■ 勝者への祝福

元々感情豊かで世話好きな同僚の女性は、FBIの中でも近寄りがたいと云われる赤井にも遠慮なしに説教をする。仕事の一人行動を咎める事から食生活のあれこれまで。
短い間とはいえ、好意を持って交際していた過去がある赤井はこの女性にだけは頭が上がらなかった。五月蝿そうな表情を隠さないが話は最後まで耳を傾ける。
「ちゃんと聞いてるの、秀?」
「聞こえてるに決まってるだろう、ジョディ」
この至近距離で聞こえなかったら難聴を疑わなければいけない。大きな溜め息を吐いた赤井にジョディは益々眦を吊り上げた。
「兎に角、コナン君に可笑しな真似をしないでよ!貴方子ども趣味なんてないでしょ!」
「子ども趣味なんてあるわけないだろ。まぁ、ボウヤは可愛いと思っているが。それはお前を含めて皆同じだろう?」
最近専ら説教の内容が一人の子どもの事に集中している。ジョディが先に見つけたサファイアの原石のような子どもを取られるのが厭なのか。柄じゃないのは分かっているが、可愛がるくらい好きにさせてほしいところだ。
「……貴方の可愛がり方に問題があるのよ」
額を押さえて唸るジョディに、そろそろ説教が終わりそうだと反省のない感想を抱いた時にポケットで携帯電話が震えた。
着信はメール。差出人は噂の子ども。
メッセージを確認した赤井は目を見開く。

──たすけて

たった一言の文面に子どもの切迫したピンチが表れていた。



勝者への祝福



日本の警察もそうだが、FBIも女より男が多い。男女同権を叫ぼうが荒事が避けられない組織なのだから仕方ない。結果男社会となるわけだが、男ばかり集まると良くない遊びが流行るのは何処も同じだった。
そんなむさ苦しい集団に最近思いもよらない協力者が現れた。大人の腰にも届かない身長に折れそうな細い手足。小さな頭に反して大きな眼鏡。その眼鏡に隠された透き通った蒼い眸も大きい。子どもでありながら端整な顔立ちがよく分かる。
捜査官たちのボスも認める程に大人顔負けの頭脳を持っている事を彼らも理解していた。だから子どもと協力する事に反感はない。寧ろ掃き溜めに鶴の如く、むさ苦しい集団に迷い混んで来た可愛らしい子どもにちょっかいを出したくて堪らないと思っている人間が沢山居るのである。
そんな沢山の人間のうち、今日は三人の男たちが運良く休憩中に子どもの姿を見つけてしまった。
何も知らない子どもはあれよあれよと休憩所に連れ込まれ、病院の片隅でトランプを持ち出してポーカー大会という健全とは云い難い遊びに巻き込まれてしまったのだ。

「…フルハウス」
中々良い手の筈だがコナンの声にはいつもの凛々しさや自信がなかった。
コナンを囲むように座っている男たち(右から金髪筋肉、グラサンスキンヘッド、目付きの鋭い理知的眼鏡) が表情を緩ませてにやにやと笑っているのが腹立たしい。
「俺はストレートフラッシュだ」
「おれもストレートのフラッシュ」
「私はフォア・カードです」
それぞれの手に掲げられた神々しい並びのカードを睨んでも結果は変わらない。コナンの惨敗である。
「じゃあボウヤの可愛らしい手で肩でも揉んで貰おうかな」
「いいな、それ」
「如何わしい云い方はしないで下さい。これはただの罰ゲームですよ、ボウヤ」
「………分かってるよ!もう!」
カードを投げ捨て敗けを認める。見た目通りの子どもの癇癪を起こしてしまうのも仕方がないというもの。コナンはこれで九戦九敗だった。

