■ 言葉なんて期待してない




言葉なんて期待してない



国家防衛の勤務は多大な精神負担がかかる。現在国どころか、地球規模の危機が訪れているのだから当然ではあるが。
烏間のストレスの半分はターゲットの余裕かつ不気味なにやり笑いのせいだ。奴の笑いの分だけ、烏間の眉間に皺が増える。残り半分は無茶ばかり命令してくる上層部。そしてこの二つ以外でここ最近烏間を悩ませていることがある。

一回りも年の離れた小さな子ども。それも烏間も同性の子どもに心囚われている。
稀にあった会話を交わす時の視線で、嫌われていないことは判っていた。寧ろ憧れを持って好かれていることも。だからそれを利用して告白した。愛情の区別など曖昧なものだから、切っ掛けさえ有れば変化するかもしれない。憧れを持ってもらうにも相応しくない、打算的な人間だという自覚はある。指導、そして護るべき相手に最低なことをしている。
そう、自業自得なのだ。顔を見た途端に逃げられてしまうのは。告白直後は驚いて逃げる発想も浮かばなかったのかもしれない。数日経って冷静になり、自分の置かれている状況が理解出来たのかもしれない。狼の懐に無防備に飛び込んでしまったということを。

職員室の入口で会ったのを最後にまともに顔を見れていない。追いかけ回すわけにもいかず、唯一立場を利用して近付ける体育さえ顔を逸らされてしまう有り様で。
(──覚悟をしてたつもりだったが、…やはりキツイものだな)
パキリ、と手の中で空き缶が潰れる音がした。既に二本目のビールだが全く酔えそうにない。
自宅のソファーに腰かけたまま、テレビもつけずにいれば、無音の世界であの子どもことばかり考えてしまう。既に上層部からのメールに目を通し、仕事に切りをつけてしまうと、無趣味の男には考える時間ばかり残される。もう一本飲んで酔えることを願い腰を上げたところでチャイムがなった。
引っ越して来てから客人が訪ねてきたことはない。連絡はないが同僚の誰かだろうかと考え、インターホンの画面を確認した。
映っていたのは今しがた思っていた水色の髪の少年───。



力任せに玄関扉を開くと、目を見開いて驚く渚がいた。
「…烏間先生。………やっぱり夢じゃなかったんだ」
「…夢とは何のことだ?どうしたんだ、潮田君?」
ぱちぱち眼を瞬かせて呟く渚を見て烏間も首を傾げる。
「や、えっと…烏間先生の家に行ったことが夢か妄想に思えてきて、……確認しに来ちゃいました」
「…夢?どういう意味だ」
「や、あの、こんな時間にすませんでした。もう帰ります、ごめんなさい」
「待ってくれ!逃げないでいいから」
逃げるように踵を返す渚のパーカーのフードを掴み、引き止める。私服であるところを見ると、一度帰宅してから態々訪ねて来たのだろう。
「でも…」
「とにかく中に入ってくれ。君と話がしたい」
流石に誰が通りかかるか判らない廊下で話は出来ない。烏間の必死の言葉が通じたのか、押しに負けたのか、渚は小さく頷いて身体の向きをかえた。

前回と同じく紅茶を入れて、落ち着かない素振りの渚に手渡す。烏間はフローリングの床に腰を下ろして、ソファーに座る渚を見上げるように対した。少しでも渚が感じる威圧感を和らげるためだ。
「それで夢とは何だ?」
「それは…その…馬鹿みたいなことでして。烏間先生、あの日から何にも云ってこないから。もうあれも、家に行ったことも夢だったのかもと思えてきちゃって、…夢なら住所も違うはずだよなぁと思って」
確かめに来ちゃいました。俯きながら恥ずかしげに話し始めた渚は、最後は顔を上げてへにゃりと苦笑して見せた。
「……全然知らない人間が出てきたらどうするつもりだったんだ」
「それはやっぱり…、間違えましたと云って謝って帰ります」
気が小さいのに変に度胸があるというか。しかしこれは間違いなく烏間が悪いのだろう。
「すまなかった。学校で行動を起こすわけにはいかなくて。その、今更だが大人の俺がこれ以上君を追い詰めるのは憚られてだな。……すまん、不安にさせただろうか?」
「はい、烏間先生のせいです」
背筋をピンと伸ばし、両手を膝でぎゅっと握り締めて烏間を睨み付ける。だが怒っているようではなく、烏間の自分勝手な脳は拗ねていると捉えてしまいそうになる。怒った表情を作ろうと眉に力を入れてはいるが、全く怒気を感じない。
「夢だと思ってたから俺を避けてたのか?」
「……それは別件です。頭の中がいっぱいいっぱいになったというか、何でか烏間先生の顔を見れなくなって…殺せんせーが変なこと云うから」
殺せんせー、その名前で烏間も思い出す。生徒の恋愛相談を受けたと、しまりのない笑みで自慢していた。渚が奴に相談したというのには度肝を抜かれたが。よくよく聞けば何やら妄想が渦を巻いているようで、一人キャッキャウフフしていたので問題ないと判断していた。
「…どうして俺の顔が見れなくなったんだ?」
「それは…」
渚が答えるのを黙って待つ。これも烏間の頭が幸せな構造をしているのか、悪い答えではないような気がしたから。ビール二本で酔うはずがないと思っていたが、存外酔いやすい体質なのかもしれない。
「それは…」
同じ言葉を渚は繰り返した。形作ろうとしては失敗する小さな唇。潤んだ眸は今にも泣いてしまいそうで、思わず手を伸ばす。
しかし、烏間の手が届く前に渚の身体が降ってきた。
「し、潮田!?」
床に腰を下ろしている烏間の膝に乗っかり、力強く首にしがみつかれる。
「…無理です、先生。恥ずかしくてこれ以上云えない」
「………つまりこれは、言葉代わりの君の返事と捉えていいんだろうか?」
首筋に埋まる頭を感動の面持ちで眺めながら確かめる。
「…はい」
これが渚の精一杯の答えなのだと、力の強さで知る。
「ありがとう、潮田」
「ごめんなさい、云えなくて。…云えるように頑張るから、まだ、ちょっと待ってて」
耳に注がれる頼み事が可愛すぎて困る。
「言葉がなくても俺には充分だ。…期待してないというわけにはいかないが、いくらでも待つ覚悟はある」
そのためにはとんでもない大問題も立ちはだかっているが。今ぐらいは忘れていいだろう。
出逢いのきっかけと、渚の答えを導き出してくれた触手生物は、誰より生徒の成長と幸せを願っているはずだから。



「そういえば、殺せんせーに何て報告しよう」
どこまで奴を慕っているのか、義理堅いのか。またしても烏間の度肝を抜く行動を考えているらしい渚の後頭部に手を伸ばす。
「あいつには可愛くて優しい恋人が出来ましたとでも云っておけばいい。きっと喜ぶ」
悪い嘘を教えながら、ぽかんとしている渚の唇を塞いだ。





お題サイト 確かに恋だった
青い恋をしている10題より 言葉なんて期待してない



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