■ そういう意味で云ったのではない




そういう意味で言ったのではない



「可愛いものだな」
名門の進学校である椚ヶ丘中学校、の落ち零れクラス三年E組は街を見下ろす小高い丘の上にある。お陰で小さな木造校舎の周りは木々に囲まれていて、何とも穏やかな環境だ。
こんな所に地球を滅ぼす宣言をしている触手生物と、それを殺そうと日々生徒たちが頑張っているなど街の人たちは考えもしないだろう。国家機密なのだから、そうでなくては困る。

「あらヤダ。烏間先生ってば仕事にしか興味のない堅物かと思ってたら、実は子ども趣味だったの?」
「えっ、そ、そうなんですか!」
「…いきなり何の話だ」
自分の爪を派手に飾ることに夢中になっていたはずのイリーナのとんでも発言に、唯でさえうねっている触手生物が大きく震えて反応している。
今は昼休憩。現在教師三人で昼食をとりながら職員会議の真っ只中である。議題はクラスのテスト対策を練る、というものだったが、これは専ら奴の単独仕事だ。にやけながらあーだこーだ呟いていた。至近距離から狙ったナイフは全て避けられて、何故か天井板に突き刺さっている。後で回収しなくてはいけない。

「だって窓の外を眺めて鼻の下伸ばしてたじゃない。にやにやしちゃってイヤらしい」
「誰がにやにやなどするか!それはこいつだろう!」
四六時中にやけている触手生物を指差せば、奴は顔を紅くして憤慨した。生徒の言葉を借りて云うなら、まさしく蛸だ。
「にゃーっ、わたしはにやけているんじゃなくて常に笑顔を心掛けているんです!むすっとしてる教師より笑顔の教師の方が子どもたちだって心を開いてくれますよ」
「…誰もそんな話してないわよ」

「それで、烏間先生はあの中の誰がお好みなのよ」
天気が良く、穏やかな気温の今日、生徒たちの大半が外で弁当を食べていた。職員室の窓からは数人の男女が木陰で輪になっているのが見える。風に乗って賑やかな笑い声が届いて、微笑ましい光景だと見ていたのだ。
「俺に子ども趣味などない。そういう意味で云ったのではない」
「ホ、ホントですかっ。教師と生徒だなんてダメッ、絶対デスヨ!PTA問題デスヨ!怖いおば様方が乗り込んで来ますヨ!」
こいつは地球滅亡を宣言しているくせにそんなものを恐れているのか。プロの暗殺者をPTAのおば様に仕立て上げて近づける…のは無理がありすぎる。

「先生」
窓枠ににょきっと二人の生徒が顔を出した。先程まで木陰で食事をしていたメンバー内の二人だ。どちらも髪を二つに結っていてまるで姉妹のようだが、片方は男の子だ。外の地面の方が低いので胸から上しか見えず、知らない人間が見たら間違いなく可愛い女の子が二人と思うだろうが。
「どうしました?渚君、茅野さん」
「先生たちにもデザートお裾分けー。渚の手作りだよ」
「沢山作ってきたので、良かったら食べてください」
籐のバスケットに小振りなカップケーキが並んでいる。生クリームとカラフルな飾りでデコレーションされていて、とても男の子が作ったとは思えない。烏間には縁のないお菓子だ。
「あらカワイイ。アメリカン・カップケーキね。化け物と仏頂面には似合わないと思うけど」
「殺せんせーは甘いもの好きですよね。はい、どうぞ」
イリーナの毒をあっさり無視して渚が蛸の飾りが乗ったケーキを担任に渡した。あの飾りはわざわざ作ったのだろうか。手間隙を考えれば、確かににやにや教師は生徒に受け入れられているようだ。
「ややっ、これは私ですか!カワイイですねぇ、さすが渚君です。花丸をあげましょう」
一段と崩れた笑みでもぐもぐ噛み締めている。

