■ ライナスの毛布2

自分の生まれ育った家なのに敷居が高い。コナンの時間が長くなるにつれ、その思いは強くなっている。だから理由がなければ立ち入りすることはなかった。
そんな我が家に、予定外とはいえ彼が居候することになったのは結果として良かったと思う。前の木造アパートよりはるかに近くで灰原を見守って貰えるし、敵の侵入を許してしまった我が家も彼が居れば安心出来る。
ついつい入り浸って好き勝手に過ごすのが癖になるくらいに。

(だからっていい加減昴さんに迷惑かけすぎだろ、俺…)



ライナスの毛布2



熱を出して一晩世話になってしまったことをきっかけに、暫く実家に帰るのを止めようと決断したばかりなのに。
コナンの目の前には昴のにこやかな微笑。そして繊細かつ大胆に盛り付けられた豪華な苺のパルフェ。どちらも負けないくらい華やかだ。
(…一体何でこんなことに)

休日の朝、毛利探偵事務所にやって来たのは依頼人ではない客人。
「コナン君をデートに誘いに来ました。彼をお借りして宜しいですか?」
「「デートぉっ?」」
仲睦まじい親娘の揃った叫びにコナンは口角を引きつかせる。昴なりの冗談だろうが言葉のチョイスがあんまりではないだろうか。
「僕に何かご用なんだよね?」
「えぇ。ですからデートのお誘いです。お付き合い頂けますか、コナン君?」
「だからデートって…」
昴が態々直接迎えに来るくらいだから、何か重要な動きでもあったのかと思って緊張していたのに力が抜ける。
「いつもご飯を作るのを手伝ってもらっているので、御礼にご馳走したいと思いまして」
「なんだそうだったんですか、偉いわねコナン君!」
そんな馬鹿な。胡瓜一本まともに切れないコナンに出来ることなど、精々皿を並べることだけ。昴は『手がが荒れてしまいますから』という謎の気遣いで、皿洗いもさせてくれない。
「ったく、そんなことならとっと連れてけ!おい坊主、たたで旨い飯が食えるってよ」
「う、うん、僕楽しみ!」
外堀を埋めて攻められたコナンに逃げ道はない。
「保護者公認のデートですね」
まるで姫を迎える騎士の如く、膝まづいてコナンの小さな手を取る。
これは一体何が目的?


先が読めないことに不安になるコナンを愛車に乗せた昴の行き先は映画館。人に話を聞かれたくないということか、と思えばエンディングロールまで何事もなく終わった。演目はラブストーリー。想像より面白くて楽しんでしまったけれど、何故このチョイス?
感想をぽつぽつ語りながら連れてこられた先はカフェ。コナンの姿じゃなくても入るのに躊躇する、女性客を意識したお洒落な造りの店だ。声に出して読むことを躊躇うメニューは何かの暗号か。無言になるコナンの代わりに昴がお薦めを店員に注文した。運ばれて来たのは『煌めく苺の宝石箱のパルフェ』と泡で可愛い熊が描かれたカフェラテ。
(苺のパフェじゃないの?パルフェってなんだよ!何で俺だけ可愛い熊付き?自分はブラックコーヒーなのに!)
フォークをくわえながら昴を伺うと、視線に気付いた男は首を傾げた。
「口に合いませんでしたか?」
「…いや、美味しいけど。昴さんが考えてることが分からなくて。僕を此処に連れてきた意味とか」
「意味ですか?」
何かあるでしょ、事件のこととか組織のこととか!という期待を込めて(場所が相応しくないことはコナンも分かっている)聞いたのに男の返事は斜め上のものばかり。
「コナン君に美味しいものを食べさせたいと思いまして。このカフェのパルフェは美味しくて可愛いと評判なんですよ」
何処情報なのか、女性誌やインターネットで探す男の姿を想像したが、怖くて聞けない。
「美味しいだけじゃ駄目なの?」
「美味しくて可愛いパルフェを食べている、可愛いコナン君を観ることも目的の一つです」
「………」
今日はもうこの方向で行くと決定してるのだろう。優秀なFBI捜査官の行動は素人探偵には計り知れない。そういうことにしよう。
コナンは頷いて勢いよくフォークを苺に突き刺した。豪華さに見合う値段の苺は季節外れにも関わらず、大振りでジューシーだ。
「奢ってくれるんだよね?デートなんだから」
「勿論、デートですから。君の可愛らしい姿を見れるならいくらでも」
勿体無い。眼鏡越しにも分かる端正な顔に穏やかな微笑み、低く柔らかい声。どれも女性相手のデートならば本当に絵になるだろうに。
こんな子ども相手でも手を抜かない男に、目的が分からなくても折角だから楽しもうと笑った。
「だったら最後までかっこよくエスコートしてね」


