Chocolat
「こんな物、どうして買ったんです?」
「……んなこと聞くなって…」
……もし万が一、勃たなかった時のための保険だなんて格好悪くて言えるわけがない。
バーナビーの手からディルドを奪い返すと、虎徹は箱の中へと戻してしまった。
「……ったく、ちっともいい雰囲気じゃねぇなあ」
口先ではそうぼやきながらも虎徹に頬を撫でられたバーナビーは、キスをされる予感に瞼を閉じた。
優しく唇を押し付けられて、バーナビーも虎徹の首に腕を回してキスに応える。
キスをするのに邪魔な眼鏡は虎徹に取り上げられ、テーブルの上へと置かれてしまった。
鼻先をくっつけたままの至近距離で、互いに焦点の合わない瞳を覗き込んで微笑み合う。
「……虎徹さん」
「なぁに、バニーちゃん」
虎徹の指先が耳の裏から首筋を擽り、薄いシャツ一枚の布越しにバーナビーの胸板を撫でる。
そのまま腹部へ滑った虎徹の手がシャツをめくり上げようとすると、バーナビーから待ったがかかった。
「……シャワー浴びてきてもいいですか?」
「だーめ」
シャツの中へ侵入してきた指先がバーナビーの胸元の飾りを摘まむ。
そこから電気が走るような感覚に、バーナビーは思わず虎徹の肩に爪を立てた。
「ッ……!」
虎徹の手がバーナビーの胸元をゆっくりと這う。行為を止めさせようとバーナビーは抵抗を試みるが、爪先で膨らんできた突起を掠めるように刺激されると身体の力が抜けてしまう。
「いや、です……、シャワーを先に」
「俺は気にしないよ?バニーちゃんの匂い好きだし」
虎徹はバーナビーの首筋に顔を埋めてクンクン匂いを嗅いでみせる。
首筋に掛かる鼻息がくすぐったくて、バーナビーは首を竦ませた。
「……そうじゃなくて」
今日は仕事の後、虎徹さんに少しでも早く会いたくて急いで来たのでシャワーを浴びていない。だから体臭も気になるが、バーナビーが気にしているのはもっと別の問題だ。
「……僕だって、それなりに勉強したんですよ。その、……するんだったら、ちゃんと洗浄しないと……」
男女とのそれと違い、男同士の行為は本来生殖器ではない部分を使うのでそのための準備が必要だ。
虎徹さんも勉強したと言っていたし理解はしているのかもしれない。けれどそのことを面倒に思われることが怖くて言い出し辛かった。
「ああ、なんだ。そんなことか」
しかし虎徹の反応はバーナビーが拍子抜けするほどに軽かった。
「俺がするから、バニーちゃんは俺に任せて」
それどころかそんなふうに返されて、バーナビーの顔は一気に赤く染まる。
「なっ……、するって、わかってるんですか?」
「わーってるって、実際にするのは俺も初めてだけど」
こんなことになるのなら、多少到着が遅れてでも準備を済ませてから来ればよかった。
しかしそんな後悔をしても後の祭りで、弱々しい抵抗を試みるバーナビーに構わず虎徹はみるみるうちに服を脱がせてしまう。
ソファーの上で上半身を剥かれ、虎徹の手が下半身に及ぶとバーナビーは脚を硬く閉ざして虎徹を拒んだ。
「往生際が悪いぞ、バニー」
「でも……」
「男同士なんだから、んな恥ずかしがんなって」
恥ずかしいのもあるが、素直に脚を開けない理由はそこではない。
こんな明るい部屋で、綺麗に洗ってもいない局部を虎徹の前に晒して、幻滅されるのが……たまらなく怖い。
「あの……」
顔を伏せたままのバーナビーから発せられた声が僅かに震えていることに気付き、虎徹の手が止まった。
今更引くつもりもないが、怖がらせるつもりはない。
「どうした、バニー」
虎徹はソファーの上に置かれたバーナビーの手に自分の手を重ね、優しく声をかけた。
バーナビーはゆっくりと口を開く。
「……怖いんです…」
「なにが?」
「……がっかりさせるんじゃないかって」
「しねぇよ」
虎徹は即答したが、バーナビーの不安は拭えない。伏せていた顔を上げたバーナビーは涙目だった。
「だって、アナルセックスですよ?お尻の穴なんですよ?」
「いや、んなことわかってるって」
「……汚いじゃないですか」
「んなことないって。俺、バニーちゃんのケツの穴ならキスだってできるよ?」
「……っ!」
虎徹の言葉にバーナビーは身体を後ろに引いた、とはいっても背後にはソファーの背があるのでほんの僅かにだ。
キス、は言い過ぎたかもしれない。
あまりにもバーナビーが不安そうに顔を歪ませるので、そんな心配は全く必要ないと伝えたかっただけなのだが。
微苦笑を浮かべて虎徹はくしゃりとバーナビーの頭を撫でた。
「わかった、……どーしてもシャワー浴びたいなら、一緒に浴びようか?」
虎徹の言葉に顔を伏せたバーナビーはこくりと頷いた。
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