「…さては一服盛りましたね、渚君」
「…うん。奥田さんに協力してもらって、この前云ってた毒殺方法を実行してみようって思って」
触手生物の両頬が伸びて、不出来なカレーパンマンのような頭になっていた。毒を仕込むとは、可愛い顔して中々強かなことをすると烏間は驚く。渡すときの表情は極自然なものだった。
「生徒の手作りケーキを断るわけがないという狙い目と手段は褒めますが、やはり毒はお薦めしませんよー。前と同じで先生の表情を多少変えるくらいしか出来ないでしょう?」
「そうみたいです、すみません…」
「やっぱ駄目だったかぁ。気にしちゃ駄目よ、渚。予想の範囲内だよ」
こちらが頭を下げて頼んだこととはいえ、やはりこの会話は中学生として如何なものかと思ってしまう。複雑すぎて表現しにくい感情だ。微笑ましいと思っていた賑やかな光景の中で暗殺準備をしてたのかと思うとやはり砂を噛んだような気持ちになるのだ。
「馬鹿ね、一言相談してくれれば闇市ででも強力な毒を手に入れてあげたのに」
「………」
烏間としては何もいえない。本当はやって欲しくない、しかし彼らにしかこんな安易な方法で奴に挑むことは出来ないだろう。
「あの、他のケーキは僕たちも食べた大丈夫なモノなので、烏間先生、ビッチ先生良かったらどうぞ。殺せんせーも口直しにお好きなだけ食べてください」
たった今毒入りを確認したのに大丈夫と云われても手を出す気になれない……ような細やかな神経のやつはここには居なかった。
「ホント?なら一個貰うわねー」
「うまーですっ、渚君!」
瞬く間にカップケーキが減っていく。
「烏間先生は食べないの?殺せんせーに全部食べられちゃうよ」
茅野のせっつきにも烏間は躊躇する。正直甘いものは得意ではないのだ。全く食べられないわけではないが、アメリカンという名称だけで食べてもないのに胃に重く感じる。しかし、触手生物の云うとおり、教師としても大人としても生徒がせっかく作ってくれたものを断るのは不味いだろう。
「ならひとつ…」
貰おうか、続けようとしたところで。
「烏間先生、こっちあげます。もしかして甘いもの苦手かもと思って、甘さ控えめのモノも念のため作ってきたので」
水色の小さな紙袋を差し出される。
「な、渚君!私だけじゃなく烏間先生にまで特別なものをっ?」
「まめな子ねぇ。わざわざこの仏頂面にそんな気遣い必要ないのに」
「そっかぁ、烏間先生見るからに甘いの駄目そうだもんね」
好き勝手に話す三人を余所に烏間は受け取った紙袋を手に、いつもより一層低い位置にある頭を見た。こちらを見上げる表情から、余計なことだったろうか、これでも食べられないのかもしれないという、焦りや不安が窺える。策を実行する強かさを持っているのに、根本的にとても素直な子だ。目を見れば様々感情の動きが読み取れた。
「ありがとう。この年で手作りのお菓子を頂くなんて幸運は中々ないものだ」
軽く頭を撫でると大きな目をぱちぱち瞬かせ、次いでほっと笑う。
烏間は声にはせず、やはり可愛いものだと胸のうちに呟く。

「烏間先生、カッコいいのにモテないんだ…以外」
「そりゃ仕事しか頭にない堅物の男じゃねぇ。キャリアのエリートでしょうからお金もそこそこ持ってそうだけど、遊ぶにはつまんない男よ」
「か、烏間先生、やはり生徒の人気を奪い取る気ですねっ!頭を撫でるのは担任である私の役目ですよ!」
茅野はともかく、教師二人は何故馬鹿なことしか云えないのか。



午後の授業が始まり、職員室には烏間とイリーナだけが残された。
イリーナは相変わらず爪を飾り立てることに夢中だ。中学校の一体何処に見せる相手が居るのか疑問だが、暗殺さえ出来れば自分には関係無いので見て見ぬ振りをしている。
「烏間先生のお気に入りはあの子だったのね」
「今度はなんだ?」
「昼休みに云ってたじゃない。可愛いものだって」
「だからそれはそう意味じゃないと…」
「確かに可愛いわよねぇ。あんなに小さくて華奢で、お人形みたい。もっとオドオドしてたら虐めたくなっちゃうけど、あの子見た目によらずそんなに弱くもないみたいだし。そっと見守っていたくなるタイプかしら」
細かい作業をしながら器用に喋り続けるイリーナをいい加減黙らせようと烏間は机を叩いて立ち上がった。
机上のペン立てが倒れたが、そんなことはどうでもいい。
「イリーナ、俺は特定の生徒を贔屓したこともするつもりもない。ましてや潮田君に特別な感情を抱いてなどない」

自分の爪にしか視線を当てていなかった目が、こちらを見て猫のようににやりと笑った。
「ねぇ先生、お気に入りの子が潮田渚だなんて、一度も云ってないわよ私」




お題サイト 確かに恋だったより
堅物で純真な彼のセリフ そういう意味で言ったのではない


 


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