コナンのポーカーの腕前は客観的に見てそこそこ強いと云われるレベルだ。幼馴染みのような強運の引きこそないが、鋭い観察力と回転の早い頭脳が武器である。しかし今回は相手が悪かった。
ポーカーに慣れ親しんだ男たちはありとあらゆる手段を使って勝ち上がってくる。好手ばかり揃う様子に如何様を使っている事は明らかだ。それを指摘したコナンに金髪の男が笑って反論した。
「ボウヤ、ゲームにおいて如何様はバレたら違反だが、バレなけりゃ技術の内なんだぜ。悔しかったらどうやって如何様しているのか見抜いてみな?」
男の言葉にコナンは云い返せない。如何様に気付いていても、どんな手段を使っているのかさっぱり分からないのだ。
手品のように観客に見せる為のトリックとは違い、賭け事でプロが使う如何様は経験はない。父親が雑学で教えてくれた知識も、プロ並みの腕前の彼らを見破るまでは役に立ってくれなかった。悔しくてもコナンに勝てる見込みはない。

最下位になる度にコナンには罰が与えられた。罰と云っても一つ一つは大した内容ではない。
勿論お金はかけてはいないし、痛みのある事もない。直ぐ隣にある自動販売機でジュースを買ってこさせたり(お金は男たちのものだ)、高すぎる肩車をされたり(天井に頭をぶつけそうになった)、男たちの名前を呼んで笑顔で大好きと云わされたり(何が楽しいのか分からない)コナンが特別困るような内容ではない。コナンがジャンプして自動販売機のボタンを押したり、天井に頭をぶつけまいと男の頭にしがみついたりする様を彼らがにまにまと笑って見ているのが癪に障るくらいで。

(……何とかぎゃふんと云わせてやりたい)

こんなに負け続けるのは父親相手の勝負以来だった。しかしここまでやって今のコナンには如何様を見抜く事も勝つ事も不可能であるのも現実だ。あのにまにま笑顔だけでもどうにか出来ないかと男のゴツい肩を力一杯揉みながら考え、時間を確認するふりで急ぎメールを送る。
こんな時に一番役立ちそうな怪盗の連絡先など知らないから──なんて役立たず!──今身近に居る頼りになる大人に助けを求めた。コナンの助けを求める声に答えてくれるかは五分五分だ。


「さぁ、ボウヤ。これが最後の勝負だ。おれたちに勝ったら何でも買ってやるし、何でも命令を聞こう」
「…ホントに?」
グラサンスキンヘッドの男に小首を傾げて確認するのは出来る限りの時間稼ぎ。味方の登場はまだない。
「勿論だとも。その代わりおれたちが勝ったら…そうだな、前に赤井さんにやってみせたように頬にキスでもしてもらおうか」
確かに赤井の頬に拙い口づけをしたことがある。あの時はジュースを奢ってもらったお礼だった。何故かその後にコナンの頬にも返されたのだが。
(…あの時、何人かの捜査官に見られたんだったな。噂になってるのか?)
別に頬に口づけするくらい減るものではないけれど。
「…そんなのでいいの?」
「「「そんなのでいいんです!」」」
男三人が野太い声を揃えて大きく頷いた。

カードが配られても味方は現れず、最早幸運の神に祈るしかないコナンの手に並んだカードはまさかのストレートフラッシュ。今日一番の好手だ。
(──やった!もしかしたら勝てるかも!)
思わずカードゲームに必須のポーカーフェイスなど忘れ去って無邪気な笑みを溢したコナンに、男たちがニヤリと笑う。

