■ 子どもはみんな名探偵

どれだけ明晰な頭脳と天性の演技力を持ってしても、誤魔化せない相手は存在する。それは鋭い観察眼を持つ名探偵ではなく、人生経験を積んだ大人たちでもない。
経験則も思い込みも働かない、純粋な眸は目に写る世界をそのまま捉えてしまう子ども。───彼らこそ最も厄介な相手かもしれない。



子どもはみんな名探偵



休日の昼下がり、朝からゲームをやりに博士の家に集まっていた子どもたちは、少し早いおやつの時間を楽しんでいた。隣の家の住人が賑やかな声に気付いて(この説明に子どものうち二人は微妙な表情をしたが)、手作りのレモンパイを持参して顔を出したからだ。

「美味しいですか、コナン君?」
「うん。凄く美味しいよ、昴さん」
隣に座る昴の顔を見上げて笑顔で頷くと、彼も穏やかな笑みで「それは良かった」と頷く。
「あら、江戸川君の感想だけで満足なのかしら?ここには他に子どもが四人もいるのだけれど」
向かいのソファーに座っている灰原が生温い視線と共に突きつけた疑問に、欠片も揺らぐことのない笑顔で昴が答える。
「このレモンパイは彼の親戚の女性から教わって作ったものですから。味を知っているコナン君が美味しいと云ってくれるなら、間違いはないと思ってます」
「…随分な自信ね」
「あ、歩美ちゃんたちもこのレモンパイ美味しいと思うよな!」
以前ほど警戒しなくなったとはいえ、蟠りが消えないらしい灰原は何かと昴に突っ掛かる。見えない火花がちりかけた空気を払拭しようと、慌てて他の子どもらに声をかければ揃って元気な返事がかえってきた。
「とっても美味しいよー!」
「まるでお店のケーキみたいに上品で美味しいです」
子どもたちへの差し入れなのに、甘さ控え目なのは明らかにコナンの好みに合わせているような気がして、と内心少し恥ずかしくなる。因みに元太は食べるのに夢中になっている姿が返事らしい。
「そんなに美味しいなら、わしもお相伴に預かりたいのう」
「…駄目よ博士は。午前中にドーナツ一つ食べてるでしょう」
「う、うむ」
灰原の意識が博士の健康管理に移ったことに安心して一息ついたコナンに、今度は予想外の方向から爆弾が投げつけられた。
「灰原さんは昴さんにも博士にも厳しいですよね…そ、そんな首尾一貫なところも素敵です!」
ぎろり、と向けられた視線に光彦は慌ててフォローを加えながら、流れに無理矢理コナンを巻き込みにかかった。
「灰原さんに比べてコナン君は相手によって変わりすぎじゃないですか?博士や平次お兄さんにはキツい態度も向けるのに、昴さんや他の大人には随分甘えた感じじゃないですか?」
「そんなことねぇから!」
「おや、私の他にも甘える大人がいるのですか。一体どなたでしょう、コナン君?」
コナンの否定の言葉を無視して、昴は首を傾げてこちらを見下ろした。場の雰囲気に合わせた軽い疑問、に見せかけてはいるが、間近にいるコナンには眼鏡の奥に本気を感じて息を飲む。これはあまり良くない兆候だ。
長いとはいえないが、それなりの付き合い。しかも最近はかなり深い付き合いをしている昴が、実は見かけによらず嫉妬深い性質(たち)だと知っている。それはそれで悪い気はしない、と思ってしまっているコナンだったが、如何せんまだ経験不足。対処の方法にあたふたすることになるのだ。
(──光彦たちの前で変なこと云えねぇし、だからといって昴さん相手だと誤魔化しきかねぇし…!)
冷や汗を流しながら目まぐるしく言い訳を考えるコナンを助けてくれる人間は、生憎ここにはいない。

「光彦君、それちょっと違うと思うなぁ」
流石歩美ちゃん、この中の唯一の天使!と思えたのも一瞬のこと。
「コナン君は刑事さんたちにも可愛いお話の仕方だけど、昴さんの時は何だかそれとも違うもん。そういうのじゃなくて、もっとコナン君らしい可愛さが溢れてて。……うまくいえないけど、コナン君は昴さんが大好きなんだよ!だから素直に甘えられるんだと思う!」
少女は愛らしい笑みを浮かべて何の躊躇いもなく爆弾を落とした。
「──ばっ!なっ!違っ!!」
「おや、違うのですか?私はコナン君が大好きですから、彼女の云う通りなら嬉しかったんですが…」
少女と同じように堂々とした男の発言に、コナンは言葉に窮する。
この大人は事の重大さを本当に理解しているのだろうか。否、理解した上での態度だからこそ余計に性質(たち)が悪い。二人の云う「大好き」は同じようで全く違う意味がある。そのどちらも正解ではあるが、片方に同意するには問題がありすぎる。大問題だ。
男を睨み付けても返ってくるのは、悪意の欠片もないと嘯く笑みのみで。
しかし───そんな男とお付き合いしているコナンも似た者同士。今の自分は子どもの姿であることをよく理解していたのだ。小さく一呼吸したコナンはこの場をそれで切り抜けることを選択した。

「うん。僕、昴さんのこと大好きなんだ。カッコいいし、頭も良いし、いざというときもすっごく強いもんね。憧れちゃうよ!」
どうだこの培った子ども力。灰原の冷たい視線は気にしない。今は他の子どもたちと、何より昴に反論させずにこの場をおさめることが重要なのだから。
「そうだよねー!でもコナン君も昴さんと同じくらいカッコいいよ!」
「有難う、歩美ちゃん。もちろん、博士や平次お兄ちゃんや刑事さんたち、それに歩美ちゃん、光彦、元太、灰原たちのことも大好きだからな」
ここまできたらヤケクソである。多少の恥ずかしさは我慢できる。
「そ、そんなに真っ正面から云われると照れますねぇ。ぼ、僕もコナン君たちみんな大好きですよ」
「なんだよ、光彦まで!…畜生、俺も好きだぜ、いわせんなよな!」
「私もみんなだーいすき!」
休日の昼下がりは、傍目ほのぼのとした告白合戦と化した。溜め息をついた灰原と苦笑する博士が後に続き、この日は何とか平和に終わったのだった。



「私のライバルは西の探偵や怪盗以外にも沢山いるというわけですね」
「昴さん…僕の大好きの違い、ちゃんと分かってるよね?」
工藤家の一室にて、膝の上に抱っこされた状態での会話は先日の続きらしい。
コナンの呆れた表情に、昴は相変わらず穏やかな笑みを浮かべる。しかしそれは、少女がコナンに対して云ったように同じようでやはり違う。深い愛情を含んだものだ。
「もちろん分かってますよ。だけど君は魅力的だから。いつ、誰がライバルに上がってきてもおかしくない。君の恋人として警戒するのは当然です」
「…そんな警戒無駄なだけだから」
眉を寄せた顔をうっすら紅く染めながら、引き寄せられる腕に抵抗しないのも愛情故である。



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