君の秘密とザボンの実

月島軍曹が好きだ。
そう自覚したのはいつ頃だったろうか。
朝におはようと言ってもらえた時。
書類運びを手伝ってお礼を言ってもらった時。
たまたま同じ食堂で食事した時。
意識せずとも呼吸ができるように、彼を好きになるのも当たり前で自然だった。

でもきっと自分のようななんの取柄もないただの男に好かれても彼は困るだろう。
体力、普通以下。語学力、普通。勉学、普通。頭の回転、遅め。
ああ、こんな自分ではきっと呆れられてしまう。
なにもできない自分なんかに好意を向けられてさぞ軍曹殿も迷惑だろう。

体育座りしながら項垂れた花咲の周りには暗い空気が漂っている。
その様子を火鉢の傍で眺めていた尾形はまた始まったなと髪を撫でつけ、宇佐美は苦笑しながら溜め息をついた。

花咲いつき上等兵は大して目立った能力もなく、特筆するところのない軍人だ。
その平凡さを自身も自覚しているらしく、こちらがなにを言わずとも勝手に自己問答を起こし、勝手に傷ついている。

同じ上等兵として生活を共にしてきた尾形と宇佐美は慣れたものだが、最初にこの落ち込み状態を見た谷垣はどこか具合が悪いのではないかと本気で心配して医務室に連れていこうと必死になっていた時期があったことを思い出す。

肩を落としてしょんぼりしている花咲の背を宇佐美は極力優しく叩いた。
ちょっとでも強くしたら崩れてしまいそうなほど彼の姿は小さく見えるし、実際その心は豆腐より脆い。

「そのまま気持ちを伝えちゃった方が早いんじゃないの」
「む、無理だって。俺なんかじゃ絶対迷惑になる……」
「だったらとっとと諦めろよ」
「そ、それは……」

二人に挟み撃ちにされて花咲は分かりやすく目を回した。
右隣の尾形は言葉は辛辣だが、その表情は本気で面倒がっているというよりおもしろい玩具を前にした猫のようだ。左隣の宇佐美は爽やかな笑みを湛えながらも尾形と同じような顔をしている。

「そりゃあ自分なんかが好きになって申し訳ないとは思うけど、だからって諦めるつもりとかは……」

二人の間で動けず、居心地悪そうに指先を遊ばせながら呟く彼の顔はわずかに赤みを帯びている。
尾形と宇佐美は一瞬視線を合わせて、また彼のほうを向いた。

「それじゃ、もう告白するしかないね」
「えっ」
「思いは口にしなきゃ伝わらんからなァ」
「ええっ」

ずいずいと距離を縮めてくる二人の言葉に花咲はもっと顔を赤くする。その様子がおかしくて二人はくつくつと笑みを噛み殺した。

二人にとって彼はちょっとつついただけで大袈裟に反応を返してくる玩具同然だ。だが、その揶揄いにはいつだって優しさがあったし、本気で冷たくすることはない。
告白をしてもし受け入れられても、玉砕しても、彼らは花咲の頑張りを労ってやるつもりでいた。

そんな二人の仲間がいてくれてよかったと思いながら、花咲は今日も自分の思いの丈をぽつぽつと話すのだった。

▽▲▽

ああ、またやっているな。
月島は部屋の中に入ろうとして足を止めた。
中では火鉢を囲いながらいつもの三人が談笑し合っている。
尾形と宇佐美は楽しそうに、花咲は慌てながら。

月島がこの不思議な関係に気付いたのは二ヶ月ほど前だ。
たまたま話声が聞こえてきて、それが普段からあまり話さないあの花咲の声だったので、つい興味本位で聞き耳を立ててしまった。

「思い人がいるんだ」

道の隅に咲く花のように、どこか優しい声。
月島は驚いて戸の前で硬直した。

花咲は自分のことをよく気にしてくれる男だ。
一人ではなかなか終わらせられない業務の手伝いから、空いた時間の暇潰しまで彼は嫌な顔せず、自分に付き合ってくれた。
自分が人望のある方だとは思っていないが、そうやって慕われることは悪い気がしない。
だから彼が来たときは極力穏やかに接して怖がらせないように気を付けた。
それが功をなしたのか、彼が自分の元を離れることはなかった。

