■ ルージュの伝言

「歩美ちゃんが家出!」
昴から聞かされた驚愕の出来事に新一は眼を見開いて驚いた。
コナンの時のように仲の良い友達とはなれないが、今でも隣に遊びに来る少年探偵団たちとは親交がある。小学二年生になった歩美は相変わらず元気でおしゃまな女の子だ。家出など想像も出来ない。
「家出と云っても、そんなに心配する必要はありません」
「だって歩美ちゃんですよ!」
新一の剣幕に昴は苦笑してハンドルを切った。小雨が降る中を車は走っている。


ルージュの伝言



先日解決した事件のことで新一は警視庁に呼ばれた。どれだけ実績と信頼があっても探偵は一般人。いつものように事情聴取を受け、その後高木刑事や佐藤刑事と話し込んで遅くなってしまったのだ。
雨が酷くなったので高木が車を出すと云ってくれたが、丁度その時昴から連絡が入った。近くまで出てきているから迎えにいくと。予定がなくても、昴が日本滞在(つまり工藤邸にお泊まり)している時は送迎をしてくれる。態々理由をつける事の方が珍しい。

「歩美ちゃんは女の子ですからね。ちょっとお母さんの化粧道具に興味があったみたいです」
「…内緒で使って怒られたってことですか?」
聞けば確かにありそうなことだ。新一は男だが、昔蘭が同じことをして怒られたと話していたことがある。
「たまたまその口紅が旦那さんからの贈り物だったそうなんです。お母さんも、つい怒鳴ってしまったと仰ってました」
「あー…、それは怒られちゃいますね」
コナンの時に何度か会ったことがある歩美の母は優しい人だった。余程のことがなければ子どもを怒鳴り付けたりしない。
「博士の家に泣いて逃げ込んだようです」
あとは簡単だ。
阿笠博士と哀が話を聞き出して家に連絡を入れ、既に怒りが冷めて娘の心配をしていた母親と相談し、落ち着いたら送り届けることになったらしい。昴が新一を迎えにいく頃に、泣き疲れて眠ってしまった歩美をおぶった阿笠とかち合った。車を車検に出しているので通りでタクシーを捕まえると云う阿笠に、昴がついでだからと引き受けたのだという。

「小学生でも立派な女性ということですね。可愛らしいものです」
「……確かに歩美ちゃんは可愛いけど。…昴さんの肩口についてるそれは可愛くありません」
「え?」
車に乗った時は暗くて気付かなかったが、対向車のライトに照らされたそれに新一は眉をしかめた。黒のタートルネックの上に羽織ったキャメル色のジャケット、それについた不似合いな赤。口紅だ。
「…おや、まぁ」
昴が新一の指差したものに気づいたタイミングで信号に引っ掛かる。停止した車内で確認したところ、歩美のつけていた口紅と同じらしい。
「眠っていたので抱いて運んだのですが、その時ついてしまったんでしょう。……新一君、後で阿笠博士に確認しますか?」
「別に疑ってなんていませんよ、ちっとも。……ちょっと気に入らないだけで」
昴が嘘をついているだとか、浮気をしたとなど思ってない。昴に口紅という組み合わせがどうしようもなく不愉快なだけだ。
(……また似合ってるのが本当にムカつく)
昴の過去の恋人は皆大人の女性だった。存在しない誰かにそれを見せつけられているようで面白くない。
「…ねぇ昴さん、動かないで」
「新一君?」
逞しい首を隠す黒のタートルネックを掴み降ろし、昴の首筋に口を寄せた。
若干の塩気と嗅ぎ慣れた香りを感じながら歯をあてる。力を入れたのは、ほんの数秒。
「───っ!?」
肌にくっきり残った歯形をぺろりと舐め、昴に綺麗に笑って見せた。
「……ちょっと強すぎたかな?血が滲んじゃった。…あ、クラクション鳴らされてますよ、昴さん」
新一の指摘に仕方なく車を発進を優先した昴は、納得のいかない表情を浮かべていた。

「子ども相手でも浮気になりますか?」
「その子どもに手を出したのはあなたじゃないですか」
「…それもそうでした」
中身が高校生だったとはいえ、コナンの身体は完全に子どものものだった。今考えても、よくこの男が欲情出来たものだ。それだけ本気だったということにして、今のミスは見逃してやろう。
「冗談だよ、昴さん。歩美ちゃんは僕にとっても大切で可愛い友達ですから、浮気だなんて思いません」
「…この歯形、血が滲んだのなら二、三日では消えませんよ。私は構いませんが、赤井の方は困るかもしれません」
常に首を隠している昴と違って、赤井秀一はFBIの仲間の前で着替えることもあるだろう。ジョディに見つかれば大騒ぎになるかもしれない。まぁ、そんなこと、新一の知ったことではない。虫除けになれば寧ろ御の字だ。
「口紅は落とすのが大変らしいですよ。それの代わりだから、痕が暫く残るくらい丁度良いです」
男の新一が口紅を差すことはない。昴に口紅を残すことも一生ないのだ。
だからといっては何だが、これくらいは許されたい。血の滲みは口紅の代わりだ。
雨のつたう窓を眺めながら新一は小さく微笑む。

「…それなら、私も君に痕を残しても良いということですね」
「え?」
「新一君はまだ体育の授業やなんかがあるから我慢してましたが…。そんな必要はなかったようです」
先ほどまでの立場の悪さに困った声から一転、普段の余裕のある大人に戻った昴の声。そっと運転席を窺うと、人の悪い笑みを浮かべた昴の横顔。
「今夜は全身に痕をつけてあげましょう。多少出血してもちゃんと手当てしますから。大丈夫、何の問題もありません」
「…いや、それは問題ありますから」
顔をひきつらせた新一が逃げる方法などない。トラックで運ばれる家畜の如く、哀れ大人しく自宅まで運ばれるしかなかった。


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