Chocolat
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ブランデーで唇を湿らせた虎徹は上機嫌で口を開いた。

「くーっ!やっぱうまいわ、これ」

グラスの中身を急ピッチで空けてしまった虎徹にバーナビーは苦笑を洩らしつつも酌をする。

「……あまり飲みすぎないでくださいよ、虎徹さん」
「わーってるって!」

グラスを傾ける虎徹を横目に、バーナビーはケーキにナイフを入れた。一口で収まる程度のサイズにしたケーキを虎徹の口元へと運ぶ。

「虎徹さん」
「ン?なに、食べさせてくれるの?あーん」

大きく口を開けた虎徹にケーキを食べさせる。

「ん……、うん、うまい」

にこにこと笑う虎徹にバーナビーは頬笑みを返した。

「本当ですか?」
「うん、すっげーうまい。バニーちゃんにも食わせてやるよ」

虎徹がバーナビーの手からフォークを奪い、今度はバーナビーが口を開く。
大きな塊を押し込まれて、それでもなんとか咀嚼した。
もうグラス二杯空けてしまった虎徹は気が付かなかったようだが、このケーキはかなりアルコールが効いている。
焼き上げたスポンジにアルコールを染み込ませているので、アルコール分は飛んでいないのだ。
ブランデーを用量より少し多めに入れたのは故意にだが、それにしても少し入れすぎたらしい。これではケーキで酔ってしまいそうだ。
さらにバーナビーに食べさせようとしてくる虎徹のフォークを避け、その手を掴んでしまう。
虎徹の手からフォークを奪い返して彼の口元にケーキを運んだ。

「虎徹さんのために作ったんですから。日持ちするので、食べきれなかったら冷蔵庫に入れておいて下さい」

虎徹さんが喜びそうな高いブランデーを用意したのも、ケーキにたっぷりブランデーを吸わせたのも故意にだ。
ブランデーは貰いものではない、この日のためにバーナビーが用意したものだった。
……虎徹さんを酔わせてしまうために。

僕は臆病だろうか。

クリスマスの夜に初めて虎徹さんと肌を合わせた時、あの時はとても特殊な状況だった。
僕は僕ではあったけれど、僕の身体は女性の身体だった。
虎徹さんより小柄で胸も膨らんでいて、男の股間にあるはずのものはなく、代わりに女にしかないものがそこにはあった。
そんな僕だったから、虎徹さんは抱いてくれたんだろうと思う。
同じ状況で、男同士だったら一線を越えることはなかっただろう。
だから、僕は怖い。
あれから、何度か同じベッドで過ごしたこともあるというのに、抱きしめてキスする以上のことを虎徹さんは仕掛けてこない。
クリスマスの時は僕から仕掛けたのだし、また僕から仕掛けてもいいのだが、虎徹さんに拒絶されるのが怖い。
身体の関係が無くても今は、虎徹さんは恋人のように僕に接してくれる。拒絶され、その幸せを失ってしまうことがとても怖い。
だから、虎徹さんを酔わせてしまおうと思ったのだ。
酔わせて関係を迫ってしまえば、素面の時より流されやすいだろうし、例えうまくいかなかったとしても僕も酔っていたと言えばごまかせる。
僕は逃げ道を用意したかった。

けれど、物事は思うようには進まないものだ。
虎徹はアルコールに強い。バーナビーもそのことは十分理解していて、虎徹にブランデーを勧めながら自分はあまり飲まないようにしていたのだが。
いい感じに酔いの回ったらしい虎徹が、バーナビーがあまり飲んでいないことに気付くと、ふざけて口移しで飲ませたりして、結果虎徹よりもバーナビーの方が酔っ払ってしまった。
ことんと、虎徹の肩にバーナビーの頭が乗っかって来た。

「おっと……、バニー、大丈夫か?」

バーナビーの白い肌は薔薇色に染まり、目元はとろんとしてしまっている。
ピタリと体系にフィットした黒の半袖のシャツから覗く胸元も、腕も薔薇色だ。
思わず肌に触れてみると、いつもは虎徹よりも体温が低くひんやりとしているバーナビーの身体が熱い。
頬を撫でたその手を引こうとすると、バーナビーに手首を掴まれ阻止された。

「……っ!」

バーナビーの濡れた舌が虎徹の手のひらを這った。
驚いて、再び手を引こうとしたがバーナビーの力は意外と強く、今度は指先を口に含まれてぞくりと身体が震えた。

「ちょ……、バニー」

指先から指の付け根まで、バーナビーはゆっくりと口に含んでいく。
指に舌を絡めて吸われ、虎徹は思わずバーナビーの頭を押し退けた。
ちゅぽん、と音を立ててバーナビーの口から指が抜ける。
動揺を抑えようと虎徹が少し距離を取ると、逃がさないとでもいうようにバーナビーが首へ腕を回し抱きついてきた。

「……バニーちゃん、酔ってるだろー」

動揺を押し隠し、茶化して流してしまおうとする虎徹の退路をバーナビーは容赦なく断つ。

「…………男の僕には、欲情しませんか」



 
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