■ 大人は太陽と仲良くなれない

子どもは風の子と昔の人は云ったらしいが、ひ弱な現代人である江戸川コナンは寒さに弱かった。普段の好奇心と行動力が鳴りを潜め、探偵業も疎かに成る程の怠惰っぷりを見せて周囲を呆れさせたものだった。
しかしそれも春を迎えて覚醒し、更に燦々と太陽が輝く夏の訪れを迎えた今、暑さに負ける事なく毎日探偵団の面々と一緒に外を走り回っている。
青い空、白い雲、そしてギラギラ輝く太陽。好天の下で友人たちと河原でサッカーボールを追いかけるコナンは夏を満喫していた。猛暑に不似合いな黒いタートルネックを身に纏った大学院生に車で連れ去られるまでは。



大人は太陽と仲良くなれない



以前からコナンと約束していたので迎えに来たなどと出鱈目を並べ、何処へ連れて行かれるのかと思えば着いた先は工藤邸。何か黒の組織で新しい動きの情報でも入ってきたのかと大人しく昴の動きを静観していたコナンだったが、リビングのソファーに座った昴に抱え込まれて十分、どうも緊急の事態ではないと悟る。
「…一体どういうことなの?」
態々コナンを連れて来て縫いぐるみ宜しく、背後から抱え込まれながら高い位置にある顔を見上げる。
「暖をとるのに丁度良いものはないかと考えたら、あぁそうだ、コナン君が居たなと思い付きまして」
部屋の中は節電や温暖化など預かり知らぬこと、と云わんばかりに冷房が効いていた。薄い半袖のシャツ一枚のコナンには寒いくらいに。
「………真夏の台詞とは思えないよ、それ」
これが他の人間ならふざけるなと蹴りの一つも入れただろうが、柔和な笑みをたたえ、冗談とは縁の無さそうな男に云われると何故かそれも出来ない。コナンは昴に弱いのだ。これが惚れた弱みなのかと考えなくもないが、思い返せば出会った当初からそうだった気がする。灰原が此処に居れば「つまり最初から貴方のタイプだったんでしょ」と生温い視線を向けられたかもしれない。それはいただけない。男としてのアイデンティティーに関わる。
そこまで想像して首を横に降るコナンの頭にぽんっと大きな掌が乗せられた。
「夏休みに入って中々コナン君に逢えなくて寂しかったんですよ。お友達と遊ぶのが楽しいのは判りますが、たまには恋人を優先してくれないと」
確かに休みに入ってから海だプールだキャンプだと遊び回っている自覚はあった。宿題など日記を残して終わっているし、小学生の休みなんて正に元気に遊ぶ為にあるのだから当然なのだが。
「…だけど昴さんとは夕べも逢ったよね?」
正確には朝まで一緒に居たのだ。理由は大きな声では云えないあれそれである。昼間子どもたちとの約束を優先する代わりに夜一緒に居るから良いじゃないか、と反論すると昴が眉を顰めた。
「成る程…、コナン君は躯さえ与えていれば恋人関係は保たれていると……そういう考えなんですね」
「ばっ、だ、誰もそんな事云ってないからっ!!」
真っ赤になって背後を振り返ったコナンに柔和な笑みから不敵な笑みに器用に変化させた昴が顔を寄せて告げる。
「たまには昼間も俺に付き合ってくれても良いだろう、ボウヤ」
態々本来の深みのある声音に切り替えたのはコナンがそれに弱いと知っているからだ。こんな悪い男に簡単に乗ってしまってはいけないと幼馴染みの愛読雑誌に書いてあったと頭に過りつつ、気づけばあっさり頷いていた。
「…昴さんてお手本みたいな悪い男だよね」
こんな子どもに何の躊躇もなく告白して、罪などないような顔で手を出す男を精一杯睨んでやるが、そんな拙い抵抗で怯む相手ではない。
「何を今更。そんな悪い男の手を取って共犯者になったのは誰だ?……悪い子は君でしょう、コナン君」
自分の見る目のなさを認めて諦めろと笑う男に、今度こそえいやっと自慢の足蹴りを繰り出した。