「「「ロイヤル・ストレート・フラッシュだ」」」
十からキング、そしてエースが揃ったカードが三組掲げられ、コナンの身体が震える。怒りの震えだ。
「こんなの絶対イカサマでしょっ!!」
古びた長椅子から立ち上がったコナンに、金髪筋肉の男が指を突き付け横に降った。
「ボウヤ、如何様はバレるまでは───」
「技術の内、だな」
金髪筋肉の男の声は途中で途切れ、コナンの頭上から低い声が続いた。
コナンが振り返るより先に火種の着いた煙草と煙が顔の隣を通り過ぎる。瞬きするコナンの目の前で、掲げられていたカードのエースにじゅっと音を立てて焦げ跡を残す。続けて三ヶ所に丸い焦げ跡を作って煙草は離れていった。
「………」
「「「………っ!?」」」
捜査官たちは目に見えて青ざめて固まっている。
「これでクローバーのエースじゃなく、2だ。だからロイヤル・ストレート・フラッシュとは云えないな」
煙草の焦げ跡はクローバーの絵柄だと云うのか。如何様どころではないのでは?と思っても誰一人として非難を口にしない。
「ボウヤ、手札を出してみろ」
「…赤井さん?」
頭を傾けて背後に居る赤井の顔を見上げたコナンの視界に、三人の男たちよりも人の悪い笑みを浮かべた男の顔が映った。
カードを持ったコナンの手に大きな掌が重なり、頭上を見ていたコナンが手元に視線を戻した時にはカードの並びが変わっていた。間違いなくハートのロイヤル・ストレート・フラッシュ。
「…えっ?な、なんで!?」
「これがカードゲームのテクニックだ。ボウヤは覚える必要はないがな」
覚える必要がないと云われてもどうやって入れ代えたのか分からない。怪盗さながらの鮮やかさだ。
「子ども相手にカジノディーラーの真似事で覚えた如何様を使うとはどうしようもない奴らだな。FBIはいつから子どもを苛める事が仕事になったんだ?」
赤井に睨まれて三人は冷や汗を流しながら慌てて云い訳を述べる。
「ごっ、誤解です赤井さん!苛めてないですから!ちょっとボウヤと遊びたかっただけなんです!」
「そうですよ!お金とったりしてません!ちょっとボウヤの可愛い姿を眺めたかっただけです!」
「赤井さんばっかり狡いじゃないですか!私たちだってボウヤに頬にキスしてもらいたいです!!」
云い訳になっているのか、コナンには疑問である。ただ、彼らにコナンに対する悪意がない事だけは確からしい。少々遣り方が大人気ないが。
「………ほぅ」
赤井の低い同意に男たちが固まる。どうやら失言だったようだ。
「ボウヤ、あいつらにキスしてやったのか?」
「え?…まだだけど。今の勝負って誰が勝った事になるの?」
如何様だらけだが、結局コナンは方法が見抜けていない。だからと云って彼らの勝ちとはもう云えないだろう。
首を傾げて暫く悩んだコナンだったが、手元のカードを見て頷いた。
「赤井さん、しゃがんで」
両手を伸ばしたコナンに合わせて屈められた首に腕を回す。片手から一枚だけ残して他のカードを床に落とした。
「そのカードはどうするんだ?」
一枚残ったハートのエースを持ったコナンに赤井が訊ねたが答えはしない。にっこり笑みを浮かべてカードを赤井の唇に押し当てた。ぽかんと驚く男が動く前に素早くカードのハートに口づけする。
「──やっぱり負けたのは僕で、無茶苦茶だけど一番強かったのは赤井さんだから。でも、如何様だからオマケのキスだよ」
「……なるほど。だそうだから、お前たちも諦めてその気持ち悪い顔止めろ」
赤井の言葉で背後に振り向くと、顔を紅くしたり、青くしたり、泣きそうだったりと感情豊かな男たちが立ちすんでいた。流石はアメリカ人だ。

「…ホントに来てくれると思わなかった。こんな事で呼んじゃってごめんなさい」
「ボウヤが助けを求めるなんて滅多にない機会だからな。ジョディの説教を振り払って駆けつけた俺にカード越しのキス一つじゃ安くないか?」
「え…?」
ジョディの名前を出されて仕事中だったのかと焦るコナンを、赤井が軽々と持ち上げた。
「あ、赤井さん、お仕事っ…」
「ボウヤのガードも立派な仕事だろう?」
そう云って笑い、抱きかかえたコナンの頬に口づけを落とした。





いつまで待っても戻って来ない赤井に痺れを切らし、探しにやって来たジョディが見つけたのは大男たちが長椅子に泣き崩れる様とバラバラ床に落ちたトランプカード。
病院の廊下にあるまじき雷が轟いたのは云うまでもない。


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