■ 名探偵は風の子なんかじゃない3

御節に雑煮に甘い和菓子。毛利家だけじゃなく、少年探偵団が集まる阿笠博士の家でもご馳走になり、少食気味のコナンでもお腹の肉付きが気になる年の始め。寒い寒い云いながらも子どもたちと初詣に出掛けた帰り、一人生まれ育った我が家に足を運んだ。
新年の挨拶で迎えられたコナンが見たのはテーブル一杯に乗せられた料理の数々。
「………」
「遠慮なさらず、沢山食べてくださいね。有希子さんにお願いして、正月料理のレシピを教えて頂いたんです」
器用な手先を持っているとはいえ、料理を始めて間もない男がこれだけ作るのはどんなに大変だったのか。全く料理が出来ないコナンにもその苦労が分かる。
年始に相応しい爽やかな笑顔で勧める男を拒否することなど出来ず。
(──頑張れ、俺。正月早々昴さんをがっかりさせちゃ駄目だ!)

小さな寒がり名探偵は、恋人の為に正月限定のフードファイターになることを決心した。



名探偵は風の子なんかじゃない3



「うぅっ…もう無理。…お腹重い、くるしい」
大きなソファーに倒れ込み、身体を丸めてお腹を抱えた。
そんなコナンの様子を見て昴が苦笑している。
「流石に少々作りすぎましたね。正月料理だから日持ちする物も多いですし、こんなに一度に食べるつもりじゃなかったんですが…」
今更そんなこと云われても遅い。礼儀だと思って一通りの料理に手をつけて、後半は無理やり詰め込んでしまった。手間が掛かった料理には申し訳ないが、味わう余裕は殆どなかった。それでも器には半分以上残っている。
「お隣にお裾分けすればよかったかもしれませんね。博士たちには随分お世話になってますし」
「…博士の食事は全部灰原が管理してるから、食べるのは多分元太だよ」
実際、子どもたちの為に灰原と博士が用意した手料理とお取り寄せのオードブルは元太の逞しい胃袋に消えていった。
同じくらい食いしん坊の博士は羨ましそうに眺めていたが、哀に睨まれて大人しく煮物に箸をつついていた。幼い少女にすっかり手綱を握られている。昔から可愛がられて来たコナン(新一)としては少し可哀想に思ってしまう。餅の一つくらい食べさせてあげればいいのに、その一つが油断に繋がるから駄目なんだそうだ。

コナンが横になって休んでいる間に片付けを終えた昴がお盆を持って現れた。
「珈琲なら入りますか?」
「…それもちょっと。昴さん、僕より沢山食べたのに全然平気そうだね」
大人と子どもの体格差があるのだから食べる量が違うのは当然だとはいえ、昴の消費量はかなりのものだった。しかし本人はそんなに食べたとは思えない涼しい顔だ。
「君と比べたら誰でも大食漢でしょう。…まぁ、最近食べる量を増やしているのは確かですけど」
「え、本当に増やしてるの?」
コナンが横になるソファーに腰を下ろした昴が、そう云って自分の胃の辺りに手を当てる。細身に見えて鍛えられた身体の男だが、何か不満でもあるのだろうか。
まだ苦しいお腹に力を入れて昴の膝によいしょとよじ登った。向かい合うように座って目の前の身体に手を伸ばす。
許可を取ることなく黒いタートルネックのセーターの下に腕を潜りこませ、直接男の肌に触れる。特に力を入れているわけでもないのに、腹立たしい程筋肉が立派に割れている。
(…俺が工藤新一の時だって触ってうっすら筋肉が分かるくらいなのに。この板チョコみたいな腹筋の何処が不満なんだよ、羨ましい!)
八つ当たり気に昴の腹筋をぺちぺち叩く。拳じゃなく掌なのは手加減ではなく、固い筋肉相手だと自分の手が痛いからだ。
「…えーと、何か怒ってらっしゃいますか?」
「…別に怒ってない。だけど昴さん、食べる量を増やしたってわりに全然変わってないよ?何の為に増やしてるの?」
見下ろす昴は少し困ったように眉を寄せ、腹筋を叩く子どもの頭を撫でた。
「太るのは動きに規制が出来るのでマズイですけど…少しくらい脂肪がつけばと思いまして。冬はまだ長いですしね。だけどどうやら太り難い体質のようです」
「……冬?昴さん、太りたいの?」
幼馴染みの少女とその親友が聞けば目を吊り上げて怒りそうな願望だ。脂肪をつけたいとは一体どんな目的なのか。
羨ましすぎる腹筋が脂肪に変わるなど、ちょっと考えたくない。だって勿体ない。
「昴さんはこのままで良いと思うけど…仕事で必要ことなの?」
「いいえ、プライベートです。コナン君がふくよかな男性がお好きなようなので、私としても負けられないと思いまして」
「…僕がふくよかな男性が好き?」
脂肪をつけたい理由に自分が関わっているだけでなく、ふくよかな男が好きだと思われていると知って首を傾げる。コナンの好きな相手は恋人である昴の筈なのに何処からそんな疑惑が湧いたのだろうか。