昴と一緒に過ごすことには頷いたものの、昼間から淫らな真似をする気は更々ないと純情なコナンの望みを叶えて昴は車を走らせていた。
向かう先は事前に情報を入手していた山中にあるかき氷屋だ。情報入手は隣家を盗聴していた際、テレビを観ていた子どもたちの雑談からだった。珍しくコナンが率先して食べたいと呟いていたのを覚えていた。
コナンを迎えに行った時点でキャメルに灰原の護衛を頼んでいた事も含めて立場を乱用し過ぎるとじと目で睨まれたが、このくらい許して欲しいものだ。傍に居るのに眺めて見ているだけだなんて生殺しは御免である。男の独占欲を未だ理解してない子どもには行動で教えるしかない。
サッカーで流した汗をシャワーで綺麗さっぱり落とし、昴が用意していた着替えに身を包んだコナンは助手席で流れる外の緑を眺めている。その横顔からはもう先程までの不満げな様子はない。頭の良い子どもは切り替えが素早いらしく、目の前の楽しみに思いを馳せているようだ。
「僕、レモン味が好きなんだよね。昴さんは?」
「特に好きというのは無いですけど…いつも結局イチゴを選んでいるような気がします」
「なんだ。案外王道だね」
つまんないの、と唇を尖らせるコナンについ意地悪をしたい気持ちが沸き上がった。
「…あのシロップ、実は全て同じ味で色だけ変えている…ってコナン君なら知ってますよね?人間の味覚なんて視覚で惑わされてしまうくらい拙いものなんですよ。否、脳の支配力が強いと云うべきか」
見たいものしか見えない、聞きたいことしか聞こえない。味の感じ方もその一つだろう。
「…それは僕が知りたくなかった数少ない真実の一つだよ。知っちゃった時は本当にショックだったのに……っていうかもう!思い出させないでよ、昴さん!かき氷は夏のロマンなんだってば」
論理を愛する探偵の割に時々見せるロマンチストな面は女優の母の血だろうか。その可愛らしさに昴の頬が緩む。
コナンがかき氷の秘密に拘るのは恐らく本当に小さかった頃の幼馴染みとのノスタルジックな思い出があるからかもしれない。それを思うと妬けるが、これからその記憶を自分で塗り替えてやろうと大人気なく決心して、唇を尖らせるどころか頬を膨らませているコナンの髪を片手を伸ばして撫でた。
「これから行く店はフレッシュソースが自慢ですから脳が誤魔化されることはありませんよ。きっとコナン君も満足していただけると思います」
「それも楽しみだけど…そういうこと云ってるんじゃないのに。昴さんって時々唐変木だよね。女の人にモテないよ…まだその辺、安室さんの方が得意そう」
さらりと出してきた名前に目元を引きつらせた昴に気づくことなくコナンは外に視線を向けている。子どもに他意はないのは判っているが。
「…ボウヤも十分唐変木だろう」
昴の小さな溜め息は、窓から空を見上げて「雲みたいな氷ってどんなのかな」と罪のない無邪気な疑問を浮かべている子どもに届く事はなかった。







