■ 鬼が来たりて

あの子どもを食事に誘おうと云い出したのは上司のジェイムズだ。以前、ご馳走しようとして急用が入り、結果コンビニご飯になったことを気にしていたらしい。
勿論ジョディは上司の意見に賛成した。大人顔負け、どころか警察顔負けの推理力を持つ少年には、礼を云っても足りないくらい力を借りている。将来は是非FBIにスカウトしたいが、彼が成長した暁には様々な組織から引く手あまただろう。
来日して思いがけず発見したダイヤモンドの原石たる子どもの事を、ジョディは殊のほか気に入っているのだ。



鬼が来たりて



「何で秀までここにいるのよ!?」

ジェイムズに誘われ、病院近くのレストランに訪れたコナン。レストランと云っても病院から徒歩圏内にあったファミリーレストランだ。
席に着いて何を食べようか悩んでいたところに、一人遅れてやって来たジョディの剣幕にコナンは凍りついた。四人掛けのテーブル席にはジェイムズ、その向かいにコナン、コナンの隣に赤井が座っている。何がいけなかったのだろう。
「ジョ、ジョディ先生、僕が赤井さんを誘ったんだよ。ご飯まだだって聞いたから…駄目だったの?」
恐る恐る訊ねる。ジョディは赤井に好意を持っているように見えていたのだが、実は違ったのだろうか。
「え、コナン君が誘ったの…?」
「ボウヤ、気にする必要はない。あいつは腹が減ってるんだろう。…ジョディ、突っ立ってないで早く座れ」
「ジョディ君、赤井君とは病院を出た時にたまたま会ったんだよ。彼はコナン君と仲が良いから、私も是非にと云ったんだ」
同僚と上司に諭され、ジョディも空いている席に座った。しかし納得は出来ていないようで、真っ正面の赤井に不機嫌な視線を向けている。もしかして喧嘩でもしているのだろうか。コナンが知る限り、ジョディは赤井に深い信頼を置いていて、コナンにも誇らしげに紹介してくれたのだが。
やや重たい空気を変えようと、一際無邪気な装いで声を上げる。
「わぁ、どれも美味しそう!デザートフェアだって、ジョディ先生は何が食べたい?僕、苺と生クリームのパンケーキがいいなぁ」
「ははは、好きなだけ食べなさい。だけどまずはメインから選ばないと」
好好爺と孫がメニューを覗き込む微笑ましい様子の隣では、物言いたげな目で男を睨む外国人女性と視線をものともせず煙草を吸う強面の男。混雑する時間帯のわりに彼らの周りの席が空いたままなのも仕方ない。
ミートスパゲッティをちゅるちゅると食べながらジョディの表情を窺う。とろふわのオムライスをスプーンで掬う彼女は段々いつもの明るい表情に戻っていた。赤井の云う通り空腹で苛立っていただけなのか。
「そういえばジョディ君、遅れるとメールを貰ったが何が理由だったんだね?」
「いえ、特別報告することでは…」
「仕事かい?」
「…いいえ、仕事じゃないです」
歯切れ悪く答えるジョディの様子に、こんな場所じゃ云えない事かと気になったコナンの手が止まる。
「今回のことは内密にしてたんですが、キャメルがうっかり漏らしてしまったらしく、他の捜査官たちが自分も行きたいと云い出しまして。全員持ち場を離れる訳にはいかないのでジャンケンで勝負するとかなんとか。埒があかないので、キャメルに責任を取らせて事態をおさめるよう云っておきました」
「ほぉ、それは大変だったね」
コナンは首を傾げる。今の内容では何の事か全く理解できない。しかし黒の組織の事でないなら、本来部外者の自分が立ち入る領分ではないので訊ねて良いのかも判断がつかなかった。
訊きたいけど訊きにくい雰囲気に悩んでいると、不意に横から頭を掴まれる。
「…赤井さん?」
驚いて目を瞬かせるコナンの顎を上向かせ、顔を近づけた男がにやりと笑う。
「ボウヤ、頬が真っ赤だ。案外食べるのが下手くそだな。それとも口が小さすぎるのか?」
「えっ……!」
赤井の指摘で初めて頬についたミートソースに気づき、羞恥から益々顔を赤らめるコナンをナプキンを持った大きな手が拭う。蘭にもよくされる事だが、相手がまだ他人に等しい男だといつも以上に恥ずかしい。
自分でやると云っても「自分じゃ見えないだろう」と赤井は綺麗になるまで放してくれなかった。この男は時々意地悪だ。
やっとお許しを得て前を向いた途端、恐ろしい空気が漂っていることに気づく。
「…ジョ、ジョディ先生。どうしたの?お顔が般若みたいだよ…」
「えっ、そう?空気が乾燥して顔が強張ってるのかしら……ハンニャって忍者の仲間か何か?」
「忍者じゃなくて鬼の仲間だ。まぁ、デーモンだな。ボウヤはお前の顔が怖いって云ってるんだ」
「赤井さん、そんな説明しないで!ジョディ先生、そんなことないから!今の間違い!」
うっかり口にしてしまった言葉に後悔しても、更に火に油を注いでくれる赤井の肩をぽかぽか叩く。赤井は笑っているし、ジェイムズは「ハンニャはデーモンか。また一つ日本の知識が増えた」などと云って役に立たない。
ジョディの雷を覚悟したコナンだったが、彼女は溜め息をついて逆に謝罪の言葉を述べた。
「ごめんなさい、コナン君。私が悪かったわ。コナン君に怒っていたわけじゃないのよ」
「ほぅ、じゃあ誰に怒ってたんだ?」
意味ありげな笑みを浮かべる赤井は、どうやらジョディの怒りの理由を知っているらしい。知っているなら助長することを云わないほしいものだ。
(…赤井さんって優しかったり意地悪だったり、よく分からない人だなぁ)
コナンは赤井が普段人に無関心なことを知らないのでそう思ったが、あれこれ手出し口出しする部下の男を眺める上司はにこやかだ。
「…分かっているんでしょ、秀?コナン君におかしな真似しないでよ」
「…僕?」
何かおかしな事をされただろうか。
「子どもの世話をして何が悪い」
「貴方そんなキャラじゃないじゃない!?」
「キャラクター?なんだそれは。…だったらボウヤに出会ってから変わったんだろう。別に責められる謂れはない」
「秀っ!」
ヒートアップする二人(正確には熱くなっているのはジョディだけ)にコナンが困惑しているところに丁度良く邪魔が入った。
「お待たせしました。こちらデザートになります。マンゴータルト、チョコレートケーキ、苺と生クリームのパンケーキそれぞれお一つ、それに珈琲を四つで宜しいですね?」
有難う、バイトのお姉さん。胸中感謝の言葉を唱え、コナンは息をつく。FBIというものは想像していたより人間味のある集団なのかもしれない。

