■ WATCHDOG & BIRD

WATCHDOG & BIRD



工藤邸の客室は現在唯一使用されている寝室である。
屋敷の主と妻の部屋、その一人息子の部屋に比べれば狭いが、その辺のビジネスホテルよりもずっと贅沢な造りになっている。深い緑の絨毯の上に上質なクイーンサイズのベッドとマホガニーの文机。家具といえるものはそれぐらいだが、屋敷に居候する男はホテルより上等過ぎて最初は落ち着きませんでしたと苦笑していた。

重厚な雰囲気の部屋に昴が持ち込んだ物は着替えと仕事用のパソコンや必要な機材が少々。もしかしたら部屋の何処かに男の相棒である銃器も隠してあるのかもしれないがコナンは見たことはなかった。
この部屋に泊まった際に(文字通り泊まっただけである)こっそりベッドの下を覗いていたら昴に見つかってしまったのだ。
『残念ながらそこに君を楽しませるような物は隠してませんよ』
『…別に楽しむつもりはないけど。じゃあ何処に隠してるの?他の部屋?家の外?だけどいざという時傍に置いてないと身を守れないよね?』
男の相棒である武器の場所をコナンが知る必要性がないのは分かっていたが、さも面白げに笑われてむっとし、真っ正面から訊くことにした。すると男は僅かに目を見開いて驚き、今度は自嘲するような笑みを浮かべた。
『…全く君は常に探偵思考なんですね。まるで私の方が思春期の少年みたいだ。いや、ただの汚れた大人かな?』
『昴さん?』
首を傾げるコナンの頭を軽く撫で、夜遅いからもう寝た方が良いとベッドの中に放り込まれてしまい、結局銃器の在処は教えてもらえなかった。

そんなこともあったが今も客室の中はパソコンくらいしか昴の存在を示す物はない。酒の瓶やグラス、灰皿の類いもなかった。寝室には持ち込まない主義なのかとも考えたが、たまに煙草の残り香を僅かに感じ取ることもある。
一体何故コナンに見せようとしないのか。他の部屋では酒も煙草も隠さないのに。







予め泊まると決まっていたその日、コナンは着替えの他に二つの荷物を持ってきた。
紙袋の中に入っていたのは手のひらサイズの縫いぐるみ。二人が秘密のお付き合いをする直前に、堂々とデートと銘打って出掛けたゲームセンターの景品である。アメリカ生まれの人気キャラクター、二足歩行のビーグル犬と友達の黄色い鳥だ。
「これ、昴さんのところに置いてもいい?」
「それは構いませんが…、気に入りませんでしたか?」
一度は嬉しそうに毛利探偵事務所に持ち帰ったものをプレゼントした人間の元に持ってくるのだから、昴がそう思うのも仕方ない。微かに眉を顰めた昴にコナンは慌てて首を横に振り、違うから!と必死に云い募った。

これには事情があるのだ。

コナンは毛利探偵事務所の居候である。昴と同じだ。しかし毛利家は事務所を省くと三階のフロアしかない。突然やって来た子どもに部屋を与える余裕などない。そうなると、小さいとはいえコナンは男だから寝室は小五郎と同室になるしかなかった。
世間では誉れ高い小五郎は知る人ぞ知る迷探偵だ。たまにしか鋭さを見せない小五郎は探偵としては不十分な人間だったが、大人としてはコナンの周囲の中で唯一と云っていい程の常識人かもしれない。警察でさえ最近はコナンの意見に耳を傾けるのに、小五郎はコナンに対する態度を変えない。ある意味一番公平な大人なのだ。
そんな小五郎との同室は多少大きい鼾を覗けば不満などない。小五郎はいちいち子どもの持ち物をチェックなどしないし、いつの間にかコナンの枕元に縫いぐるみが置いてあっても関心など抱かない。有難いことに。ただ、全く気にしない男にとって縫いぐるみなど空気の一部なのか、よく蹴飛ばしてしまうのだ。酔っぱらって寝た翌朝なんかにはコナンの枕元から遠く離れた位置に移動している。恐らく、夜中にトイレに行く際、コナンを踏みつけないよう注意はしても縫いぐるみまで意識がいかないのだろう。仕方がない。だからといって幼馴染みの少女の目がある居間には妙な罪悪感から置いておけない。
斯くしてコナンはビーグル犬と黄色い鳥を毛利家から避難させざる得なかったのだ。


「なるほど、それはそれは。でしたらこちらに置く方が宜しいでしょうね」
コナンの説明を聞いた昴は顰めていた眉から力を抜いて穏やかに笑う。
たかが縫いぐるみ。それもコナン自身が好きというわけでもないキャラクターモノを思いの外大事にされていることが伝わったのか、何処か視線が柔らかい。コナンは気恥ずかしくて眼を反らした。
「何処に置きましょうか。小さいからリビングのテーブルの上でも邪魔になりませんよ。それとも玄関?」
「ちょっ、昴さん、それは駄目だよ!」
「おや、何故?」
何故も何もそんな場所では灰原や母親に見られてしまう。何を云われるか分かったものではない。昴だって困るだろうと云えば「私は困りませんよ。ありのまま正直に答えればいいだけです」などと宣った。恐ろしい。
確かに傍目からは子どもを可愛がる大人からの微笑ましいプレゼントとして映るだろうが、灰原は二人の不純な付き合いに勘づいているのだ。微笑ましいプレゼントとは思ってくれまい。うろんな視線を向けられるのが簡単に想像出来る。母親だって鈍くない。世界的人気推理小説家の妻だけあって見た目にそぐわない鋭さを持っている。女性の勘は侮れない。

