ハンサムな彼女
翌朝、虎徹が出勤するとすでにデスクに向かっているバーナビーの姿があった。バーナビーがちゃんと出勤していたことに内心安堵しながら、虎徹はいつもと変わらぬフリでバーナビーに声をかけた。
「よっ、バニー。相変わらず朝はえーな」
しかし虎徹自身はいつも通り振る舞っているつもりでも、その様子はどこかおかしい。動きはなんだかカクカクしているし、声も少々上擦ってしまっている。
「おはようございます、……虎徹さん」
キーボードを操作していた手を休め、バーナビーはにこやかに挨拶を返した。途端、ぶわっと虎徹の顔が茹でダコのように赤くなり、二人の様子を見ていた経理のオバサンは訝しげに首を傾げる。
うろたえる虎徹に反し、バーナビーは落ち着いた様子で席を立った。
「コーヒー、淹れてきますね」
バーナビーが立ち上がると、席についてパソコンのスイッチを入れたばかりの虎徹も慌てて席を立つ。
「あ、俺も、ちょっとトイレ……」
トイレというのは勿論方便で、給湯室に向かうバーナビーを虎徹は追いかけた。
「ちょ、待てって、バニー」
バーナビーが振り返ると回りに人がいないのを確かめ、虎徹は声を潜めて話し掛ける。
「あれはひでぇよ、バニー」
「何がです?」
虎徹がなんの事を言っているかは分かっていたが、バーナビーはわかっていないふりをする。
「だから、いきなり”虎徹さん”って……」
唇を尖らせて不平を言う虎徹の頬はほのかに赤く染まっていて、かわいいな、とバーナビーは思った。
「虎徹さん」
「うおっ!な、なんだよ?」
虎徹の頬の赤みが増して、クスクスと笑いたくなるのを堪えるのが辛い。
今日からは、いつも”オジサン”と呼んでいる彼のことを”虎徹さん”と呼ぼうと決めた。もう彼を好きな気持ちを隠す必要もない。
「虎徹さん」
「な、ちょっ、ちけーよ、バニー」
バーナビーが顔を近付けると虎徹は慌てて、バーナビーの顔を押し返した。そんな虎徹に首を傾げ、バーナビーは涼しい顔で虎徹のハンチングに付いていたゴミを取り除く。
「ゴミが付いてましたよ?」
「あっ、そ、そーか。ありがとなっ!」
顔を赤くしたままずれてもいないハンチングを直す虎徹の耳元にバーナビーは顔を寄せる。手を添えて、甘い声でそっと囁いた。
「……キスでもされると思いましたか?」
「だっ!こ、こら、バニー!」
顔を真っ赤にして怒る虎徹がおかしくて、バーナビーはついに声を上げて笑い出した。
「あっはは、虎徹さん、顔真っ赤ですよ」
「うるせぇ、おじさんをからかうなよ!」
「虎徹さん」
「なんだよ、バニー」
今まで伝えられなかった分、今日からはこの気持ちを溢れるままに伝えよう。
バーナビーはハンサムな顔をくしゃくしゃに崩して笑った。
「好きですよ、虎徹さん。大好きです」
Fin.
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