カフェの後は買い物へ。推理以外に共通の趣味がない二人なので何処に行くのかと思ったが、着いたのは高級ブランドの洋服店。
昴もあの男も然程高級嗜好はないはずと意外に思っていたら、呼ばれたのはコナンの方。上品な店員に次々と服を宛がわれて、似合う似合うと二人が誉めはやす。
「…昴さん、これは?」
「季節の変わり目ですから。そろそろ冬に向けて準備してもいいでしょう?」
財布の持ち主たる昴の機嫌を読み取り、上から下まで揃えようとする店員を慌てて止める。こんなに買ってもらったら蘭姉ちゃんに怒られる!と云えば、昴は残念そうに頷いた。
「仕方ありません。だったらコートだけにしましょう」
「………」
値段を聞いたら負けだ。吊るしものだからそんなに高くはないはずと願っていたコナンだが、昴がカードを取り出したところで眼を反らした。
(何でカード!どうやって作ったんだよ!)


少し心臓に悪い体験をしたので、次の行き先はコナンが決めることにした。もっと細やかなお金で楽しめて、かつ昴に似合わない場所。意地悪ばかりする昴に対する、コナンなりの仕返しだ。

「最近のゲームは本当にハイテクですね。日本だからでしょうか」
「…そんなこと云うわりに強すぎだよ、昴さん」
フロア一体を占める広いゲームセンター。ここならコナンの方が主導権を握れると思っていたのに。
最初こそ説明をコナンに聞いてきたが、あっという間に腕を磨き、シューティングゲームのランキング画面に名前を連ねてしまった。玩具であっても拳銃の腕は落ちないということか。何処までも出来た男っぷりに、コナンもムキになって無茶を云う。
「昴さん、次はあれ!あれやろう!」
指差した方向には縫いぐるみがぎっしり詰まったUFOキャッチャー。
「…あれは。コナン君は得意なんですか?」
「全然。だから昴さんにとってほしいんだ」
一番近くにあった箱に入っているのはアメリカ生まれの人気キャラクター。二足歩行するビーグル犬と、その仲間たちの縫いぐるみだ。
「コナン君はどれが欲しいですか?」
「うーん、やっぱりこれかな」
特に愛着はないが、やはりこの中で有名なビーグル犬を指名する。原作もアニメも存在は知っていても見たことはないコナンに他はよく分からない。
「この少年じゃなくて?」
「……?それは誰?昴さん詳しいの?」
昴が指差したキャラクターは、布を持った男の子。
「いいえ、あんまり詳しくないです。ただ、この少年の名前がライナスということを知っているくらいですよ」
ライナス。何処かで聞いたことがある名詞だと首を傾げる子どもを男は苦笑して見下ろす。
──ライナスの毛布。今では心理学用語になっている言葉を知っていても、元になったモデルを子どもは知らないのかもしれない。

札を崩すことなく手に入れたのはビーグル犬ではなく、ビーグル犬と仲の良い黄色い鳥。
「…昴さんって何でも出来るんだね」
「やはりあっちのキャラクターが良かったですか?もう小銭がないので一度崩しに行かないと…」
黄色い鳥の縫いぐるみを抱えるコナンは眉を寄せて拗ねた表情。注文の品と違って気に入らないのか、と踵を返した昴の上着をコナンが掴む。
「い、いいから!僕、この子も好きだから!」
「本当に?」
「うん。……昴さんが何でも上手だからついむきになっちゃっただけ。とってくれて有難う」
かっこよくエスコートしてと云っておいて、ケチが付けれなさすぎて臍を曲げるなんて。あまりに子ども染みた甘えた態度に、反省して礼を伝える。
男はコナンをとても甘やかすので、少し気を抜くと度が過ぎてしまうのだ。つい先日、大失敗したばかりなのに。
「…実はこの手のゲームは結構得意なんです。年の離れた兄弟がいて、昔せがまれて沢山やりましたから」
「そうだったの?」
昔とった杵柄だと苦笑する昴に釣られてコナンも笑う。
「やはりコナン君のお願いも叶えましょう。その子と彼はいつも一緒の仲良しですから。一人は寂しがるかもしれない」
「次は僕がとりたい。コツ教えてね、昴さん」







