■ 好きなくせに馬鹿みたい




好きなくせに馬鹿みたい



提出したノートが返却されるのを待っているのだが、中々返って来ない。いつもなら文字通りマッハのスピードで添削して、ちょっと迷惑なオマケまで添えてくれるのに。
「あの、殺せんせー…何か駄目なところでもありました?」
教員机でにまにま笑って渚のノートを眺めている担任にそっと声をかけると、丸い頭がくるりと此方を向いた。
「いいえ、どこも間違ってません。渚君は最近とても頑張ってるなぁと感心していたんです。生徒が成長する姿は、私も教師冥利につきますね」
柔らかい触手で頭を撫でられてほっとした。殺せんせーに褒められることは本当に嬉しい。
「君達の年頃だと、身体だけじゃなく心の成長も著しいものですが、…渚君は最近何かありましたか?」
「えっ」
一層笑みを深めて顔を覗き込まれて驚く。
「いやね、クラスの中でちょっとばかり噂になっているのが耳に入って。私は耳が良いものですから」
それは立ち聞きというものでは、と突っ込みを入れている場合ではない。
「う、噂!?僕の噂ですか?」
「心配しなくても悪い噂じゃないですよ。物思いにふけるようにぼーっとしていることがあるとか、悩ましく溜め息を吐いているとか。恋でもしてるんじゃないかとか。元々可愛い渚君が更に可愛くなったとかです」
「な、な、なやっ、こいって……えぇっっ!!」

動転してあまりにも大きな声を出してしまい息をつく渚の背中を、落ち着かせるように触手が撫でる。
「ほら、息を吸ってー吐いてー。落ち着きましたか?」
呼吸はなんとか落ち着いたが、頭の中はパニックの真っ只中だ。
「…無理です。落ち着けません!本当にそんな噂あるんですか?」
「まぁ、恋をしているというのは誇張です。先生が勝手に想像しただけです」
「こ、恋っ…!」
またしても出てきた単語に渚は思わず職員室を見渡したが、先程と変わらず渚と殺せんせーしか居ない。
とはいっても、あの男も教師として赴任しているのだからいつ職員室に入って来てもおかしくない。
「思春期の少年の甘酸っぱい初恋。いやぁ、学校生活を彩る重要なスパイスじゃないですか」
頬を紅潮させて呟く殺せんせーは何を想像しているのか、ちょっと気味が悪いくらい浸っている。
どうやら渚の頭に浮かんでいる人物のことはばれていないようで、一先ず安心する。
運良く在室してなかった体育教師、もとい国から派遣されて来ている烏間に告白されたことは誰にも内緒だ。殺せんせーの存在を隠す国家機密並みにばれてはまずい。

うっかり傘を忘れて、あっさり家に連れ込まれて、どっきりの様に告白された。まだ、返事はしてない。烏間は直ぐに返事をしなくていいと云ってくれたので、あの日は服が乾いてから車で家まで送ってもらって終わった。あれから何日経ったのか、今日まで変わったことは特に無い。
渚の中で憧れと恋はどう違うんだろうか、憧れから恋に変わったりするものなのか、とぐるぐる回り続けているだけだ。判っているのは年上の同姓の男にはっきり告白されたのに、ちっとも厭じゃないということ。死にそうなくらい驚いたし、恥ずかしかったけれど、全然嫌悪を感じない。寧ろちょっと嬉しく思った。殺せんせーに褒められた時とは嬉しさの種類が違う。
そこまで考えても自分は結局どうしたいのか判らない。
「渚君?」
「あっ、すみません…ぼーっとしてました」
噂になっていると云われたばかりなのに、こんな言い訳しか出来ないのが情けない。
「フフ、良いんですよ。実際に渚君の悩ましく苦悩する様を見ることができて眼福でした」
「な、なやっ…だから変な云い方しないでください!」
怒って睨み付けても殺せんせーは何処吹く風の様子でにやにや笑っている。
「それで、渚君の小さな胸を痛める原因となっている羨ましい想い人は誰ですか?」
「殺せんせー…」
端から渚が恋をしていると決めつけている殺せんせーに深い溜め息を吐く。
しかしこれは渚の悩みを解決出来るいい機会かもしれない。相手が相手だけに友人たちには相談しずらかった。恥ずかしくて出来なかったというのもあるが、殺せんせーがせっかく話題にしてくれてるのだから、乗ってみてもいいかもしれない。
「あの、先生。僕、まだその人のことをそういう意味で好きなのかどうか判らないというか…」
俯きながら小さく吐き出してみると急に力強く肩を掴まれた。肩を見れば巻き付いた触手が小さく震えている。
「こ、殺せんせー?」
「渚君、先生は感動しています!……まさか私に生徒が恋愛相談してくれるなんて…!」
やはり相談相手を間違えたかもしれない。



