ンサムな彼女
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SIDE・T


「ハァー……」

すっかり常連になってしまったバーのカウンターで、虎徹はその日何度目かわからない溜息を盛大に吐きだした。

「なんだ、虎徹。今日は一段と荒れてるなァ」
「うっせぇ」

焼酎のロックをちびちびとやりながら、虎徹は隣に腰かけるアントニオを軽く睨む。彼は黙って肩を竦めた。
アントニオには感謝している。虎徹が悩みを抱えていることに気付き、話したくなければ話さなくていいと、こうして何も聞かず酒に付き合ってくれている。本当にいい奴だ。
虎徹が悩みを抱えているのは事実だった。でもそれは気軽に人に相談できるような内容じゃない。
虎徹は先日、告白された。
妻とは死別しているし、現在恋人もいなければ好きな相手もいない。だから誰かと交際をするようなことになったって障害と呼べる物は娘の存在くらいで、その娘だって同居しているわけではないのだから障害と呼べるほどのものじゃない。
だから何も問題がなさそうなものだが、しかしその相手が問題だった。虎徹に告白してきたのは男だったのだ。しかも虎徹より一回り以上年下で、虎徹より5センチほど背が高い。次期KOHの座は確実と言われている自慢の相棒、バーナビー・ブルックス・Jr。
実は、バーナビーからの告白は初めてのことではない。
市長の息子のサムを預かってバニーの部屋を初めて訪れた時、その夜酔っ払ったバニーが俺を好きだと言い出した。俺はまさかそういう意味だとは思わなかったし、酔っているんだろうと大して気にも留めず、俺も好きだぜとか軽く返した。
それ以来バニーは何も言ってこなかったし、だからあの好きはラブじゃなくてライクだったんだろうと俺は判断して、何事もなく過ごしてきたのだ。それなのに。
ウロボロスの件が片付いて、俺は初めてバニーに飲みに誘われた。昔より大分心を開いてくれてヒーロー仲間で飲みに行ったりもするようになったけど、バニーから誘ってくれたのは初めてだった。俺は嬉しくて嬉しくて。そんな中、バニーの部屋で飲み直している最中にバニーはまた俺を好きだと言い出した。だから俺は答えたのだ。

「俺も好きだぜ、バニーちゃん」

次の瞬間、虎徹の視界はバーナビーでいっぱいになった。部屋にひとつしかない椅子に座っていた虎徹の上にバーナビーが覆い被さってきたのだ。

「ちょ、バニー?」

ただならぬ気配を感じて虎徹の身体が強張る。次の瞬間、虎徹の唇にバーナビーの唇が触れた。キスをされたのだ。
突然のことに驚き固まっていると、バニーの舌が俺の唇を這った。背筋がゾワリと震えて次の瞬間、虎徹は渾身の力でバーナビーを突き飛ばした。バーナビーの眼鏡が吹っ飛ぶ。
床に倒れたバーナビーは手をついて立ち上がった。虎徹も椅子から降り、床に落ちたバーナビーの眼鏡を拾って手渡す。ひどく混乱していた、でも何か言わねぇと。

「あの、さ」
「好きです」

先に言われてしまった。バーナビーの言う好きがライクではなくラブだということはわざわざ確認するまでもない。

「ありえねぇだろ、男同士で、気持ちわりぃ」

つい口をついて出てしまったが、気持ち悪いは言い過ぎただろうか、傷付いた顔をするバーナビーにちくりと胸が痛む。そんな顔すんなよ、バニー。俺なんかやめとけ、こんなオジサンなんて好きになっても報われねぇぞ。

「……帰るわ」

荷物を纏め、立ち去ろうとする虎徹の背にバーナビーは声をかけた。

「帰るって、どうやって」
「通りでタクシーでも拾う」

こんな時に俺の足の心配をするだなんで、やはりバニーは育ちがいい。

「また明日な、バニー。おやすみ」

俺はひらりと手を振りバーナビーの部屋を後にした。
そうだ、明日も仕事なのだ。バニーとはどうやったって顔を合わせる。俺達はバディなのだから。

「……はーっ、なんで好きだとか言い出すんだよ、あいつ」

俺たちはうまくやれてるじゃねぇか、バディとして。それだけじゃダメなのか?

翌日、虎徹が出社するといつも虎徹より先に出社しているはずのバーナビーの姿が無い。経理のおばさんに尋ねると単独での取材が入っていて直接そちらに向かってる、とのことだった。故意に避けられたわけではないとわかり少しほっとする。そこまであいつもガキじゃないってことだろう。
それでもバーナビーと顔を合わせるまでは緊張した。午後になりトレーニングセンターに移動してそこでようやくバーナビーの姿を見かけた虎徹は、一瞬悩んだがいつもと同じように声を掛けることにした。

「よ、おつかれさん」

後ろから肩を叩くと、声を掛けたこちら側が驚くくらいに肩が跳ねる。

「あ……、お疲れ様です」

バニーが緊張しているのが伝わって来た。俺だって緊張してる。けど他のヒーローの目もあるし、いつもと様子が違うことを気付かれたくはない。

「ちゃんと昼飯食ったか?目の下、クマできてんぞ」

虎徹がくしゃりと頭を撫でるとバーナビーは俯いてしまった。目の端に光るものに気付き、虎徹は慌ててしまう。

「ちょ、こんなとこで泣くなよ……」

虎徹はおろおろと小声で話しかけ、バーナビーは首に掛けていたタオルで汗を拭うふりで涙を拭いた。

「……すみません、大丈夫です。シャワー浴びてきますね」

そうして虎徹はバーナビーを見送った。一連の様子を見守っていたらしいネイサンガするりと近寄ってくる。

「ちょっとアンタ、なにハンサムのこと泣かせてるのヨ」
「だっ!泣いてねぇよ」
「ほんと?ハンサムのこと苛めたら、アタシ許さないわよォ?」

こういうことにやたら鋭いネイサンは何か勘づいているらしい。きゅっと尻をつねられて虎徹は溜息を吐きだした。

その後は一日出動もなく、浮かない顔をしている虎徹を心配したアントニオが声を掛けてきてこうして飲みに来ている、というわけだ。

「はぁー……」
「どうしたんだよ、虎徹。溜息ばっかじゃねぇか」
「……俺にも悩みくらいあるんだよ」

これはとてもデリケートな問題だ。とてもアントニオに相談できるような問題じゃない。第一、俺以上に恋愛経験豊富でもないアントニオに相談したってどうしようもないだろう。
相談できるとしたらネイサンあたりだろうが、アイツなんかに相談したら「いいじゃない、付き合っちゃえば」なんて言われかねない。

「どうすっかなー……」

虎徹は再び深い溜息を吐き出した。



 
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