「おいしい!ジョディ先生も早く食べなよ」
「えぇ、頂くわ。私、甘いものに目がないのよ」
気を取り成すように笑顔を振る舞うジョディに安心し、隣で食後の一服を味わう男に苺を刺したフォークを突きつけた。
「赤井さんは珈琲だけでしょう?僕のを分けてあげる」
男に似合わない苺を勧めたのは、先程無理矢理頬を拭われたお返しのつもりだ。
赤井は全く狼狽えずに眉を上げ、コナンが握っているフォークごと引き寄せて口を開いた。
「…食べちゃうんだ」
「食べてしまったな。中々美味いぞ」
本当に食べると思ってなかったコナンがぽかんと呆気に取られた顔をすると、赤井が口角を上げて笑う。
「あっ」
「どうした?」
赤井の唇の端に、僅かに生クリームが付いていた。苺に付いていたのだろう。まだ気づいていない男に、今度こそ先程のお返しをしてやろうと手元を見る。
しかし使用済みのナプキンしかなかった。このファミレスは経費削減の為か、客一人に一枚しか持って来てない。テーブルに予備も置いていないらしい。何処も不景気だ。
(…こんなチャンス滅多にないのに)
「ボウヤ?」
仕方がない。見下ろす男の襟を掴んで勢い良く引き寄せる。目を見開く様子を間近で見ながら、男の唇についた生クリームを舐めとった。
「えへへ、ご馳走さま!赤井さんも食べるの下手くそだね」
子どもが大人に拭われるより、大人が子どもに拭われる方が恥ずかしいだろうと、してやったりの顔で笑った。
「………」
「…赤井さん?」
「…ボウヤはあれだな。俺より性格が悪い」
「えぇっ!?」
固まっていた赤井が顔を手で覆って呟いた言葉にショックを受ける。
「ぼ、僕、赤井さんより意地悪じゃないよっ」
「自覚がないのか、重症だな。俺はボウヤに傷付けられたぞ」
ナプキンがなかったからといって舐めるのはやり過ぎだったか。手で覆ったまま俯く赤井に青冷めたコナンは、焦って下から覗き込むように近づいた。
「ごめんなさい、赤井さ…」
──ぺろり。
「………」
「お返しだ、ボウヤ」
何も付いていない唇を舐めた赤井が満足そうに笑う。
(……騙されたっ!)
「…やっぱり、赤井さんの方が性格悪いし意地悪だよ」
「そう云うな。デザート代わりだ」
一体何処がデザート代わりだとコナンが眉をしかめた時。

──ガシャン!

コップをテーブルに叩きつける音に身体を飛び上がらせて驚き、振り向いたその先に居たのは。
「………!!!」
(──鬼がいる!)
幽霊もお化けも存在しないと友人たちに諭している名探偵とは思えない発言は、声にならぬ声だったお陰で誰にも知られることはなかった。
蒼白い炎を背負って、重い冷気を放っている(何故かコナンの目にもはっきりと見えた)ジョディが硝子コップを握りしめてそこに居た。
「……コナン君」
「は、はい!」
「あまり秀を甘やかさないで…、いえ、たぶらかさないで頂戴。彼を犯罪者にするわけにはいかないの」
「えっ?…あ、はい!」
正直ジョディが何を云っているのか分からなかったが、恐怖におののくコナンは必死に頷いた。
「別に俺は吝かじゃないが」
「秀!…私、多分今なら貴方より上手く銃を扱える自信があるわ」
「赤井さん、油注がないで!」
こんな場所で銃撃戦を開始されては困る。コナンが一生懸命場をおさめようとしている一方、一人我関せずの顔をした初老の男が店員を呼び止める。
「そこの美しいお嬢さん、マンゴータルトをもう一つ頂けるかな?日本のファミレスはデザートも美味しいね」

──まだ居座る気か!
店員と他の客たちの気持ちが一つになった瞬間だった。



その後。
コナンと一緒に食事したさに、ジャンケン大会までして置いていかれたFBI捜査官たちは文句を云おうと待ち構えていたが、般若の面持ちで帰って来たジョディに声をかける勇者は現れなかったらしい。


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