名前は絶対云えないのだというと、殺せんせーはうんうん頷いて「照れ臭いですもんねぇ」と厭な納得をしてくれた。
簡易な造りの応接席に案内され、緑茶と羊羮まで出された。お茶のお湯を沸かしている間にかの有名なとらやまで買いにいってきたらしい。
「率直にその人を好きか嫌いかでいうと?」
「す、すきです」
「私とどちらが好きですか?」
「そ、そんなの比べられません…」
「……そうですか。私の方が好きとは云ってくれないんですね」
ちょっとは期待してたのに、と項垂れて落ち込む殺せんせーは本当に相談に乗ってくれる気があるのだろうか。
「だって殺せんせーを好きなことと、その人をす、すきなことは何か違うっていうか…比べる土台が違うような…」
さっきも感じたように殺せんせーと烏間先生に頭を撫でてもらった時、どちらも嬉しいけど違う嬉しさだ。言葉にすることは難しいけれど。
「…渚君、その人に恋をしているか判らなくて相談してるんですよね?」
「え、はい、そうです」
恥ずかしいので何度も云わないでほしいのに何故再確認してくるのだろう。
「もうはっきりしてるんじゃ…」
ぶつぶつ呟く殺せんせーの言葉は渚には聞き取れなかった。

「では渚君、思い浮かべてください。君は街中で偶然その人を見かけます」
心理テストだろうかと思いながら、素直に頭に光景を描く。
私服姿を知らないのでどうしても黒スーツ姿しか描けない。街中では少し浮いて見えるかもしれない。
「その人の隣にはとても親しそうな人物が一緒に居ます。手なんか握っちゃったりして楽しそうです。人目を憚らずピンクなオーラを撒き散らしたりしちゃって」
頭に浮かんだのはドラマに出てきそうな大人の女性だ。ピンクなオーラはないが、少しきつめの美人なキャリアウーマンな女性は烏間の隣にとてもよく似合う。あからさまな態度を示さなくてもお互い信頼しあっているようなカップル。そんな場所に鉢合わせてしまったら、渚は声もかけられずに逃げてしまうだろう。
「渚君。そんな泣きそうな顔をしないでください。ただの妄想ですよ、現実ではありません」
「殺せんせー…」
褒められているときとは違い慰めるように頭を掻き回される。殺せんせーは優しい。
「そんな光景見たくないですよね」
「…見たくないです」
とても耐えられない。実際にそんなことがあったら泣いてしまうかもしれない。
「渚君。それが君の答えです」
にやっと笑った殺せんせーが器用に触手でグッドの形を作った。





職員室の扉を開けたところで勢いよくぶつかられた。下を見れば特徴的な頭がある。
「…潮田君?」
「っ、わぁっ!」
烏間を見上げた途端真っ赤に顔を染めて、声をかける間もなく走りさってしまった。
顔を見るのも厭なのか、とショックを受ける。長期戦は覚悟の上で、まずは意識してもらうために告白したのは失敗だったろうか。内心へたり込みたくなっている烏間の耳に厭な笑い声が届く。
「何を笑っている」
「フフフ。私の教師としての頼りがいも中々ものだと思いまして。何しろ生徒に恋愛相談されるくらいですからねぇ」
「…はぁっ!?」
驚愕する烏間の声にも気付かず、締まりのない蕩けた笑みで浮かれている。
「渚君に愛される子はどんな子でしょう?きっとお花みたいな可愛いカップルになるんでしょうねぇ、ウフフ」
「………」

その日職員室では、磨きあげられた体術とありったけの武器で暗殺に励む烏間の姿があった。





お題サイト 確かに恋だった
青い恋をしている10題より 好きなくせに馬鹿みたい

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