「だから母さんも灰原も出入りしない昴さんの寝室が良いんだけど…」
「客室に?」
「うん。ベッドのヘッドボードにでも。…だめ?」
あの落ち着いた大人の男の寝室に可愛らしい縫いぐるみは違和感しかないが、他に思い付かない。
直ぐに肯定の返事をくれない昴に、やはり予想以上に大人の男として抵抗感があるのかと申し訳ない気持ちになる。自分も本当は高校生男子だけれども、昴に初めて貰った形あるプレゼントなので大切にしているが。
「そんな顔しないで下さい。厭なわけじゃありませんよ。厭だったらUFOキャッチャーで捕らないし、コナン君にプレゼントしません」
どんな顔をしていたのか、昴が苦笑を漏らしてコナンを腕に抱き上げた。空いた片手で紙袋から出した縫いぐるみを掴みコナンに渡す。男はそのまま客室に向かった。



埃一つないヘッドボードに小さな縫いぐるみが二つ、行儀よく並んだ。やはり違和感しかない。
「本当にいいの?」
「はい。この部屋は私の寝室であると同時にコナン君の寝室でもありますから、本当は許可なんていらないんですよ」
未だコナンの正体を曖昧にしている身では新一の部屋は使えない。自動的に泊まるとなると客室になるわけだが、他に空いている部屋がないわけでもなかった。それでもこの部屋に泊まるのは付き合いが始まる前からの習慣なのだ。掃除も楽だから、とコナンは考えていた。
「この際この部屋は完全禁煙でもしましょうか。この子たちに匂いが付かないように」
「え、そんなの気にしないでいいよ!昴さんが気を使う必要ないから。ただでさえ僕が泊まる時我慢してるんでしょ?」
常に神経を使う生活をしてるのに、休みを取る為の寝室で休めなかったら意味がない。仕事だろうが居候だろうがここは今昴の家なのだ。好きに過ごして良いのに。
コナンの言葉に昴は珍しく困ったように眉尻を下げた。
「我慢は我慢なんですが…。まだ必要なんですよ、我慢が。君が泊まる時は理性的でないといけませんから…特に寝室では。理性を失わせるモノは持ち込めません。私にとって寝室で酒と煙草はセットですから」
「……僕を泊める時は余計に安全に気を使ってるってこと?セキュリティに不安があるの?」
何者かが家に侵入する可能性を考えているのか。確かに守る者が居たら動き難い。気付かなかったがまさか枕の下に拳銃でも隠しているのか。
家のセキュリティに関しては昴に完全に任せてしまっているので不安など感じなかったがお互い狙われる要素がありすぎる。昴が万が一に備えて神経を尖らせていても不思議ではない。そう考えて大きな枕を裏返したり、ぽんぽん叩いてみたり、挙げ句カバーを外そうとするコナンに、昴が必死に笑いを堪えようと口元を手で押さえる姿を見ることは幸いなことに、なかった。


シーツを剥がしても何も見つけられなかったコナンは些か不服の表情だ。叩きすぎた枕から飛び出した羽根が頭の飾りになっていることも気付かず、ベッドに横たわっている。
「こういう時って何か隠してるものじゃないの?」
「あっさり見つかるような場所には置いていません。ここは日本ですから。心配しなくても君を危険に曝すようなことはしませんよ、少なくとも私のテリトリーではね」
コナンが大人しく腕の中で護られてくれる人間ではないことをよく理解している発言だ。それでも護りたいと思ってくれていることは分かる。これが他の人間なら反発したくなるが、どういう訳か、昴に対してはそれかない。信頼してるということより、好きな相手に大切に想われている証と思えてしまうのだ。
口にはしないけれど。
「…僕、今日はもう眠たい」
まだ昼過ぎだというのにベッドに横になっていたら瞼が重たくなってきた。ベッドに腰掛けている昴が髪に触れるので一層眠くなる。
「じゃあ、コナン君はお昼寝してていいですよ。私は書斎の整理でもしてます。君の好きそうな本がアメリカから届いたので起きてからのお楽しみですね」
そう云ってベッドから腰を上げた昴のシャツを小さな手が掴んだ。
「だめ。昴さんも一緒に寝て。本は逃げないから後でいいよ」
いつもなら絶対逆のことを云うコナンが、本より一緒に寝ることの方が大事だと訴える。
昴がそれに否など云えるはずがなかった。



「全く、こんなに大胆で健全な誘い文句は初めてだ。身体が子どもだとそういう思考も子どもになるのか…それとも俺を試してるのか、ボウヤ?」
コナンが深い眠りに入っていることを知りながら男は呟いた。
ヘッドボードに並ぶ縫いぐるみの残酷なまでの清らかな眼差しに、溜め息が一つ漏れる。縫いぐるみの傍らで眠る子どもに手を出すにはどれくらいの厚顔さが必要なのだろうか。最初は自分で課した理性だったが、その上に更に自制を求められているような気がしてならない。
「俺の理性が効いている内に早く大人になってくれ」
子どもどころか赤ん坊のような幼い寝顔のコナンに、先が長そうだと思いながらも願わずにいられなかった。
そんな二人をビーグル犬と黄色い鳥が仲良く見守っていた。


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