Chocolat
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TV番組の収録を無事に終えた後、バーナビーには単独の取材が入っていて虎徹とはTV局で別れた。
虎徹はバーナビーの仕事が終わるまでどこかで時間を潰して待っていようか、と言ってくれたが丁重にお断りした。
一回り以上歳が離れているし、何度か弱っている姿を見せてしまっているので、虎徹さんにとって僕はどうやら庇護欲をそそられるらしい。
そのことはわかっているし、時折そこに付け込んで甘えてしまっているのは事実だが、僕は虎徹さんに守られる存在ではなく、彼と対等でありたい。
TV局のスタッフに案内された控室でこの日初めての一人きりの時間が訪れ、ふと車の中で虎徹に手を握られたことを思い出した。
虎徹に握られていた左手が熱を持っているように感じて、冷えた右手で左手を握る。
クリスマスのあの日以来、二人はデートらしいデートはしていない。
本当に仕事が忙しかったのだ。
それでも忙しい仕事の合間を縫って、仕事帰りに二人で食事に行ったことは何度かある。
その後で虎徹の部屋に泊まりに行ったこともあるし、虎徹がバーナビーの部屋に泊まりに来たこともある。
でも、何もなかった。一緒のベッドで眠っても、何もしなかった。
キスはもう何度したかわからない。
虎徹はキスが好きなようで、帰宅したらただいまのキス、食事をしながら、酒を飲みながらでも視線が絡まるとキスをしたがる。
おやすみのキス、おはようのキス、行ってきますのキス。
一緒にいると一日に何度キスしたかなんて数えていられない。
でも、キスといっても唇を触れ合わせるだけのかわいいものだ。親が小さな子供にするようなキスだ。
クリスマスのあの夜にしたようなキスは一度もしていない。
我慢できなくてバーナビーから仕掛けたこともある。
でも困ったように笑って”疲れてるだろ、バニー。明日も忙しいし、今夜は眠らないと”なんて諭されて額にキスなんてされてしまうと、実際に僕は疲れているし、虎徹さんがいるとなぜかとてもよく眠れるので睡魔に負けてしまうのだ。
そんなわけで、クリスマスのあの夜を最後に、二人の間には何もない。
あの夜が最初で最後だ。
バーナビーは虎徹のことを愛しているし、虎徹からも愛されていると感じている。
肉体関係がなくたって、今のままでも十分幸せだと思う。
でも、やはり何かが足りない。

どちらかといえば自分はそちら方面に関して淡泊なのだと思っていた。
そういったことに自分から興味を持つ年齢になる前に経験は済ませてしまったし、バーナビーを求める相手は絶えなかったので相手に不自由したことがない。
だからバーナビーは自分から求めたことはなかった。来る者は拒まなかった代わりに去る者も追わなかった。
行為自体は好きだとも嫌いだとも思ったことはない。ただ人の体温は温かくてとても安心して、誰かがいてくれると安眠できた。
あの頃の自分は淋しかっただけなのかもしれない。
けれど愛する人との行為は違う。それを虎徹さんに教えられた。
愛する人と身体を繋げることは、ただ単に性欲を満たすだけの行為ではない。
あの夜の、何とも言えない満ち足りた幸福感をもう一度味わってみたい。

バレンタインは絶好のチャンスだ。
二人穏やかな時間を過ごす今の関係も悪くはない。
けれど一度知ってしまった蜜の味を手の届きそうな距離でずっとおあずけ状態で、バーナビーの我慢は限界に達しようとしている。
そろそろ今の状態に終止符を打ち、次の段階へ進みたかった。
……バレンタインの計画を練り直さなくては。
思い出して予約していたレストランにキャンセルの連絡を入れた。
冷静に考えてみればバレンタイン当日に男二人でレストランで食事だなんて、目立たないわけがない。ヒーローに復帰したばかりの二人は、今世間に注目されている。
そのタイガー&バーナビーが実はできてる、なんて低俗なゴシップ誌が喜びそうなネタだ。
そんなことにも気付けないだなんて、どうやら相当頭が湧いていたらしい。
バレンタインなどのイベントごとには今まであまり興味が無かったが、それは一緒に過ごしたい相手がいなかったからだと思う。
愛する人と一緒に過ごす初めてのイベントに自分は浮かれていたらしかった。
バーナビー自身は二人の関係に後ろ暗いところなどなく、本心を言えば公表してしまいたいくらいだと思っている。
だが、それはイメージダウンにつながると虎徹や上司であるロイズにも硬く口止めされているし、バーナビー自身も理解していた。
今はその時ではない。
誰にも文句を言われないほどの力を手に入れなければ、自分を貫き通すことなどできない。
バーナビーは手本にするべき人物を知っている。ネイサン・シーモアだ。
彼女はセクシャルマイノリティであることを隠さず、社長業とヒーロー業を兼業するという荒業をやってのけている。
彼女のように強い人間になりたい。
そのためにはまず、ヒーロー業を着実にこなし一部リーグへ復帰を果たさねばならない。そして再びKOHの座を手に入れるのだ。
コンコンと、ドアがノックされる音が響いてバーナビーは即座に気持ちを切り替えた。
虎徹に向けるのとは違う営業用の笑顔を張り付けて、バーナビーは席を立った。



 
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