■ 聖夜に灯す

クリスマスソングが流れる中、楽しそうな家族連れやカップルに囲まれると一人で居ることが身に沁みる。約束の時間を過ぎても一向に現れない待ち人に痺れを切らし、イライラと百貨店のフロアを闊歩していたその時。
シックな雰囲気の店内に不似合いな小さな背中を見つけた。背の届かないショーケースに背伸びして掴まっている子どもの頭に、特徴的な癖毛がぴょこりと覗いている。

見知った子どもの姿に今までの苛立ちも忘れてニヤリと笑う。丁度良い暇潰しを見つけた。
カツカツとヒールを鳴らして近づき、コートの隙間から見えている細い首に冷たい携帯をそっと押し当てる。

「みゃぎゃあぁぁっ!!」

高級店に相応しくない甲高い悲鳴が響き渡った。



聖夜に灯す



百貨店内の休憩所でコナンは優雅にカフェオレを楽しむ園子をじと目で睨む。
「…酷いよ、園子姉ちゃん」
「あんなに驚くなんて思わなかったのよ。ココア奢ってあげたんだから許して」
店内で悲鳴を上げるという恥を晒してココアで許すのは割合が合わない気がする。何度も足を運ぶ店じゃなかったことが救いだ。

「ところでガキんちょ、あんたあの店で何買ったのよ?子どもが買い物する店じゃないでしょ?」
触れられたくなかった園子の指摘にコナンは硬直した。だが、悲鳴を上げた後に品物を店員から受け取る姿を見られているので買ってないとは云えない。
「…ちょっと人へのプレゼントを」
「小学生のお小遣いで買えるの?あの店、大人の男用でしょ」
超お嬢様なのに庶民的な金銭感覚を持ち合わせている園子は指摘も厳しい。先程行った店は万年筆や手帳、ハンカチにネクタイピンと幅広く売っているが、どれも大人のたしなみとして持つもので、どれも安くはない。
「…お年玉の貯金があるから。ちゃんと自分のお金だよ」
上手い云い訳も思い付かず、ほぼ正直に告げる。正確にはお年玉を元手に株で増やしたお金だ。
「ふぅん。あんた年のわりにしっかりしてるもんね。あ、もしかして毛利のおじ様へのプレゼント?」
「え?」
それは考えてなかった。世話になってるのにマズイだろうか。
いや、しかし小五郎はクリスマスプレゼントなどくれないだろうし、ついこの前なんてコナンのケーキを食べられたし───プレゼントなどいるだろうか。
「お、おじさんにはケーキをあげたから。あのね、園子姉ちゃん。今日僕が買い物してたこと内緒にしてほしいんだけど…」
蘭や小五郎の耳に入るのは少し困ると思い、両手を合わせてお願いをする。
「なぁに、人に知られちゃ困る相手なの?」
「プレゼントだから内緒にしたいんだよ」
口の軽そうな園子だが、約束さえしてしまえば守ってくれることをコナンは知っていた。
「…サプライズなの。なら内緒にしなきゃね」
園子がロマンチックやサプライズ大好きな女性であることにほっと安堵する。しかし園子は秘密が大好きな女性でもあった。
ニヤリと笑ってコナンの顔に身を寄せる。
「ね、内緒にしてあげるから私にだけ教えなさいよ。誰にあげるの?お父さん?博士?」
ね、ね、と迫られて椅子の奥まで追い詰められる。店を知られているので小学校の友達とは誤魔化せない。しょうがないので内緒にする事を固く約束させて口を割った。
「…僕の大切な人だよ」
「はぁ?答えになってないじゃない!?」
そう云われてもこれ以上秘密を晒せない。
コナンに口を割らせようとする園子からどうやって逃げようと考えていたその時、助け船のように声がかかる。
「───あぁ、良かった。探しましたよ、コナン君」
眼鏡の奥に柔和な笑みを称えた長身の男が立っていた。



