■ 名探偵は風の子なんかじゃない2

寒波の到来に合わせるタイミングで毛利探偵事務所、自宅のエアコンが次々ダウンするという悪夢に襲われた。辛うじて壊れてはいない。微妙な音と共に微妙な温風は送ってくれている。しかしこの寒い中、微妙な温風では十分に暖を取ることなど出来なかった。
仮にも客商売、事務所だけでも直ぐに買い替えたいところだが、厳しい懐がそれを許してくれない。探偵の仕事には波があり今は低空飛行。ただでさえ出費の多い年末に小五郎の飲み屋のツケ代が重なり、新しいエアコンなど夢のまた夢。
斯くして、毛利探偵事務所では積極的にウォームビズを取り入れることになったのである。

「コナン君がこんなに寒さに弱いなんて。こんなところまで新一そっくりなのね」
冬になると途端に細い身体が着膨れてもこもこしてしまう幼馴染みを思い出し、蘭が苦笑する。
「し、新一兄ちゃんは親戚だからね。しょうがないよ」
ひきつった口元をゆったりとしたハイネックセーターで隠し、何とか誤魔化した。
ウォームビズの為に蘭が編んでくれたセーターだ。他にもマフラーや帽子など、せっせと量産してくれるのは有り難いが、デザインが少々可愛らし過ぎる気がする。帽子などまるで猫耳のように三角の山が二つ出来ているのだ。
思うところがあっても寒い冬を楽しく乗り切ろうと励む蘭に文句など云えない。
今度は手袋を制作中らしい幼馴染みの少女の姿に、出来るだけクールでかっこいいモノが出来ますようにと胸中、密かに祈る。
全く、この寒波が憎らしくて堪らない。



名探偵は風の子なんかじゃない2



雪が舞い散る中、お迎え要員として警視庁に呼び出された沖矢昴が見たのは摩訶不思議な光景だった。
殺伐とした捜査一課の片隅のデスク。席の主は昴も知っている目暮警部らしい。その目暮警部のどっしりとしたふくよかな腹に、白い毛糸の帽子とお揃いのマフラーでぐるぐる巻きになった子どもがしがみついている。
「…デジャブでしょうか」
つい先日とよく似た光景に思わず小さな呟きが零れる。天下の警視庁でこんなメルヘンチックな光景に出会うとは。

「すみません、沖矢さん。わざわざお迎えに頂いて…。慣れない雪道に、普通タイヤのパトカーでコナン君を送るわけにいきませんで…」
人の良さが顔に滲み出ている高木刑事が申し訳なさそうに謝る。
先日傷害事件に巻き込まれていたらしいコナンが証人として呼ばれたのだ。昼間は寒さ厳しくも晴れていたのに午後から珍しい大雪となり、街は交通機能がマヒしている。電車が止まり、タクシーも捕まらず、スタッドレスタイヤをつけたパトカーも事故対応で出払ってしまった。
車を持たない毛利探偵に代わり、コナン直々に昴にお迎えコールがかかったのだ。それはいい、が。
待っている筈のコナンが目暮警部の腹に顔を埋めていて、昴からは白いもこもこした塊しか見えない。コートも薄いベージュだったのでまるで子羊だ。しがみつかれている警部はいつかの博士と同じく好好爺の眼差しでコナンを見下ろしている。

「いいえ。こちらこそコナン君がお世話になってるようで。お仕事のお邪魔でしょうから直ぐに連れて帰りますね」
穏やかな、しかし否を云わせない昴の笑顔に高木は恐縮したように首を横に振る。
「今日のコナン君はいつもより大人しかったですよ。寧ろ迷惑かけたのはこちらです。もこもこ姿が可愛くて、婦警やマル暴の刑事たちが追い掛け回して写真を撮りまくっちゃって…目暮警部のところに避難してたんですよ」
「避難?」
「流石に警部の邪魔を出来る人は居ませんから」
そういうことか。
後ろ姿しか見えないが、確かに耳つき帽子を被ったもこもこの子どもは間違いなく可愛いだろう。今すぐ警部の腹から引き離したい思いにかられる。
「…今度は警部とはね。やはり私も太った方が良いんでしょうか」
服の上からも固さしか感じない腹にコナンが満足してないのではないか。馬鹿馬鹿しくも本気で悩んでしまうのは恋する男だから仕方ない。



事件現場では探偵の血が騒いで元気だったようだが、高木が云った通り大人しい子どもを抱きかかえて車まで運んでも抵抗一つなかった。雪が降る中、本当に冬眠しようとしているのか。
クラクションが五月蝿い混乱した中心街を抜け、住宅街に入ったところで漸く声を聞かせてくれる。
「寒すぎる…雪なんて全然嬉しくない」
マフラーのせいでくぐもった声のコナン厭そうに外を眺めている。子どもは風の子、という言葉とは正反対の表情に昴は微笑を浮かべた。中身は高校生だとしても珍しい雪にもう少しはしゃいでも良いのに。どうやら本当に子どもだった頃から寒さに弱いのだろう。
「家を温めてありますから。お風呂の準備も出来てますよ」
当然のようにお持ち帰りする考えの昴にコナンの不満はない。阿笠博士ではなく昴に連絡した時点で子どもの帰る家は工藤邸に決まっているのだ。
「暖房つけっぱなしで来たの?そういうの地球に優しくないんじゃないの、昴さん?」
寒さが苦手な癖にコナンは子どもらしい正義を主張してみせる。
「地球には優しくするより、寒がりの恋人に優しくする方が急務です。多少の犠牲は目を瞑ってください。寒いからって隣家に逃げられては困りますから」
隣家にはコナンお気に入りの湯タンポ博士がいるのだ。警部と博士にある意味勝てない昴にとって地球温暖化なんぞ知ったことではない。
「昴さんもウォームビズしたらいいのに。蘭姉ちゃんに頼んで何か作ってもらう?僕とお揃いの猫耳帽子にしようよ」
可愛い子どもの猫耳と大の男の猫耳では訳が違う。視覚の暴力だ。
それよりも冗談めいた口調とはいえ、子どもの初恋相手の名前が出てきたことで昴の嫉妬心に火が着く。
「…ウォームビズですか。だったらコナン君に協力してもらいますよ」
「え?…僕、編み物なんて出来ないよ」
「コナン君は居るだけで良いです。ガス代を節約する為に一緒にお風呂に入って、その後は湯冷めしないよう一緒にベッドで寝ましょう。あぁ、君は冷え性だからついでに血の巡りが良くなるマッサージをしてあげますよ。全身隅から隅まで満遍なく、ね」
コナンに顔を向けてにっこり笑う。
「…僕、マッサージより温かいご飯がいいなぁ」
「残念ですが食事はガス代節約の為にお出し出来ないんです。明日の朝になったら何処か連れて行ってあげますから、今夜は我慢してくださいね」
鍋の用意をしてあることは内緒にして、にこやかに笑ってハンドルを切る。青冷めた顔でサイドウィンドウに貼り付く子どもを早く暖めてやらなくてはいけない。
主を待つ屋敷に向かって車はゆっくり雪道を進んだ。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -