It's a Wonderful Life
「……おまっ、その格好似合わねーなァ」
「いいんですよ、もうじき元に戻るんですから」
身支度を終えキッチンに向かうと朝食の準備がすっかり整っていて、三人揃って食卓を囲んだ。
何だか、くすぐったいような、けれど幸せな気持ちに満たされる。
家族で食事をするというのは、こんな感覚なんだろうか。
食事を終えると、虎徹の車に三人で乗り込んだ。楓は助手席、バーナビーは目立たないよう後部席へ。
まずは楓が能力をコピーさせてもらったネクストの少女の元へと向かう。
車が到着すると、一緒に付いていくという虎徹を振り切って楓は一人で行ってしまった。
『バーナビーさんを一人にしておいて、何かあったらどうするの?』
虎徹としては楓のことも心配だったが、現状のバーナビーを一人車に残していくのも心配で、仕方なく楓を見送ることにした。
昨夜のバスルーム以来の、二人きりの時間が訪れる。
何から切り出したらいいのだろうか。
気まずい沈黙を先に破ったのはバーナビーだった。
「……もうじき元に戻ってしまいますけど、最後に触っておきますか?」
バックミラー越しにバーナビーに視線を向けつつ虎徹は尋ねた。
「…………何を?」
バーナビーは小首を傾げつつ、自分の胸を持ち上げる仕種をした。
「胸、とか?」
「だっ……!さわんねーよっ!」
「そうですか。昨夜すごく揉まれた気がしたので、好きなのかと」
「そりゃあ好きだよ。好きだけどさああ……」
ミラー越しにバーナビーがライダースのジッパーに手を掛け、少し前を開けるのが見えた。
「本当に、いいんですか?」
「う……、じゃあ、ちょっとだけ…」
しかし虎徹がバーナビーの誘惑に負け、後部席のバーナビーの胸に手を伸ばそうとした絶妙なタイミングで楓が戻ってきた。
「ただいまーっ。あれ、お父さん、何やってんの?」
「なっ、何もしてないって!なぁ、バニー?」
虎徹がバーナビーに救いの手を求めるとバーナビーはクスクスと笑った。
「ええ、何もされてないですよ」
バーナビーは楓が戻ってくるタイミングがわかっていて、虎徹を誘惑したのだ。
そうと気付き、バーナビーのことを軽く睨んだが、バーナビーに微笑まれて虎徹の怒りはあっさりと流される。
「それより虎徹さん、そろそろ時間が」
バーナビーに言われ時計を確認してみると、もう出社予定時刻まであまり時間がない。
その前に、楓のことも駅まで送っていかねばならないのだ。
ゆっくりしている暇はない。
「楓、バーナビーを元に戻してやってくれるか?」
楓の手の平の間に、また球体の光が生まれる。虎徹はその光をぼんやりと眺めた。
これでバーナビーは本当に元の身体に戻るんだろうか。
昨夜のバーナビーの身体の抱き心地を思い出すと、正直少し残念だし元に戻ってほしくない気もする。
やっぱり最後にもう一度、触らせておいてもらえばよかったなァ。
バーナビーの身体が真っ白な光に包まれて、光に眩んだ瞳が視力を取り戻した頃には見慣れた、いつも通りのバーナビーがそこにいた。
「……本当に、戻ったんだな」
長い夢を見ていたようだ。
不安になり思わず腕時計を確認したが、時計には勿論26日と表示されていた。
昨日のこの時間には、バーナビーは今のこの姿だったのだ。
「長い一日でしたね……、一生忘れられないクリスマスになりましたよ」
本当に長い一日だった。いろんなことがありすぎて、あれが全部一日の間に起きたことだとはとても思えない。
「私も、すごく楽しかった!また三人で遊園地行きたいなあ」
「またバーナビーが変装して?」
「もう女性の格好は懲り懲りです。今度は変装せずに行きましょう、三人で」
「でも、バーナビーさん、ファンに囲まれちゃわない?」
「じゃあ、透明になれるネクストの力を借りるとか」
「お、いたなあ、そーゆーネクストの犯人!ほら、楽屋泥棒の」
他愛もない話をしながら虎徹の車は走り出した。
楓を駅で降ろし別れを告げ、アポロンメディア本社へと車を走らせる。
再び二人きりになり、今度は助手席に腰掛けたバーナビーは隣で運転する虎徹へと視線を向けた。
「ンー、なァに?バニーちゃん。そんな熱い眼差しで見つめちゃって」
バーナビーの視線がくすぐったくて、思わず茶化してしまった。
「いえ……、なんだか現実味が無くて。昨日のことは夢じゃないんですよね?」
信号待ちで停まった車内で、虎徹はバーナビーの手を握る。
「虎徹さん…?ンッ……!」
一瞬のことだった。
顎を掴まれて唇を奪われた。
顎にざらりと、虎徹の髭の感触が一瞬当たる。
「……夢じゃないだろ、バーナビー」
「…………ええ」
不意打ちなんて卑怯だ、顔が熱くてたまらない。
口元を手で覆いつつ軽く睨むと、虎徹はニヤッと笑った。
「バニー、またセックスもしような。男同士なんてどーやんのか知らねぇけど」
「……僕も知りませんよ……」
「あー、……まァ、なんとかなるだろ」
「はぁ」
「んだよ、乗り気じゃねぇなァ」
「すみません、何だか信じられなくて」
「なにが?」
「その……、想いが通じるとは思っていなかったもので」
「かーっ、ネガティブだなあ!おい」
「仕方ないでしょう、僕はあなたとは違うんです」
そうだな、俺とバニーは全然違う。
けど、俺だってお前とこうなるなんて思ってもみなかったよ。
俺なんかがお前の未来を縛っちまっていいのかって、今だって罪悪感に苦しんでる。
けど、もう決めたんだ。
行けるとこまで行くんだって。
信号が青へと変わり、車は再び走り出した。
「なぁ、バーナビー」
「もう、何です?」
直接顔を見て話すのはなんだか照れ臭くて、俺は視線を前へ向けたまま口にした。
「今日からまたタイガー&バーナビー復活だ。よろしくな、相棒」
また何かくだらないことを言われるかと思っていたのに、違った。
そうだ、今日から僕はまたヒーローに戻る。
能力が一分しか続かない虎徹さんが、いつまでヒーローを続けられるかはわからない。
けれど、虎徹さんがヒーローを続ける限り、僕もヒーローを辞めることはないだろう。
この人の隣に立つのは、僕しかいない。
「……ええ、こちらこそ。よろしくお願いします。虎徹さん」
Fin.
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