■ 黄昏ブリーズ




黄昏ブリーズ



「あー、俺君のことよく知らないし…ごめんね」
僅かばかりの愛想笑いを浮かべてそう云えば、女の子は俯きながらも頷いた。足早に立ち去る少女の背を見送って、小さく溜め息をつく。同じクラスになったこともないのに、態々E組校舎がある丘の麓まで足を運んでくれた子に気まずい心持ちになったが、磯貝にはどうしようもない。女の子の扱いの上手い親友の前原なら初対面の相手でも軽く受け入れてしまうかもしれないけれど、自分はそこまで自由になれなかった。可愛い女の子に興味はあるけど今はもっと興味深いものがある。
──例えば担任の暗殺とか。
それなりに恵まれた環境で育って如才ない人間でいたはずなのに、いつの間にかE組の一員になっていた。この学校では即ち落ちこぼれを意味する。なのに決まった瞬間も想像していた程に落ち込まなかった。ただ、息子の為に高い授業料を出してくれている親に後ろめたくなったりはしたが。
──何でE組に来ることになったんだろう?
その疑問の答えは最近になって浮かび出てきた。何でもそれなりに出来てるつもりだったけど、それだけじゃつまらない。贅沢にも自分の環境に厭きていたのだ。その証拠に、地球滅亡の危機回避のため担任を暗殺しなければいけないというびっくり事情にすら順応してしまった。寧ろ日々充実している。
──安定した毎日より刺激が強い方がいいなんて、俺って結構まずい人間なのかも。

そんなことをつらつら考えていた磯貝に背後から小さく声をかける者がいた。
「…い、磯貝君。もうそこ通って良いのかな?」
「な、渚!?いつからそこに居たんだよ?」
電柱の影からそっと顔を出した小柄な姿にぎょっとして思わず一歩立ち退く。道の真ん中で物思いにふける姿を見られてたとしたら恥ずかしい。
「帰ろうとしたら磯貝君と女の子が…あの、見るつもりはなかったんだけど、ごめん」
「そんなに前から!?や、渚が謝る必要はないんだけど…道塞いでたの俺だし」
E組校舎から下りてくる道は一本道なのだから渚に非はない。
「帰るんだよな。折角だから駅まで一緒に帰ろうぜ」



「磯貝君てやっぱりもてるんだね。告白シーンを初めて生で見ちゃった」
頬を染めてそう云う渚の方がまるで告白の当事者のようだ。磯貝と違って純粋に思春期の一場面として感動してるのだろう。幼げな顔立ちと相まって微笑ましい横顔を見下ろす。
「だけど断っちゃったんだね。いいの?」
「だって名前も知らねぇ子だしさ。友達ならともかく、前原みたいにすぐ彼女には出来ないって」
「そっかぁ、やっぱりそんなものなのか。…すぐ彼女が出来る前原君て実は凄い人なんだね」
「…まぁ、ある意味では」
凄いことではあるが、あまり誉められたことじゃないところに素直に感心されると親友の磯貝としては返事に困る。顔に似合わず常に客観的に物事を見ることが出来る渚なのに、何でも素直に受け入れてしまうのは前原と違った意味で大物なんじゃないだろうか。
E組で声を交わすようになったばかりの頃は、とにかく可愛くて大人しい──同じ男に対して誉め言葉になるか判らないが──人物と思っていただけに、あの担任が来てからの渚に驚くことが多い。
「前原君も磯貝君もE組になったことなんか関係なくもてるから男の敵だーって、杉野が嘆いてたよ。二人とも見た目も中身もカッコいいもんね。男の僕でも憧れるよ」
悪意なくこうして誉められると、如何に告白され経験のある磯貝でも照れ臭い。何せ相手は密かにクラスで可愛いと男女両方から人気を集める(男だけど可愛いのは純然たる事実なのだ!)潮田渚である。見ず知らずの女の子に云われるより何倍も嬉しくなってしまうのは仕方ない。視界に映る二つに結われた髪が、ふわりと風に揺れる光景を目を外せずに思う。
「…俺、やっぱ当分彼女いらないかも」
高い位置からぽつりとこぼれ落ちた言葉に、渚が不思議そうに大きな目を瞬かせた。


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