Reversi小説 | ナノ



4-2

 男は芝居がかった仕草で立ち上がると、髪や肩に付いたガラスの破片を払った。彼の髪は鮮やかな黄緑色をしていたのだが、上げた顔は端正な顔立ちだったためその派手な髪色もあまり違和感がなかった。

 ミチルが男に近寄り、体に付いたガラスを取り除くのを手伝った。

「……何をしているんですかトキヤ様……」
「話はあとだ! ミチル、俺を隠せ!」

 男は突然真剣な表情で辺りを見回した。何者かに追われているのだろうか。光一も少し緊張気味に周囲を警戒した。
 ミチルは依然顔を歪めたまま、仕方なくといったようにソファーの後ろへ男を隠した。

 間もなく、広間の扉がゆっくり開かれる音が耳に届く。

「失礼しますわ」

 続いて聞こえたのは、またもや知らない声だった。コツ、コツ、と靴の踵が床に当たる音が響く。扉の方を振り返ると、そこにいたのは少女だった。ボリュームのある赤い髪を左右の高い所でまとめている。服装は黒を基調とした、レースやフリルがあしらわれているお嬢様のような格好をしていた。歳はおそらく光一より少し上くらいで、こちらもかなり派手な顔立ちをしている。しかしそこに表情はなく、まるで人形のようだ。

 少女はつかつかとまっすぐ歩いてきて、ミチルの前まで来ると氷のような表情でミチルに問いかけた。

「ミチル。今ここに兄様が来ましたわね?」
「え、えーと……」
「話し声が聞こえましてよ」

 兄様、ということは彼女は今入ってきた男性の妹なのだろうか。ミチルはあたふたした様子で言い逃れようとするが、視線がチラリとソファーに向いてしまった。少女はそれを見逃さなかったようだ。獲物を見つけた鷹のごとく、鋭い眼光でソファーを睨みつけた。

 何も言わずに少女はソファーの裏側に回り込み、緑色の頭を見つけると冷めた目で見下ろした。

「兄様、隠れているつもりですの?」
「……ミチルの下手くそ〜」

 あっけなく見つかってしまった男は、ミチルを恨めしそうに睨んだ。



 男はその後ぶつくさ文句を言っていたが、少女が横目で睨み付けるとしぶしぶ口をつぐんだ。

 光一とケントが怪訝な顔でその様子を見ていると、ミチルがなんとなく決まり悪そうに話し出した。

「えっと……この人は人間界の総管理人、 西条 さいじょう 斎也 ときや 様。イリア様と同じような立場の人だよ。で、こっちは人間界副管理人のカレンちゃん」
「そうそう、偉い人だからよろしくね!」

 紹介されたトキヤという人物はぺろりと舌を出しておちゃらけた態度をとった。イリアとはキャラが随分違うなと光一は思った。

「ふーん……そういや管理人って、何する人なん?」
「それはヒミツ〜! 色々大変な仕事なんだよこれが」
「サボっている兄様に仕事を語る資格はありませんわね」

 トキヤの言葉にぴしゃりと横からカレンが突っ込んだ。どうやら基本的な主導権はカレン側にあるらしい。

「で、その管理人様がなんの用だよ」

 ケントがそう聞くと、広間の扉が開く音がした。みんなが一斉に視線を向けると、そこにはイリアの姿があった。

「ミチル、すまないが茶を入れてくれないか。あとさっき物音が聞こえた気がしたんだが……」

 仕事が一段落ついたのか、自身の肩を揉みながらイリアが歩いてくる。しかし数歩進み目を開けると、ぴたりと歩みを止めた。

 一方のトキヤは、イリアを見付けた途端に目の色を変えた。

「イーリアーーーー!! 会いたかったよマイハニー!!」

 ガバッと抱きつくような体制で、トキヤはイリアに向かってダイブした。しかしイリアはその動きを予測していたのか、長い足を振り上げトキヤの頭上に勢い良く振り下ろした。頭頂部に細いヒールが突き刺さりかなり痛そうだ。

