ディなのにおいしそう
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 斉藤にマンションの前で降ろしてもらい、二人はバーナビーの部屋へと向かう。

「途中、デリか何か寄ってもらえばよかったですね。そういえば食べる物がなくて」
「そうだなー」

 部屋に向かう途中のエレベーターの中でバーナビーは虎徹に話しかけたが、やはり彼の様子は少しおかしいような気がする。斉藤さんと別れ、二人きりになってから虎徹の表情から笑顔が消えた。今二人きりでエレベーターに乗り、バーナビーは虎徹に背を向けているが振り返るのが何故か怖い。額に嫌な汗が滲む。
 気のせいだ、そう思おうとした。しかし聴覚が発達したらしいバーナビーは虎徹の心音が速いことや呼吸も少し速く乱れていることにも気が付いていた。……やはり、このまま部屋に行くのは危険な気がする。

「やっぱり……」

 今夜は別々に過ごしましょう、そう告げようとしたがエレベーターがバーナビーの部屋のフロアに到着した。
 虎徹はバーナビーの手からするりとカードキーを奪い、部屋の主より先に部屋に入ってしまおうとする。

「どうした、バーナビー。早く来いよ」

 振り返った虎徹はいつも通りの笑顔で、バーナビーはその笑顔に少し安堵し、うっかり捕獲されてしまった。虎徹はバーナビーの手首を掴み部屋の中へと引きずり込む。

「ちょ、虎徹さん……?」

 バーナビーを部屋の中に突き飛ばすと、虎徹はドアを締めてバーナビーへと向かってきた。逃げろ、逃げなければ……。しかし琥珀色の瞳に射抜かれてバーナビーは足が竦んでしまう。瞳孔が猫科の動物のように縦に細長い。バーナビーは理解した、彼は狩るもので自分は彼の獲物だと。

「……ヤバいな。この部屋の匂い」

虎徹は舌を出し己の乾いた唇を舐める。舌舐めずりにしか見えないその仕草にバーナビーは一歩後退りした。。
 バーナビーの聴覚は虎徹のドクドクドクドク速く波打つ鼓動を拾う。連動してバーナビーの鼓動も速く脈打った。しかしこの胸の高鳴りはそんないいものじゃない、バーナビーが感じているのは、恐怖だ。

「僕なんて、おいしくないですよ……」

 互いの吐息を感じるほどに二人の距離が近くなる。バーナビーの言葉に、虎徹は普段より鋭い犬歯を見せて笑った。

「食ってみなけりゃ、わからないだろ」

 やはりそうなのか、虎徹さんは僕を食糧だと感じているのか。彼は虎で、僕は兎だ。肉食動物の彼にとって兎の僕は恰好の獲物なんだろう。

「人間なんて、おいしくないに決まってます」
「お前は食ったことあんの?バニー」

 不意に昔の呼び方で名前を呼ばれてバーナビーは固まった。最近はずっとバーナビーと呼ばれていて、最後にバニーと呼ばれたのはいつだったか思い出せない。なんだか酷く懐かしかった。

「……どこまで正気なんですか、おじさん」

 どきりとさせられた仕返しにバーナビーも昔の呼び方で虎徹の名を呼ぶ。彼はただ、静かに笑った。

「ははっ、わかんねぇ。けど」
「けど?」

 虎徹はバーナビーの首筋に顔を埋めた。すうっと息を吸い込み、風が首筋を擽る気配にバーナビーの背筋がぞわりと震える。

「すっげー、いい匂いがするんだ。お前から。この部屋に入ってからは特にヤバい、お前の匂いが充満してて……」

 虎徹は一旦そこで言葉を切った。首筋に生温かな濡れた感触が広がり、虎徹の唇と舌がの触れているのだとわかる。

「ちょ、虎徹さん……?」

 虎徹の肩を緩く押してみたが、彼はバーナビーの首筋から顔を上げない。

「なぁ、少しだけ……」
「はい?」



 
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