そんな彼の思い人。
どのような人なのか、興味がないとは言えない。
月島は足音を立てずに、そっと声のする戸のほうへ耳を峙てる。

「知ってる。月島軍曹のことでしょ」
「な、なんで知っ……」
「だって君、わかりやすいんだもん」

宇佐美の軽やかな声が鼓膜を揺らす。
なぜ急に自分の中が出てきたのか理解が追い付かずに混乱する。
そしてそれをすぐに否定しない花咲にも驚きを隠せない。

「見てて疲れるからさっさと言えよ。怖気づいてんじゃねぇ」
「そ、そう言っても俺は…ほら、こんなだし……」

そういえば同じ上等兵の二人と比べて彼は少し小柄だ。
筋肉はほどよくついているはずだが、軍服の上からではそれを感じさせない。
自分の身体的特徴を気にして寂しげな声を出す彼の両隣は嫌に爽やかな笑みを貼り付けている。
花咲が自分を卑下するようなことを言うたびに二人は応援かはわからないが、鼓舞するように言葉をかけ合っている。
その様子に嘘だとか冷やかしだとかいう雰囲気はない。

花咲が俺を思っている。
まさかそんなことがと思う反面、いままで傍にいてくれたのはそういう理由かとも思う。
どんな理由であれ、知ってしまったら景色が違って見えてくる。

月島は戸の前から去りながら、今日の空はこんなに高かったろうかと照りつける太陽に目を細めながら窓の外を見ていた。

あれからもう二ヶ月。
月日というものは人の気持ちを待ってくれなどしない。
月島が花咲への対応を変えることはないが、それでも知る前と知った後では意識するところは違ってくる。

「月島軍曹殿、書類を運ぶのでしたら手伝います」

見た目に合った少し高い声で名前を呼ばれると、ぎゅっと心臓が縮み上がる。
こちらに駆けてくるその姿が妙に愛おしく感じるのもきっとあんな話を聞いたせいだろう。

「ああ、頼む」
「はい」

山積みになった書類を半分に分けて二人で運んでいく。
師走の朝は透明感のある張り詰めた空気が流れ、降り注ぐ太陽の光に反射して廊下にきらめきが散らばっていた。

「最近冷え込んでいるな。体調を崩したりしていないか?」
「あ、はい。大丈夫です。軍曹殿はいかがですか」
「俺は……」

冷気を含む空気の中で自分の少し後ろをついてくる彼を見やる。
目尻がほんの少し垂れた目、その奥で自分を映すこげ茶の瞳、人柄通りの下がり気味な眉、程よく厚みのある唇、健康的な肌の色。
そのどれもが自分の心をかき乱して、どうにも落ち着かない。
黙ったままでいる月島を彼は心底心配そうに見つめた。

「軍曹殿? 大丈夫ですか。お体の調子が悪いのでしたら……」
「ああ、いや。平気だ。行こう」
「は、はい」

あの出来事。二ヶ月前の彼の話が今でも尾を引いている。
気にしなければいいと自分に言い聞かせてもうまく気持ちの整理がつかず、彼が傍に来るたびに月島は妙な緊張を感じていた。

自分を密かに思っている男。
人と接することが苦手で内気な性格。
こちらから声をかけると上擦る声。
それがなんだか可愛らしいなと思うようになったのはいつからだろう。

書類の片付けを終えて花咲と別れた月島は自分のもやもやとした気持ちを切り替えようと兵舎から外に出た。
太陽は真上に上がり、昼の時刻を告げている。
燦々と降り注ぐ光が兵舎に積もった雪をじわじわと溶かし、水溜りを作っていた。
大きく深呼吸する。冷たい風を肺いっぱいに吸って吐き出すと、白く色付いてから霧散した。

