■ 酒と煙草と男と子ども

酒と煙草と男と子ども



とある一室。
情報交換が一段落し、FBIのメンバーが各々休憩をとりに部屋を出て行った。残ったのはジョディとコナンだけ。
ジョディと今後の打ち合わせをしながら自分もそろそろ帰ろうと考えていると、突然冷たいものが頬に触れた。
「うわっ!」
驚いて背後を見ようとする前に、大きな手に顎を救いとられる。
見上げた先にあったのは人の悪い笑みを浮かべた男の顔だ。
ほら、と差し出された冷たい缶ジュースを受け取る。
「油断大敵だな、ボウヤ」
「油断って…、赤井さんもこんなイタズラするんだね」
じと目で咎めてもFBIの腕利きスナイパーは笑みを深めるだけで反省の色は全くない。整ってはいるが、きつい印象の顔の男が子どもっぽいこともするのかと意外に思う。もっと冷淡な性格だと想像していたのに。
「ちょっと、秀。コナン君が呆れてるじゃない」
「疲れた脳に刺激を与えてやったんだ。狭い部屋に図体のでかい大人たちと一緒に詰め込まれて二時間だぞ」
赤井の言葉に壁の時計を見ると、体感で感じていた以上の時間が流れていた。なるほど、これは赤井なりの気遣いか。
赤井秀一という男の存在を知って随分経つが、こんなふうに会話が出来る距離にいるようになってまだ数日。想像していたよりもずっと人当たりの良い人間らしい。

「疲れてはないけど、少し喉が渇いてたんだ。有難う、赤井さん」
「どういたしまして」
コナンに片手を軽く振って壁に寄り掛かった男の手には煙草とライターだけ。どうやら本当にコナンの為だけに一旦退出して買ってきたのだと分かって、なんだか面映ゆい。
顔立ちは確かに日本人なのに、少し気障な立ち振舞いも自然と様になる男である。ライターの扱いまでいちいち絵になる男だな、と同じ男として少し悔しく思いながら見ていたら、コホンと咳払いが一つ。
「秀、コナン君に気遣い出来るなら、ついでに煙草も控えなさいよ。子どもの身体に悪いでしょう」
「ああ、そういうものか。煙草の煙は苦手か、ボウヤ?」
ジョディに注意されても赤井は悪びれた様子もない。普段子どもに接することがないから思い至らなかっただけだろう。
「僕は構わないよ、赤井さん」
「でもコナン君、」
「僕の父さんも吸ってるし、今お世話になってる毛利のおじさんもヘビースモーカーだもん。今さら変わんないよ、ジョディ先生」
喫煙に厳しい風潮の世の中だが、コナンの周りには愛煙家が多い。ついでに酒好きも多い。
「コナン君のお父さんは知らないけれど、そういえば毛利探偵はかなりのヘビースモーカーね。コナン君は厭じゃないの?」
「別に、慣れてるから…。寧ろ煙草の匂いにちょっと落ち着くかも。僕の知ってる大人の男の人って愛煙家とお酒好きが多いから、刷り込みだろうけど」
大泥棒の一味であるスナイパーもそうだ。常に加え煙草で昼間からバーに入り浸る仕様がない男を思い浮かべる。犯罪者の癖に憎めない男なのだ。
「赤井さんもお酒好きなの?」
小首を傾げて訊ねたコナンに赤井は片眉を上げて答える。
「まぁ、たしなみ程度にはな」
「なーにがたしなみよ。秀は酒と煙草と銃しか趣味がないじゃない」
ジョディの指摘に無言で苦笑する顔を見ると、赤井もかなりの酒好きなのだろう。

「それにしても、ボウヤ」
火の着いていない煙草を指に挟んだ手に、ひょい、と両脇を抱えられ、そのまま片腕に乗せられる。
「あ、赤井さん?」
突然間近に迫った鋭い眼差しに驚いて手足をばたつかせても、支える腕はびくともしなかった。見た目以上に逞しい筋肉らしい。コナンの小さな身体をしっかりと捕まえて、耳許に口を寄せる。
微かに煙草の匂いがした。コナンの知らない初めての匂いだ。
「煙草の匂いが落ち着くだなんて、あまり外で云わない方がいい。悪い男に目をつけられて、頭から食べられてしまうかもしれんぞ」
「………赤井さん。僕、男の子なんだけど」
「悪い男は些細なことは気にしない雑食が多いものだ。ボウヤのように可愛らしければ特にな」
「………」

ズコンッ、と壁を殴り付けたのはジョディ。
「秀、殴られたくなかったらコナン君を降ろしなさい。今、すぐ!」
その剣幕にコナンの方が慌てて赤井の腕から飛び降りる。
子どもに逃げられた男は溜め息をついて両手を上げてみせた。ホールドアップだ。
「冗談に決まってるだろう、ジョディ」
「あんたねぇ!いくら子どもの相手に慣れてないからって、やっていいことと悪いことがあるのよ!」
「悪いことなんて何もしてないぞ、まだ」
「まだぁっ!?」
今にも拳銃を取りだしそうなジョディの怒りぶりにコナンは震える。自分は何も悪くないのに。
「お、落ち着いて、ジョディ先生!僕、もう帰るから!蘭姉ちゃんがご飯作って待ってるからまたね、赤井さん!」
一気に喋り終えると扉に向かって走り出す。
「あ、待ってコナン君!車で送るからっ…、ちょっと秀、黙って見てないで引き留めて!」
「…そう云ってもな」
あっという間に扉の向こうに姿を消した子どもに赤井も呆気にとられていた。
なんて逃げ足の早い子ども、と感心していると閉まった扉が再び開く。僅かに開いた扉の隙間に覗いたのは逃げたばかりのコナンの姿。
「…ジョディ先生、あんまり赤井さんを叱らないであげてね。僕、悪い人にちゃんと気を付けるから。それと赤井さん。赤井さんは悪い人じゃないから大丈夫だよね。今度から煙草気にしないで吸っていいよ。赤井さんの煙草の匂い、嫌いじゃないから。──ジュース奢ってくれて有難う」
無邪気な笑みで最後に礼を告げ、ぱたんと扉が閉まる。



「………」
「………」
「……コナン君は悪い男に捕まる心配より、悪い男を転がす心配をした方がいいのかしら…?」
「…天性の才能なら心配しても意味がないと思うぞ。寧ろ磨いて武器にした方があの子の役に立つ」
「…まさかあなたが磨いてやろうとか云わないわよね」
「任せてくれるなら腕を惜しまないが」

ズコンッ、となったのは今度は壁ではなく。鍛え上げられた男の腹だった。



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