Catch me if you can.
指先で中を探り異物を取り出してしまうと、もう一度奥まで指先を押し込んで何も残ってないことを確認する。
最後にシャワーで洗浄して、手も石鹸で丁寧に洗った。
歯ブラシの包みを開けて歯を磨き、お気に入りのコロンを少量振り掛ける。
シャワーは仕事の後に一度浴びてるし、下準備はこんなもんでいいだろう。
あまり時間を掛けていると、相手のやる気も削がれてしまうかもしれない。
鏡の前で服装を整えると虎徹は部屋を後にした。
廊下に出て、男が待っているはずの隣の部屋のドアの前へと立つ。
辺りはしんと静まり返っていて、虎徹は控え目にドアをノックした。ノックの音が無人の廊下へと響き渡る。
程なくして扉は開かれ、虎徹は部屋の中へと招かれた。
「早かったね、まだシャワーも浴びてないんだけど」
ジャケットを脱いではいたが、男はネクタイも締めたままだった。
虎徹に腰掛けるように促し、ルームサービスで用意したのだろうワインを虎徹へと勧めてきた。
「あー、俺も浴びてない。あんたにその気が無くなる前に、と思って」
虎徹は男からグラスを受け取り、口は付けずにグラスの中で赤い液体を回した。
「急いで来たんだ?」
男はクスリと笑い、自分のグラスへ口を付ける。
ワインを飲もうとしない虎徹に気付くと片方の口端を上げた。
「……心配しなくても、何も盛ったりしていないよ」
密かに気にしていたことを見透かされ、虎徹は肩を竦めた。
「最初に言っとくけど、薬はイヤだし、身体は丈夫なほうだけど、あんまダメージが残るようなのは困る。いつ仕事の呼び出しがあるかわかんねぇから」
こんな夜更けに出動要請が来る、なんてことはまずないだろうが、いつでも出られるようにしておくのは長年ヒーローをしてきた虎徹にとって習慣みたいなものだった。
「わかった、薬は使わない。他に注意事項はあるかな?」
虎徹はグラスを傾け、ようやくワインを口にした。
甘味と酸味と、僅かな渋味が口の中に広がる。
グラスを置き、視線を男へと定めた。視線を外さないまま自分のネクタイを緩め、第一ボタンを外す。
「……あとは、あんたの好きなように」
大抵の男はこれで落とせるはずだった。しかし男の反応は違った。
「言ったでしょ、君のこと好みじゃないって」
男は顔色ひとつ変えずワイングラスの中身を飲み干し、新たなワインをグラスに注いだ。
虎徹はわけがわからない。
「だっ……!ならなんで、誘いに乗ったんだよっ?」
寝るつもりもない男をわざわざホテルに連れ込むだなんて理解できない。
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