「来てくれてありがとう、花咲」

聞き慣れた名を呼ぶ声に反射的に反応する。
兵舎の裏、人目につきにくい場所から声がしたので静かに近寄ってみる。
最近こういうことばかりしている気がするな、なんて心の中で思いながら様子を伺うと、こちらからは背中しか見えないが、きっとどこかの連隊の上等兵だと思われる男と花咲が向かい合っていた。

「どうかしたのか。急に呼び出して」
「聞いてほしい話があるんだ」

相手の男の声はどこか緊張を含んでおり、花咲はきゅっと背筋を伸ばした。
男の手が彼の細い肩を掴む。ぐっと近付いた距離に彼だけでなく、月島まで息を飲んだ。

「俺は花咲のことが好きだ。真剣に交際を申し込みたい」

寒空の下、乾燥した空気に男の声は透き通るようによく響いた。
穴から入り込んだ彼の声はそのまま花咲と月島、両方の頭の中で木霊し、心の中に落ちていく。

「…………ッ」

先に声を上げそうになったのは当事者の二人ではなく、月島だった。
慌てて口を手で覆い、なんとか息だけを吐く。

花咲は急なことに驚きを隠せないといった表情でぽかんと中途半端に口を開けたまま目を白黒させていた。
男はどうしても今答えが欲しいらしく、彼の引っ込み思案な性格に配慮することなく、「お前の気持ちを教えてほしい」と答えを急かす。
そうは言っても今の彼にすぐ答えが出せるようには見えない。

そもそも花咲が思っているのは自分ではないか、と言い出したい気持ちをどうにか抑えて様子を見守る。
突然あんなことを言われて彼が正常な判断をできるかどうかだけが心配だ。
まさか押しに押されて交際を受け入れてしまうのではないかと心中穏やかではない自分に気が付いて、月島は首を捻った。
どうしてこんなに焦っているのか。

花咲はこういった話を受けるのは初めてなのか、男がどんなに急かしてもなにも答えられず、言葉にならない声を漏らしながらただ立っていた。
そんな彼に痺れを切らしたのか、男は肩を抱いたまま彼に口付けた。

一瞬。
ほんの一瞬の出来事。
声を発する暇もないほど刹那的な時間。
そのわずかな間だけ彼らの唇は確かに触れ合っていた。

どんどん大きく見開かれる彼の黒い瞳。
同じように息を殺しながら絶句する。
ジャリ、と一歩踏み出した軍靴の音で我に返る。
今、姿を見せてはまずい。よく分からないが、それだけは確かなことのように感じる。

花咲はさっきよりもずっと混乱した様子で男を見上げた。
相手は照れ隠しのように軍帽を深く被りなおすと小さく頭を下げる。

「返事、待ってるから」

男が去っていく。その背を追うこともできず、彼は動けないままだ。

月島は自身が隠れていた壁を背もたれ代わりに寄りかかった。
今起きたことが腹の中で渦巻いて、気分が悪い。
頭から外した軍帽で口元を隠すように覆う。
言い様のない感情を消すように長く息を吐いてみるが、結局なにも変わらなかった。

どうして自分がこんな思いをしなきゃいけないんだろうか。
突然思いを告げられて驚きたいのも、いきなり口付けられて怒りたいのも、きっと彼のほうだろうに。

彼が自分の元に駆け寄ってきてくれる様が、彼が申し出を断らなかった様が、彼が他の男と接吻を交わした様が、どうしてこんなに自分の心を乱しているのだろう。

白い息が自分と軍帽の隙間から漏れて空に昇っていくのを、意味もなく目で追ってみて月島はようやく自分の中にあった不思議な感覚の正体に気が付いた。

ああ、そうか。
好きなんだな。

柔らかい笑みを向けてくれる彼の控えめな態度が愛らしく感じるのも、自分以外の男との接吻に無性に腹が立ったのも、全部そういうことだったのか。

空に雲が浮かび、太陽が光るように。
彼を思う気持ちは当たり前のように自分の中に溶け込んできた。
彼が自分を思う気持ちもこういうものなのだろう。

今からでも遅くないだろうか。
鈍感な自分を彼は受け入れてくれるだろうか。

月島は軍帽を被りなおしてから兵舎に戻った。

▽▲▽

日夕点呼が終わり、花咲は一人、廊下を歩いていた。
雪は降っていないが気温は低く、冷たい床の上を進むたびに氷柱で刺された気分になる。
それでも彼の姿を目にすると寒さなんて吹き飛んでいくのだから、恋というものは不思議だ。

