■ どうしよう隠しきれない




どうしよう隠しきれない



今年の天気はおかしい、だなんて声を毎年耳にしているような気もする。殺せんせーが滅亡させなくても地球の未来は明るくないみたいだ。
目の前の土砂降りを呆然と眺めるしかない渚は、回らない頭でそう思った。実際に明るくないのは渚の今後の予定である。傘を持ってなかった渚は避難する暇もなく全身ずぶ濡れになってしまった。取り敢えずシャッターの閉まった店の軒先に身を置いたが、雨は止む気配はなく、こんなびしょびしょでは電車も乗りづらい。同じくファストフードで時間を潰すことも出来ない。コンビニで傘を買おうかとも考えたが、全身ずぶ濡れの人間が傘をさしているのも間抜けな絵図だ。
「本屋に寄ったのは失敗だったなぁ」
溜め息ばかりが虚しく数を増やしていく。



何故こんなことになってしまったのだろ。
冷えた身体を温かいお湯に癒されて、段々と冷静になってきた頭が回り始める。
「なんで僕、烏間先生のお家でお風呂入っちゃてるんだろ…」

結局、雨が止むのを待つしかないと諦めた渚の前に一台の車が止まった。驚いたが、車の中に居たのは烏間だと判りほっと胸を下ろす。その後窓を開けた烏間が「こんな雨の中なにしてるんだ」といつになく怖い顔で怒鳴られ、他にも何か云っていたようだが渚の周りはバケツをひっくり返したような豪雨である。烏間の声も聞き取れなければ、渚の声も届かない。
どうしようと狼狽える渚に、苛立ったような乱暴さで車のドアが開き、腕を取って引き込まれた。
「…先生、車、濡れちゃうよ」
「そんなことはどうだっていい」
助手席に乗り上げた渚が、座席のシートに水滴が流れるのを見て恐る恐る告げる。それをばっさり一刀両断する烏間。殺せんせーに悪辣な物言いをする様を見たことはあるが、渚たち生徒にこんな厳しい声を向けることはない。
(──なんか滅茶苦茶怒ってるみたい…)
初めて自分に向けられた烏間のキツイ態度に渚は完全に萎縮してしまった。それ以上話かける度胸もなく、気付いたら(恐らく)烏間の住むマンションで、呆然としている間に風呂場に放り込まれた。
「暖まるまで出てくるなよ」
車に連れ込まれてから、やっと聞こえた二言目がこれだった。

たまたま生徒が豪雨の中びしょ濡れで突っ立って
いるのを見つけてしまい、見て見ぬふりも出来ずに連れ帰ったのだろうが。
「烏間先生って実は殺せんせー並に生徒思いなのかな」
困っている人を見捨てられないお人好しなのだろうか。そういえば、渚は前にも助けてもらったことがある。派手に転びそうになったのを抱えて助けられたのだ。お陰で擦り傷一つなかった。
「だけど家に連れてきてお風呂まで貸してくれる人、中々いないよね」
状況のせいでかなり強引なところもあったが、凄いと思わざる得ない。
(っていうか、人の家のお風呂に入るのって、なんかえっちぃ感じがする…)足を楽々伸ばせる広い湯船はもちろん、壁も床も綺麗に磨かれていて、シャンプーボトルなどもきちんと並んでいる。几帳面な烏間の私生活が伺い見えて、そこに自分がいることがなぜか恥ずかしい。女の子でもないのに。
鼻の下まで湯に浸かりながら原因不明の羞恥に悶える渚だった。



「暖まるまで入ってろとは云ったが、湯だるまで我慢する必要はないんだぞ」
頭上から降ってくる呆れた声に項垂れる。まさかちょっと恥ずかしい思いにかられて出づらかったとは云えない。
「…すみません」
「謝る必要はないが、危ないから気を付けてくれ。…それより着替えがそんなもので悪い。他になくてな」
渚の制服は現在乾燥機の中をぐるぐる回っている。乾かしている間にと借りた烏間の服は、大きなシャツとぶかぶかのスウェットパンツだ。制服よりも沢山折り曲げていることはいうまでもない。しかもずり落ちないように、常に手でたくしあげないといけない。

出してもらった紅茶を飲み、一息ついたところで烏間に訊ねる。
「こんなにお世話になっちゃってあれなんですけど、どうしてここまでしてくれるんですか?」
「どうして?」
車に乗せてくれるならそのまま家に送ってくれるだけでもいい。渚は電車通学なので少々遠いが。
烏間は顎に手を当て、僅かに考え込んだ後で顔を上げた。
「そうだな。車で送るだけで良かったんだが…どうやら無意識にチャンスを逃したくなかったらしい」
「…チャンス?」
一体何のチャンスだろう。
「君と二人きりで話すチャンスだ。学校だと中々難しいからな」
渚は目を見開いて驚いた。
二人きりじゃないと話せないこととはなんだろうか。殺せんせーの暗殺のこと?それは、ない。勉強のこと?それも、烏間の教科は体育、尚且つ暗殺に関わることだから違うだろう。
他に烏間と渚の間にあったことはなんだったか。この間のカップケーキ?実は合わなくてお腹を壊しちゃったとか。つい先日助けてもらった時に、実は庇って怪我をしていた?それとも、何故か烏間に腹を立てていた業が後で何かしたのか。殺せんせーに度々子ども染みた嫌がらせをしているように。
考えてみて可能性があるのは一番最後のものか。
「か、烏間先生、カルマ君が何か…」
胸中浮かんだ想像に、真っ青になって隣に座る烏間の腕に掴みかかる。
「カルマ?ああ、赤羽君か。…あれ以来少し敵意を持たれてるようだが、まあ仕方ない。彼から見れば俺は面白くない人間だろうし、今となっては俺も同じ思いだからな。大人気ないが」
「面白くない?」
首を傾げながら、渚は違和感に気付く。烏間の纏う雰囲気が学校に居るときと違う。話し方も少し砕けて聞こえる。
腕を掴んでいる渚の手の上から、節が目立つ大きな手が重なった。
「気になっている子が他の男とくっついてれば面白くないものだろう。俺も折角家に連れ込んだ相手に、他の男の話をされるのは面白くない」
男は教師の面影など全くない、壮絶な笑みを浮かべて渚の言葉を奪った。

「…せ、せっ、せん…」
何を云われたのか。理解しようにも頭の中がパニックを起こしてバグ状態。ただただ熱くなる顔を隠そうと俯く渚を烏間は赦さなかった。重なっている手とは逆の手で顔を上げられてしまう。
「今は先生と呼ぶのは止めてくれ」
「でも、せんせっ、何云って…!」
「驚くだろうし、…怖いかもしれないが聞いてくれないか」
口元は笑みを称えているが、鋭い眼差しはどこか困ったように細められた。その表情に少しだけ渚の心音が落ち着く。
「なぁ、潮田。君が俺に憧れてくれているのは知っている。それも嬉しいが、出来ればもっと上に昇格してくれないか?」
これ以上ないんじゃないかと思うくらい顔が熱い。密かに抱いてた憧れを気付かれてたなんて。恥ずかしいなんてものじゃない。だが、今はそれどころじゃない。
「う、うえって…」
「恋に変えてほしいと云ってるんだ」



「………せんせい」
「先生じゃない」
「………烏間さん」
「何だ?」
「僕、心臓麻痺で死んじゃいそうです」
「…それは困るな」
力尽きた渚がソファーに崩れ落ち、間抜けな問答をしている遠くで乾燥機が終了の音を告げた。





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