「博士の車が調子が悪いみたいで。代わりにコナン君を迎えに行くよう頼まれたんです」
「…電話してくれたら電車かバスで帰ったのに」
予定外の場所で昴に会ってしまい、コナンとしては少し気まずい。元々夜に会う約束をしていたので、予定が早まったことを喜ばなければいけないのだが。
「なによ、ガキんちょ。昴さんのお迎えが不満なの?だったら私がご一緒しちゃおうかなぁ!昴さん、時間があるなら私とクリスマスデートしませんか?」
イケメンに目のない園子が大胆にも昴に腕を絡ませる。
「ちょっ!園子姉ちゃん!?」
「いいじゃない。こんな日に子どもを迎えに来る暇があるんだから一人寂しい女に付き合ってくれたって」
なんだその勝手な理論は。目の前に居る子どもはカウントしないのか。
ムッとするコナンに対して腕に抱きつかれている昴は涼しい顔だ。
「園子さん、百貨店にいらっしゃるということはご予定があるのでは?」
「いいんです、予定なんて!もうなくなっちゃったんです!」
昴の言葉にそういえばと園子の格好を見上げる。派手なのはいつものことだが、どれも女性らしい上品な服やアクセサリーを身に付けていた。よく見れば少し化粧もしているようだ。冬の強化合宿に出掛けている蘭と会う為ではないだろう。
「素敵な夜景の見えるレストランを予約してるんです。無駄にしない為に付き合ってくれませんか?あ、ガキんちょの分も一緒に奢りますから!」
どうやら園子は恋人に約束をドタキャンされて自棄にになっているようだ。
だからといって許せる訳ではない。
涼しい顔を崩さない男への苛立ちも込めて長い足に力一杯しがみつく。
「コナン君?」
「何やってんのよ、ガキんちょ?」
見下ろす二人の片方を見上げて叫んだ。
「園子姉ちゃんには京極さんが居るでしょ!こっちは僕のだからダメ!」
羞恥はあるが、堂々とやれば子どもの駄々だ。伊達に子ども経験長くない。
「おや、まぁ」
「僕のってあんたね…」
呆れる園子からやんわり腕を離した昴が両手を足にしがみつく子どもに伸ばす。コナンも両手を伸ばして自ら男の首に腕を回した。
「申し訳ありません、園子さん。私は可愛いボウヤのものなので」
コナンのまろい頬を撫でながら昴が園子に断る。誰が聞いてるかもしれない人前でボウヤと呼ぶなんて。数少ないあの男の片鱗に、コナンは回す腕の力を強めた。
「しょうがないわね。ガキんちょにもこんな子どもらしい顔があるなんて知らなかったわ」
「コナン君はいつでも可愛い子どもですよ。それより園子さん、あちらでキョロキョロしている男性は貴女の待ち人では?」
「えぇ!?あっ、真さん!?」
百貨店に大きな旅行鞄を持って焦った顔で彷徨いている男の姿を見つけて園子が走り出す。
人混みの中、男に駆け寄る園子を遠目に眺めてほっとする。悪友とはいえ、長年の友人が幸せなクリスマスを過ごせそうだと嬉しい。自分の恋人に抱きついたことは許さないが。
「ではコナン君、帰りましょうか。張りきってご馳走を作ったので楽しみにしてくださいね」
「ケーキもある?」
「もちろん。クリスマスに相応しい苺と生クリームのケーキですよ。サンタも乗せました」
完璧過ぎる答えに褒美として頬に口づける。誰もが自分の幸せに夢中なのだからこのくらい気にしないだろう。







園子は顔見知りの子どもを思い出していた。子どもは気づいていないようだが、園子はプレゼントの中身を知っていた。ショーケースに届かないコナンと違って中のカウンターが見えたからだ。
小さな黒い箱にブラックシルバーのZippo。明らかに子どもの使うものではない。否定はしたが周囲に居る大人の男で喫煙者の探偵にあげるのだと思っていた。しかしそれは間違いらしい。
昴の腕に抱きついた時に仄かに煙草の匂いがした。自分のものだと堂々と主張出来るくらいに男のことが好きなのだろう。
園子に小さい男の子の心境など分からないが、あの小生意気な子どもが大人の男に憧れている様子は微笑ましくて可愛い。約束通り内緒にしてやってもいいくらいに。

「どうかしましたか、園子さん?」
含み笑いをする園子を京極が不思議そうに見下ろす。
「何でもないわよ。早く行きましょ、真さん。レストランの予約に間に合わないわ」
飛行機が遅れて、空港から急いで来たのだろう。多少汗臭いが、自分に会う為のものと思えばそれも厭ではない。







広い屋敷の居間でプレゼントの交換が行われていた。
男から子どもへは頭から爪先まで揃えた沢山の洋服や靴。あまりの量に子どもは絶句してしまう。
「クリスマスならどれだけプレゼントしても大丈夫でしょう?」
貢ぎ癖のある男の云い訳はこうである。
だが今回はコナンも人の事を云えない。受け取った昴が箱を開けて驚いている。
「…これは高かったのでは?」
「僕のお小遣いだからいいの。それより昴さん、煙草くわえて?」
戸惑いながらもコナンの頼みを聞き入れて昴が煙草をくわえる。赤井と違って昴は滅多にコナンの前で煙草を吸わない。別人を演じる為とはいえ、それが少し物足りなくて寂しかった。
傷一つない美しいブラックシルバーのジッポーを開き、火打石を擦る。ライターとは違う滑らかな焔が揺らぎ、くわえられた煙草に火を移す。

「ねぇ、昴さん。他の人に火をもらっちゃ駄目だよ」
子どもらしくない艶のある笑みを浮かべるコナンに男は苦笑した。
「俺にこんなことをしようとするのはボウヤぐらいだ」
「…あと腕に抱きつかせるのも禁止」
可愛いらしい嫉妬をみせる恋人に、男は煙草の火を消して恭しく小さな手を取った。
「ボウヤの仰せのままに」


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