花咲は月島の部屋の前まで来ていた。
ちょうど戻ってきたらしい彼が戸を開こうとしてこちらに気付いて手を止めたので一礼してから傍に寄る。

「あの、月島軍曹殿。少しよろしいでしょうか」
「ああ、花咲か。どうした?」

月島は鼻頭を少し赤くしながらこちらを見た。
そのまっすぐな瞳に射抜かれるとどうにも緊張してしまう。
気付かれないように小さく深呼吸して、花咲は手に持っていたものを彼に差し出した。

「これは……?」
「ザボンです。柑橘類の一種で文旦とも言いますが、自分の住んでいた地域ではそう呼んでいました」

大きく、少し歪んだ楕円形のザボンは花咲の小さな手からは落ちてしまいそうなほどだった。
黄色の中にたまに緑の部分があり、大きな檸檬のようにも見えるそれを受け取って、月島は合点がいったというように顎に手を当てた。

「花咲は高知の出身だったか」
「は、はい。覚えていてくれたんですね。嬉しいです」
「あ、ああ、まぁ……」

はは、ふふ。曖昧な笑みを浮かべて二人で笑い合う。
花咲は月島の様子がなんだかおかしいような気がして口角を引きつらせた。
おかしいな。
いつもなら表情をそこまで変えることのない彼が自分なんかの話で笑っている。
笑って、どこか気まずそうに視線を逸らしている。
なんだかいつもと違う気がする。
なにが違うのかは鈍い自分では気付けもしないが、とにかくなにかおかしい。

冷たい廊下に沈黙が重く響き、その重量に耐えきれそうにもなくて花咲は声を絞り出した。

「あのっ、ザボンは風邪予防にいいと聞いています。疲労回復の効果もあるとか。軍曹殿は…自分なんかがこういうことを言うのは恐縮なのですが、お疲れのようなので……。よかったら召し上がってください」

息継ぎを忘れて一気に捲し立て、花咲は大きく息を吸った。
屋内だというのに凍えるほど冷たい空気を緊張の糸を解すように長い気息と共に零す。

自分なんかに心配されずとも、彼は立派な人だから体調管理ぐらいできているだろうが、それでも彼を心配したいというのはわがままだろうか。

月島は手に余るほどの大きさのザボンの表面を親指の腹で撫でてから、ふと微笑んだ。

「ありがとう。大切に食べることにする。花咲もあまり無理はするなよ」
「はい……!」

彼の穏やかな笑みを前にようやく気持ちが晴れた気がする。
花咲は肩の力を抜いて笑い返し、彼の大切な自由時間をこれ以上奪うのは申し訳ないのでさっさと戻ろうと頭を下げてから身を翻した。

まだ少し時間がある。今日はとても寒いし、火鉢にあたりに行こうか。
ザボンを渡せたといつもの二人に報告しよう。

そう思って数歩進んだところで、あたたかい骨張った手に掴まれた。
驚いて振り返ると月島がまだ部屋に戻らず、こちらの手を握っていた。
自分よりも高い彼の体温が悴んだ指先から伝わって、つい声を上げそうになる。
どうにか堪えていると、彼は申し訳なさそうに視線を床に落としながら口を開いた。

「今日の昼のことだが…その、お前が交際を申し込まれているところを見てしまって……」

ひゅ、と息を飲む音が自分の中ではっきりと聞こえた。
相手の言葉が脳を揺らし、頭痛がする。

見られた。
彼と無理やりではあったが、口付けを交わしたところを。
嫌われる。
いや、その前に、和を乱すようなことをしたと叱られるのか。
どちらにせよいい結果になりそうにもないことだけは確かだ。
絶望的な場面ばかりが頭を過ぎって離れなくなる。

