■ ワンコイン

五百円玉を眺めて溜め息を吐く。いくらなんでも高校生のお年玉で五百円とはないだろう。例え身体が小学一年生だとしてもだ。
「こんなんで何を買えるっていうんだよ…。本当に小一の時だってもう少しくれたくせに」
実際、新一のお年玉は世間一般と比べるとかなり高額だった。それは小学生の時には既に計算が身に付いており、計画性を持って使用出来ると親が判断していたからだ。阿笠博士に至っては赤ん坊の頃から可愛がってる子どもに対するただの甘やかしである。その博士が今更小学一年生向けの金額と云ってもいまいち説得力がない。
「まぁまぁ、そう云うな。新一君は今お小遣いに困っとらんじゃろ。ワシからのお年玉は君に小学生気分を楽しんで貰う為の五百円じゃ」
「…小学生気分なら十分過ぎる程実感してますケド?」
毎日鏡を見る度に否応なしに実感させられているが、これ以上何を楽しめと云うのか。
「たった五百円と思うかもしれんが、それ一つで五百円以上の幸福が買えるかもしれんぞ?」
「例えば何?」
じと目で睨んだコナンに博士が大きく腹を叩いて満面の笑みで答えた。
「食いきれん程沢山の駄菓子が買えるぞ!子どもなら誰もが夢みる贅沢じゃろ!!」
「………」
それは現在厳しい食事制限を課せられている博士の夢ではないだろうか。
キラキラした笑顔で夢見るように語る博士の姿に、確かに金があっても買えないものがあるようだと悟ったコナンだった。



ワンコイン



アメリカ在住の両親から新年の挨拶と共に結構な額のお年玉を貰ったコナンだったが、博士から貰ったお年玉は別に分けて消費しなかった。
博士の云う五百円玉一枚で五百円以上の幸福が買えるとはどんなものか。探偵として動き回るコナンには交通費としてあっという間に消える額であり、大好きな推理小説を買うには少々足りない。中々難しいお題だと頭を悩ませている内に一月も半ばを過ぎてしまった。


「それで?結局その五百円玉で何を買うか決めたんですか?」
良い香りを漂わせる珈琲カップをコナンの前に差し出し、眼鏡をかけた柔和な笑みの男が問う。
「まだちょっと考え中…」
首を傾げながら珈琲カップを受け取ってコナンは答えた。
お茶請けに用意された一口サイズのお菓子を見ると溜め息を吐きたくなってくる。綺麗な細工の洋菓子は詳しいことは分からないが、これ一つで五百円以上することを知っている。前に一緒にお茶をした哀に生ぬるい眼差しで教えられたからだ。こんなお菓子を日常的に食べている身としてはとても駄菓子五百円分で幸福になれる気がしない。
「昴さんにも原因があるような気がする…。僕、こんなに贅沢嗜好じゃなかった筈なのに」
いつの間にか味覚を慣らされいる事に多少の恨みを込めて昴を睨むと、柔和な笑みが人の悪い笑みに代わる。
「高級品だけを選んでいるつもりではありませんが…。恋人の味覚が自分好みに染まっていくというのも楽しいものですから」
つまり全く反省するつもりはないということらしい。人の悪い笑みなのに腹が立つどころかこそばゆい感覚になってしまう身体が、味覚だけではなく他にも慣らされているような気がしてならない。悪い大人め。

隣に腰を下ろした昴が胸元のポケットを探って煙草とジッポーを取り出す。鈍い輝きを放つブラックシルバーのジッポーが節張った長い指に握られているのを見ると、思わずコナンの頬が緩む。クリスマスの贈り物がちゃんと昴に使って貰えているのが嬉しい。場違いといえる店に勇気を出して買いに行って良かったと思う。
(……あ。なるほど、こういうことか)
ワンコインで金額以上の価値が得られる方法が分かった気がした。
「昴さん、博士のお年玉の使い道決めたよ」
「え?」
「このお金で煙草を買うことにする」
「はぁ!?」
常に冷静な男にしては珍しい裏返った声など気にもせず、自分のアイディアの良さにコナンは無邪気な笑みを浮かべた。
「だけど僕、子どもだから自分じゃ買えないんだ」
「…まぁ、そうですね」
対面販売で売ってもらえるわけもなければ、taspoカードも持ってない。小学生なのだから当たり前だ。
「それに昴さんの吸ってる煙草はこの辺りの自販機にもコンビニにも置いてないよね」
「えぇ、そうですね。隣町の煙草屋でまとめ買いしてますからまだ残りが…」
ある、と云う昴の言葉に無邪気な声が重なる。
「だから一緒にお出かけしようよ。昴さんの煙草、僕が買ってあげる」
そこで漸く昴はコナンの意図に気づいた。どうやらこれは遠回しなデートのお誘いらしい。話の流れから察するに、ワンコインで金額以上の幸福を得る為の方法を模索した結果なのだろう。
「…私をワンコインで買おうという訳ですね?」
「うん、お買い得でしょ?五百円分の駄菓子よりよっぽど贅沢だもん」
へにゃりと笑うコナンに釣られて昴も笑みが溢れた。仮にもFBI随一のスナイパーである男をたったワンコインで買おうとする人間はこの子どもぐらいだ。無論昴としてはお金などいらないが、ここは可愛い恋人の遊び心を尊重することにした。
コナンの小さな手を取って口づけを落とす。
「お買い上げ感謝します。お客様に満足していただけるよう、精一杯おもてなししてみせましょう」





後日、博士の留守中にお邪魔したコナンから事の顛末を聞かされた哀は、一層生ぬるい表情を浮かべた。
「ちゃんと五百円でそれ以上に楽しんだだろ?」
煙草もデートも小学生の楽しみ方からかけ離れてるだろうという突っ込みを入れる気力もわかない。取り敢えず哀に云えることはただ一つ。
「…博士には報告しない方が良いと思うわよ」
長年可愛がってきた子どもがお年玉で大人の男とデートしてきたなどと聞いたら、厳しい食事制限の甲斐もなくショックで倒れるに違いない。


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