夕食は隠れ家的なレストラン。カジュアル過ぎず、高級過ぎず。馴染みのあるメニューにコナンはほっとする。
(フレンチのフルコースとかじゃなくて良かった…)
熱々のグラタンに舌鼓を打ちながら、男の様子を観察する。相変わらずポーカーフェイスだが、少しだけ纏う空気が柔らかい気がする。沖矢昴という人間のために作ったものではなく、彼本来の空気が。
「ねぇ、昴さん。今日は本当にどうしたの?」
「どうとは?」
「何が目的だったの?」
意図的に薄暗く設定されたレストランホールは静かだ。誰もが雰囲気に合わせてひっそり話している。
「君とデートしたかっただけですよ」
「僕が食べる姿を見て僕のものを買って楽しい?」
「えぇ、想像以上でした。お陰で自分の答えが出ましたから」
「答え?」
コナンを見据える昴が笑みを深くする。
「何が目的かと聞いたでしょう?君とデートするのが目的。それも本当です」
「他にもあるってこと?」
やはりこれは目眩ましで、事件か組織のことで動いていたのかと緊張するコナンに昴が声を上げて笑った。
「そんな怖い顔する必要はないよ。これは完全プライベートですから」
「…プライベート?」
「えぇ。先日、ある人に指摘されたことが本当か確かめたかったんです。本当に彼女のいう通りなら場所は関係ないはずですから」
「……」
「私が居ることに意味がある。残念ながら、それが当たっているかどうか私には分かりませんでした」
何かの謎かけなのか、コナンは眼を瞬いた。
「でもさっきは答えが出たって…」
「答えが出たのは自分のことです。彼女の指摘をきっかけにここ暫く考えていたんですが、あの日以来コナン君は遊びに来てくれてないでしょう?」
あの日とは勿論風邪を引いたときだろう。
「だって僕、昴さんに沢山迷惑かけちゃって…。昴さんも忙しいだろうし…」
「迷惑とはかけられた方が感じて初めて迷惑となるんです。私は全くそう感じてません。寧ろもっと君に頼って貰いたいし、もっと甘えて欲しいようです」
「甘えるって…、僕はそんなに子どもじゃないよ」
「分かっています。君がとても強くて頼もしいのはね。でも、甘える人間がいてもいいでしょう?」
「…昴さんに?」
「私はね、コナン君。君の毛布でありたいようです。──独占欲が強い私には依存してもらうくらいが丁度良い」


帰宅する車の中では二人とも無言だった。それでも気まずい空気ではない。落ち着いた沈黙だった。
毛利探偵事務所のビル前に車が止まり、漸く昴が口を開く。
「今日は楽しかったですか?」
「うん、凄く」
「ではまた今度一緒に出掛けてくれますか?」
「いいよ。だけど昴さん、僕は高くてお洒落なお店じゃなくても楽しいよ。ポアロやお家でも昴さんと一緒ならね」
コナンは正確に理解していた。レストランで自分の毛布でありたいと昴が云った意味を。
ヒントはUFOキャッチャー。さして詳しくないというキャラクターの名前を態々出したこと。あれは、偶然もあったのだろうけど。ライナスと毛布が揃えば、直ぐに一つの心理学用語に辿り着く。
──ライナスの毛布。傍になければ不安になってしまうもの。何かに依存しなければ情緒不安定だなんて、健康的とは云いがたい。だけど昴はそうありたいと云う。

「私と一緒に居れば、何処でも?」
「うん。殺人現場でも銃弾が飛び交う戦場でもね。あぁ、だけどやっぱり家が一番かなぁ。デートは邪魔が入らない方が良いもんね」
ビーグル犬と黄色い鳥の縫いぐるみを抱き抱えてコナンは笑う。

「──最後までかっこよくエスコートしてくれるでしょう?」
「勿論。君が許してくれるなら、何処までも」
ドアを開いて差し出される手に、小さなそれを乗せる。
これが二人の、もう一つの始まり。



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