恐怖に震える手を月島は離してくれない。ただ強く握りしめている。
彼の緑の瞳がこちらを見ている。
その目の色は怒りや嫌悪というより、焦りのようなものを含んでいた。

「盗み聞きをした俺が悪いということはわかっている。二人の間に入るべきじゃないということもわかっている。それでも言わせてほしいんだ」

ぐっと眉間にしわが寄り、辛そうな顔をする彼を花咲は不思議に思って見つめていた。

叱るでも嫌うでもなく、なぜ泣きそうな顔をするんだろう。
どうしてそんなに苦しそうなんだろう。
自分のせいでそうなっているんだろうか。
彼がほんの少しでも自分のことを考えてくれて、心配してくれて、嫉妬してくれているかもしれない、なんて。

「俺はお前が好きだ。だから相手の申し出を断ってほしい」

そんな都合のいい夢を見ていいのだろうか。

自分なんかが釣り合うと思えないし、彼に相応しい相手は他にいる。
飽きられるかもしれない、捨てられるかもしれない、忘れられるかもしれない。

それでも頑張ってみていいだろうか。
夢を見たいと足掻いていいだろうか。
飽きられないように、捨てられないように、忘れられないように。
精いっぱい努力して、彼の隣に立っていられる自分になれるように。

「交際は断ります。元からそのつもりでした」
「……そうか」

少しほっとしたような表情。照れくさそうに合わせない視線。わずかに汗ばんだ手。
その指先の震えは自分のものばかりではないだろう。
気持ちを奮い立たせるように彼の手を握り返す。

「自分が思っているのは、あなただけです。他の人と付き合うことはできません」

声が震えていないだろうか。情けない顔をしていないだろうか。
ちゃんと気持ちが伝わっているだろうか。
不安でそっと相手の様子を伺うと、しっかりと目が合ってしまった。
その眼差しに背を押され、最後の一言を紡ぎ出す。

「自分とお付き合いしてくださいませんか」

森林のような深い色の瞳が細められ、瞼の裏に消えていく。
ああ、よかった。笑ってくれている。

「ああ。よろしく頼む」

優しい微笑をたたえる彼の顔が波紋のように揺れたかと思うと、繋がっていた手に水滴が落ちた。
それからもう止められないほどの涙が勝手に溢れて、視界を塞ぐ。

「だ、大丈夫か?」
「す、すみ、ません…っ。う、れしくて…ッ……」
「落ち着け。とりあえず中に」

廊下で泣きじゃくる姿を誰かに見られては困る。
月島に手を引かれ、彼の部屋にお邪魔した。

「ほら、もう泣くな」

手拭いで目を覆うように拭われる。
早く涙が止まるように大人しく目を瞑ったままでいると不意に手拭いが離れた。
どうかしたのかと思いそっと瞼を上げてみると、彼の端正な顔が傍にあって息が止まる。

数秒、見つめ合う。
こんなに近くで彼を見るのは初めてで、どんな顔をしていいか見当もつかない。
どんどん彼との距離が近付く。
反射的に目を瞑ると同時に唇に柔らかな感触。
自分より少し薄い唇が互いを確かめ合うみたいに触れ合って、離れた。

「泣き止んだか?」
「は、い……」

体温が上がり、真冬だというのに顔が熱くなる。
こく、と頷くと月島は何度か花咲の頭を撫でてから背を向けた。
そして机に彼からもらったザボンを置き、つんと指先で弾く。

「あー……とりあえず、食べるか。一緒に」

背中しか見えない彼の耳が赤く色付いている。
花咲は泣いていたことなんて忘れて、ようやく笑顔を見せた。

「はい……!」

今日のことはきっと二人に話そう。
今まで相談に乗ってくれたお礼も兼ねて、たくさん話そう。
でも彼が意外と恥ずかしがり屋だということは、二人だけの秘密だ。

甘酸っぱい実を二人で頬張る。
あまりの酸っぱさにきゅっと目を閉じた彼の隣で花咲は静かに微笑んでいた。




TOP
「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -