭者が答えた。


「軍が盗賊を追ってるんだ」
「盗賊?」
「ほら、あんたたちと勘違いした漆黒の翼だよ」






激しく揺れる馬車の中、細腕に見合わぬ巧みな手綱捌きで砲撃を躱す女性が、御者台から後方に向けて声を張り上げた。


「橋に入ったら、ありったけ譜爆をばら撒きな! 橋ごと爆破させるんだ!」
「了解でゲス!」


二人の内、小太りの男が返事をして、後部座席の譜爆の箱を取り出す。しかし、もう一人の痩せぎすの男が、その残存を見て表情を曇らせた。


「しかし、エンゲーブでちょいと使っちまったな。この量で落とせるか?」


それでもやるしかない。このままでは追いつかれるばかりか、橋の上では満足に避けも隠れも出来ない分、砲撃も躱せなくなる。


「あの、ノワールさん!」
「ごめんなさいっ!」
「アンタたちが気にすることじゃないさ!」


同じく馬車に乗る緑と茶色のそっくりな少年が、それぞれに謝る。切羽詰まった状況ながらも、ノワールと呼ばれた馭者の女性は快活に言ってみせた。

馬車は、後十数秒と待たずに橋に差し掛かる。二人の男も、爆破の準備に取り掛かる。
その時、緑髪の少年が、ぱっと顔を輝かせて言った。


「そーだ! リィブ、ドカーンとやっちゃいなよ!」
「えっ?!」


突然名前を呼ばれた茶髪の少年が、肩を跳ね上げる。


「そいつはいい」
「頼めるでゲスか?」
「う、うん! ……ノワールさん!」
 

その提案に、二人の男も頷けば、リィブという茶の髪の少年はノワールを仰ぐ。これに彼女は不敵に笑んで、「やってみな!」と一声かけた。

少年は、ロッドを両手に抱えて、意識を集中させ始める。
そうして馬車は、石橋へと差し掛かった。






投げられた譜爆が、赤い譜陣を展開させる。しかし、橋を落とすには、その光は些か心もとない。

そこに、第五音素が集い、濃縮し、赤い光は炎となって、譜爆の周囲を逆巻き始める。それは譜陣に重なり、光度を高めた炎の光は敷石全体ばかりか、取付路までもを赤々と照り付けた。






「フォンスロット確認。敵は、第五音素による譜術を発動」
「第五音素反応、フォンスロット、共に増大。音素濃度……急上昇!」
「これは……。敵譜術、暴発します!」


画面の灯りが室内を照らす、陸艦の艦橋ブリッジ。座席に着く一人の乗組員が、後方の艦長席に立つ人物に報告する。
それを追うように、僅かに焦りを含んだ声が重なる。


「おやおや。橋を爆破して逃げるつもりですか」


艦長席にて立つ男が、メガネのブリッジを押し上げながら呆れる。
慣れた手付きで操作盤に手を翳し、乗組員へと命令を下した。


「慌てるな。タルタロス、停止せよ! 譜術障壁起動!」
「了解。タルタロス、停止! 譜術障壁起動!」






馬車が石橋を渡り切った直後、石橋から発された炎は衝撃を伴って爆散する。敷石を吹き飛ばし、橋脚までもを瓦解させて、騒音と共に崩れ落ちる。
そこへ向かって進もうとしていた陸艦は、ゆっくりを速度を落としながらも橋の手前で停止し、巨大な譜術障壁を前方に出現させて、耐え凌いだ。






「あれは!」


陸艦に刻まれた、黄金の竪琴を目にして青い目を見開いたティアに、馭者が言う。


「マルクト軍の陸上装甲艦、タルタロスだよ」
「マ、マルクト軍!?」


思わぬ敵国軍の名に、ルークがギョッとした。
この辻馬車は首都に向かう、と聞いて、故郷であるバチカルに直通で帰れるとばかり思っていたのだ。キムラスカ王国に近づいているはずなのに、それがどうして、敵国軍の陸艦など走っているのか。


「それじゃあ、向かっている首都って……」
「偉大なピオニー9世陛下のおわす、グランコクマに決まってるだろ」


誇らしげに語る馭者に、ティアはパチリと、まばたき一つ。


「……間違えたわ」
「何だとぉーッ!?」


驚愕や苛立ちを込めたルークの叫びが、長閑なグルニカ平野に木霊した。


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