■ 隣にいる人

サンドイッチが並ぶ棚の前で、真面目な顔で眉を潜めている男の姿はどこか滑稽だ。男が見るからにストイックな雰囲気を身に纏っているだけに。

「……トマトレタスサンドだけで二種類あるぞ。あいつはどっちのことを云ってたんだ?」
メニューは同じでもスタンダードとプレミアムの違いだ。しかしそんなこと自分に聞かれても困る、とコナンは苦笑するしかなかった。



隣にいる人



確認したいことがあるとジョディに呼び出されたコナンは、水無怜奈が入院している病院へ行った。
用件が滞りなく終わった頃、丁度お昼を迎え、ボスのジェイムズがご馳走してくれることになったまでは良かったが。ジェイムズに急用が入り、ジョディもそれに付き合わなければいけなかったのだ。だったら別に良いのに、とコナンは思ったが、一度口にしたことを反故にするのは大人の矜持に関わる問題らしい。
たまたま通りかかった赤井が煙草を買いに出るというので、彼に上司命令が下った。コンビニへお使いに行くように、と。


「ジョディ先生に電話してみたら?」
「面倒臭い」
神経質そうな外見に反してずぼらな答えが返ってきた。赤井とこうやって直接話をするようになって分かったが、彼は想像していた人物像と大分違った。
寡黙で冷徹なイメージを思い描いていたのに、普通に会話するし、時には冗談も云うこともあるフランクな性格だった。何より優しい。子どものコナン相手にも、一人の人間として相対してくれる。
「高い方にしたら?その分美味しいんでしょ?」
「いや、あいつなりの拘りがあるのかもしれん。後で文句を云われたくないからな。どっちも買って、余った方を俺の昼食に充てるさ」
そう云って、無造作に二つのサンドイッチを籠に入れるのを見てふと気づく。悩んでたわりに結論が既に出ていたようだ。赤井が眉を潜めていたのは別の理由かもしれない。
「…赤井さん、何かあった?」
小声で背の高い男を見上げて訊ねる。赤井はサンドイッチが並ぶ棚を見ながら、同じように小声で答えた。
「コンビニに入った瞬間からずっと、やたらと店員に睨まれている。指名手配者にでも似てるのか?」
赤井はため息を吐いて苦笑して見せたが、コナンは驚いて周囲を見渡す。
すると店員以外にもちらほらこちらを見ている人がいた。ドリンクコーナーで頬を染めて赤井を見ているOLらしき女性は除くとして、他の人たちは何故こちらを注目しているのだろうか。赤井に似た指名手配者など心辺りがない。
首を傾げて頭を悩ませていると、バイトの若い店員がコナンの方を見て、心配そうに何かを云いたげな表情を浮かべた。
(………まさか、これはあれか。…あれなのか!?)

「ボウヤ?」
突然、空いている手を握ったコナンに赤井が眼を瞬かせる。そんな赤井に周囲に気づかれないよう、口の前で人差し指を立たせて見せた。
「いいから、このままレジに行って」
「……?」
赤井が分かってないのは仕方がない。ここは自分の十八番の手段を取らせてもらおうと勝手に決めて、レジへ引っ張って行った。

客に不審な顔を隠さない店員の前で出来る限り無邪気な笑顔をつくる。
「パパ、あれも買って!僕、あれも食べたーい!」
店中に聞こえるように叫んだ。これで大丈夫だろう。
コナンの大きな声に周囲から安堵のため息が、赤井は顔には出さなかったが握った手に緊張が走った。一瞬で店員に不審がられていた理由を理解し、それでもコナンのとった行動が男にとって想定外だったのだろう。思っていたより、赤井は若いのかもしれない。だとしたらちょっと悪いことをしたと内心反省する。
「……あの不気味な顔をした饅頭を一つくれ。あと煙草も一つ」
「…はい、ふ○っしーまんお一つと煙草ですね」
やや気まずげな顔の店員に、赤井は無表情で指を指して告げる。
(…商品もちょっとミスったかも。ごめん、赤井さん)
しかし幼児誘拐を疑われているよりはいいだろう。
赤井一人なら少し強面な男と思われて終わりだが、コナンのような幼い子どもとの組み合わせが余程合わなかったのだろう。だからといって誘拐を疑われるとはコナンも驚きだ。世の中世知辛い。


コンビニからの帰り道、何故か二人の手は繋がれたままだった。
「赤井さん歩き難くないの?」
「いや、年の離れた妹がいるからな。もう大きくなったから久しぶりだが、こうしてると懐かしい気分になるな」
赤井の家族の話は初耳だ。あまり家庭の匂いがしない男なので意外な気がした。
「そう。…さっきはごめんなさい、ああ云えば上手くいくって分かってたから。お兄ちゃんにすれば良かったかな」
「お兄ちゃんは流石にもう無理だろう。それより、ああ云えば上手くいくと分かってたなんて、随分と経験値がありそうだな、ボウヤ?」
「あ…いや、色々と事情が…」
しまった、これでは藪蛇だった。あたふたと狼狽えるコナンを見下ろして赤井が口角を上げる。
「助けてもらった身だからな。深く追求しないでおこう」
助かった。まさか世界的大泥棒の一人をパパ呼ばわりしているとは云い辛い。
「早く戻らないとジョディが腹を空かせて怒ってるかもな」
「手を繋いだまま?」
「そりゃ自慢するチャンスだからな。ボウヤと手を繋いで歩いたなんて聞いたら、他のやつらが羨ましがるだろうな。…ジョディは角を立てて怒りそうだ」
自分と手を繋ぐことが何の自慢になるのだろうか。ジョディが怒る理由も分からない。
「……なんで?」
純粋な疑問に赤井は眩しそうに眼を細めてコナンを見下ろした。そっと握り直された手のひらが温かいことに今更のように気づく。大きいのに指が長い。スナイパーらしく手入れがされた爪と、節の目立つ指だ。コナンの手がとても小さく見える。
赤井秀一という人間を認識してから大分経つが、こうやって会話が出来る関係になったのは本当に最近だ。赤井にとってのコナンもそうだろう。
(……なんか、今更赤井が血の通った人間だと知ったみたいだ。もしかして、赤井さんもそう思ってるのかな)
こんな距離で話したり、ましてや手を繋ぐことになるとは想像もしなかった二人だ。

コナンは自分の手を包むそれをぎゅっと握ってみた。やはり温かい。
赤井を見上げると、少し困ったように笑った。
「…ボウヤはとても人気者だということさ」



その後、手を握って戻ってきた二人にジョディが角を立て、FBI捜査官たちがどよめいた。
赤井の云った通りだとコナンは妙に感心した。しかし更にその後、FBI内で赤井が幼児誘拐犯呼ばわりされることになるとは、二人ともまだ知らなかった。


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