山中にあった店は夏期しか営業していない専門店らしく、店構えは小さい。その代わりに周辺に簡素な囲いを作り、木々の間に茶店のような赤い布がかかった座椅子が点々と用意されていた。
「見てみて、昴さん!本当にすっごいふわっふわっ!」
果肉を使用するソースに酸味が強すぎるのかレモン味はなかった。それでもコナンはキウイソースがお気に召したようでご機嫌だ。本当に雲みたいだと満面の笑みで喜ぶコナンに昴も微笑する。因みに昴はやはり無難に苺だった。
「ねぇ、昴さん」
「何ですか?」
「今更だけど真っ昼間に外出して大丈夫?ここは山中で木陰になってるとはいえ……暑いんじゃないの?」
コナンが窺うように昴の首元を見上げていた。その視線が明らかに申し訳ないという気持ちを含んでいて、昴は漸く昼間の付き合いが悪い恋人の動機に察しがついた。
日本の夏は厳しい。高温だけならともかく、まとわりつく湿度には流石に辛く、変装している身には堪えているのも現実だ。その為、工藤邸は常に寒いくらいに冷房が効いている。昴が護衛している少女は日焼けを嫌っているが、子どもたちには保護欲が勝つのか連日出掛けて行く。コナンは暑さに弱いだろう昴に代わって護衛を買って出ていたらしい。
「元々汗を掻きにくい体質みたいだし、よけいに身体に熱が籠って辛いんじゃないのかなって…。その、僕に責任があるし…」
「責任は50:50だと云ったでしょう。それに確かに新陳代謝が悪い体質ですけれど、その分熱を放出する知恵はそれなりに持ってますからね。例えばこの服、ネックの部分に博士に頼んで薄い保冷剤が入るようになってたりします…精密機械の為にもね」
声を潜めて告げてやれば、いつの間にそんなモノをと子どもが驚く。格好がつかないのであまり明かしたくなかったのだが仕方がない。
「だったらやっぱり博士に頼んで、首につける以外の方法が考えてもらった方が良いんじゃないの?」
「いいえ、私はこれで満足してますから。それにハイネックも上手く利用させてもらってますので」
返答に小首を傾げるコナンに昴は笑みを刷き、早く食べないと氷が溶けそうだと器に注意を向けさせた。慌てて氷を掬う子どもを横目にそっと首元を撫でる。
服の下のチョーカー型変声機の更に下。そこにはうっすら蚯蚓腫れになった幾筋の跡があった。体格の違いから男の背に手を伸ばすことが出来ない子どもが、知らず無意識につけた跡だ。知られればもうつけまいとするのが判っているので黙っておくに限る。

硝子の器を手に、必死に氷をつつく様子を眺めているだけで楽しい。やはり明るい太陽の下で見る子どもは、閉鎖された屋敷の中で見れる姿とは違った魅力がある。これからは多少無理をしてでも探偵団の遊びに付き合おうかと考えていた時、細い首に汗が一筋流れ落ちるのを見た。

「………」
「昴さん?手、止まってるけど大丈夫?」
「いえ、ただムラッときただけです」
「……………真顔でなにいってるのかな」
もしかして熱中症なのかと顔を引きつらせたコナンは寧ろそうであってほしいと思っているに違いない。残念ながら頷いてはやれないが。
水に戻りかけている残骸の残った器を取り上げ、さっさと片腕に小さな身体を抱き上げる。
「美味しいところは食べ終わりましたね。さぁ、行きましょうか」
「ちょっ、昴さん!行くって何処へ!?」
「何処って、決まってるでしょう。夏のロマンとやらを堪能しにちょっとそこまで」
そんなのロマンじゃないと真っ赤になって訴える頬に口づけを落とす。
益々腕の中で暴れる子どもに周囲から視線が集まるが、男が柔和な笑みを返してやればあっさり親子の微笑ましいやり取りだと信じてもらえた。相貌の威力は凄まじい。赤井ならば通報されているところだ。



「家に帰っても良いですけど、せっかく外出したんですからこのまま山の中に車を走らせて小道にでも入りましょうか。あぁ、心配ありませんよ。事前にこの辺りの道はチェックしてありますし、ガソリンも余裕があります。コナン君が熱中症にならないよう冷房を強くしますから」
小道に入ってどうしようと云うのか。恐ろしくて訊ねる事が出来ない。車に戻ると同時に全く安心出来ない事を云われたコナンは座席に崩れ落ちた。山の中では逃げようがない。
「……昴さんって何でそんなに地球に優しくないの?」
色々云いたい事はあるが少しでも話題を逸らしたくて口を開いた。確か冬にも同じような質問をした覚えがある。
「何を今更。私は二酸化炭素一人辺りの排出量世界一の国の人間ですよ」
「………」
「その代わり持てる優しさも愛も全て恋人に注いでますから、どうか許してもらえませんか?」
助手席に座るコナンに覆い被さり、一瞬唇に触れて離れていった熱に寂しさを感じてしまえば文句も云えない。結局、悪い男を好きになってしまった自分も悪いのだ。
「昴さんって、やっぱり夏に向いてないと思う…」
涼しげな顔の癖に自分を熱くばかりする男から眼を逸らして呟く。
早く秋になってくれないだろうか。



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