 イリアは顔色ひとつ変えず、床に沈んだトキヤに言葉を投げた。

「おぉ来てたのか。邪魔だ。帰れ」
「扱いざっつ〜」

 光一はその様子を見て、ミチルに耳打ちする。

「何なん、アイツら付き合うとるん?」
「うーん、仲は良いけどね。学生時代から一緒だったみたいだし」

 ミチルは困ったように笑い、あの二人はいつもああだから気にしないでと付け足した。

「黙っていれば優秀なんだがな、コイツも」

 そうこぼしまっすぐ歩いてきたイリアに、ミチルは労いの言葉をかけ椅子を引いた。そしてどこから取り出したのか、いつの間にか用意されていたティーカップに紅茶を注ぐ。その流れるような動きはさながら執事である。

 トキヤはめげる様子もなく、イリアの隣に腰を下ろした。ミチルがトキヤにも紅茶を注ぐ。

「相変わらずクーデレなんだからイリアはー。そういう所が好きだけどね」
「で、何しに来た。またサボりか」

 イリアはトキヤの告白もさらりとかわすと、紅茶を一口すすった。

「失礼だなぁ、いつもサボってるみたいに。ホラ、光の剣士の本体がこっちに来てるんでしょ? 一目見たくてさ」
「ひやかしか? つまりはサボりだろうが」

 イリアが自身の肩をトントン、と叩くと、ミチルが飛んできて肩もみを始めた。その後彼女は光一を指さす。

「光一ならここにいるぞ」
「……は、オレ?」

 二人のやり取りをぼーっと見ていた光一は、突然自分の名前を呼ばれハッとする。そういえばトキヤは今「光の剣士の本体」と言っていた。それが自分のことだとやっと気付く。

 トキヤは光一に目を向けると、一瞬驚いたような表情を見せた。その後意味ありげな笑みを浮かべ唇を撫でる。

「あぁ、君がそうなんだ。 緋山 ひやま 光一……ね。言われてみればたしかにソックリだねー。へぇー」

 品定めでもするかのようなトキヤの目線に、光一は少し戸惑う。ソックリというのは、光の剣士と比べられているのだろうか。なんにせよ、ジロジロ見られるのはあまりいい気はしない。

「……なんやねん人の顔ジロジロ見て」
「アハハごめんごめん。鏡界に来た人間なんて、久しぶりだったからついね。気を悪くさせたなら謝るよ」
「オレの前にも来たヤツがおるんか?」

 光一は勝手に、鏡界に来た人間は自分が初めてだと思っていた。自分と賢斗の他にもそんな人間がいたという事実に衝撃を受けた。

 詳しく聞きたかったのだが、トキヤの方に話す気はないらしく軽くはぐらかされてしまった。

 すると黙って見ていたイリアが、何かを思いついたようにぽん、と手を打った。彼女は光一とトキヤの顔を交互に見ると、ニヤリと口角を上げた。

「そうだ光一、トキヤに修業をつけてもらったらどうだ」
「しゅ……修業?」

 思わぬ提案に、光一は顔をしかめた。確かに強くなりたいとは言ったが、このトキヤという人物が人に指導できるのかどうかいささか不安だ。

 だが意外にも、当のトキヤは乗り気のようだった。

「あーなるほど、面白そうだね。俺は別にいいけど、どうする?」
「トキヤはこう見えて頭は切れるからな。お前に最適の修業をつけてもらえると思うぞ」

 イリアは名案を思い付いたとばかりに頷いている。彼女がここまで言うならば、たしかにトキヤは相当な実力者なのかもしれない。

 なにより自分には時間がないのだ。こうなったらと半ばやけくそ気味に、光一は頷いた。

「というわけでカレン、トキヤをしばらく借りてもいいか」
「まぁイリア様のお近くでしたら兄様もサボりようがないでしょうし、仕事に支障がないなら全く問題ないですわ」

 イリアに言われ、カレンは表情を変えずそう答えた。

 かくして突然に、光一の特訓は始まったのである。


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