暖かさを求めて博士にくっつくのは極自然な生存本能為、理由として全く発想に至らないコナンだった。


「僕、昴さんの身体はこのままが良いんだけど…」
取り敢えずふくよかになられる前に自分の希望を告げておくことにする。例えぷよぷよお腹になったとしてもこの男が好きなことは変わらないだろうが、自分の憧れの腹筋を持っている部分が好きなことも事実だ。腹立たしさと一緒に。
「君がそう云うなら止めましょうか。私には向いていないようですし」
「そうだよ!むしろ僕に腹筋の作り方教えて欲しいくらいだよ」
案外あっさり納得してくれたことに安堵して、つい自分の密かなコンプレックスまで暴露してしまう。一瞬後にしまったと気づいたコナンだったが、目の前の男はニヤリと笑って小さな身体を抱き寄せて来たので逃げられなかった。
「コナン君は腹筋を鍛えたいんですか?」
「…去年のクリスマスからご馳走続きだから、ちょっとお腹が…」
間近で尋ねられて仕方なく正直に答える。見た目は大して変わりないが、少し身体が重いような気がするのだ。そう云えば男は片眉を上げて苦笑を漏らす。
「それは太ったのではなく、筋力が低下しているからでは?君は冬になってから半分冬眠してるような生活じゃないですか。身体も鈍りますよ」
「あっ……」
確かにその通りだ。事件以外ではなまくらな生活をしている事実を思い返して固まる。
「私はコナン君こそ脂肪を増やした方が良いと思いますよ。ぷにぷになのは触り心地が良いですけど、ぺったんこ過ぎて少し不安になります。うっかり折ってしまいそうで」
大きな手が固まっていたコナンの服の下に潜りこんで腹を摘まむ。摘まむと云っても元が薄っぺらい腹なので僅かなものだが、コナンには面白くない。ぷにぷになんて云われたくない。
「突然真顔で何云ってるのさ昴さん?」
怪しい方向に話題変換した男の手をぺしんと叩き落とす。昴の身体には平然と触っておきながら、自分の腹に触れる手には厳しかった。
手を叩かれても男はにこやかに笑っている。
「せっせと餌付けしてるのに中々成果が出ないんですよねぇ。お菓子の家に住んでいた魔女は余程気が長かったんでしょうか?」
コロコロ肥らせてから子どもを食べようとした魔女の気の長さなど知らないが、昴が意外にも『待て』が出来ない人間であることをコナンは知っていた。
「…昴さんは肥らせる前にあっという間に食べたもんね」
二人の気持ちが通じ合った瞬間に押し倒されたコナンとしてはお菓子の魔女より昴の方がたちが悪い。待ってくれと頼んだ声を無視された時、少しだけこの男を選んだことを後悔したものだ。大人の男と違い、こちらは全くの恋愛初心者なのに。

「って云うか、僕を肥らせようとしてるなんて初めて聞いたんだけど!こっちは腹筋が欲しいのに!!」
知らぬ間に実行されていた計画にむっとして怒鳴っても男は大して反省した様子もなく、笑みを浮かべて宥めるようコナンの髪を撫でた。
「すみません、コナン君の願望を知らなかったので。お詫びにコナン君の腹筋を鍛える協力をしましょう」
「…協力?」
まさか筋力トレーニングの指導でもされるのかと、若干コナンの身体が背後に引く。探偵業以外では面倒が嫌いな質なのだ。
「大丈夫、君は大人しく横になってるだけで結構です。後は私に任せてくれるだけで腹筋がつきますよ」
云うが早いか、コナンをソファーに押し倒す。慌てて男の意図に気づいてももう遅い。
「ぼ、僕、博士の家に泊まるから!蘭姉ちゃんにそう云ったから!」
「それは駄目です。私が肥ることも君が肥ることも駄目になったんですから、君にもそれは我慢していただかないと不公平でしょう?」
「不公平って何!?ちょっ…待って!」
訳のわからない要求に目を丸くするコナンを意に介さず、昴は容易く手編みの白いセーターをたくしあげる。コナンの両手を片手で纏めている辺り、先程の学習効果だろうか。
『待て』が通じないのはもちろん、寒いから厭だという言葉もしっかり暖められた部屋では通用しない。
「──心配しないで。君は柔らかくても固くても私には十分過ぎる程にご馳走ですから」
「誰もそんな心配してないから!」



お菓子の家に住む魔女よりもたちの悪い男は、新年早々お目当ての獲物をたらふく食べることに成功したのだった。


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