Catch me if you can.
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「久し振り。なあ、そのジャケット、一晩貸してくれない?」

そいつは顔見知りの男だった。寝たことはないけれど、何度か店で顔を合わせたことがある。

「なんだよ、何に使うの」

俺は笑って、カウンターの奥にいる男を視線で示した。

「あのオジサマがさ、スーツじゃないと駄目だって」
「……ひとつ、貸しだからな。あと、汚すなよ。汚したらクリーニング代請求するから」

そいつはジャケットを脱ぐと、笑って俺に手渡してくれた。
ジャケットの代わりに、俺は被っていたハンチングをそいつの頭の上に乗せる。

「サンキュ。朝には返しにくるからさ」

ベストを脱ぎジャケットを羽織ると、俺はカウンターの奥の男の元へと戻った。

「どう?」

俺が得意げな顔をして腰に手をあてポーズを決めてみせると、男は目尻にシワを寄せて笑った。

「いいんじゃない。ちぐはぐだけど」

さすがにスーツのパンツまで借りるのは忍びなくて、俺の下半身と上半身は合っていない。
けど上下黒だし、別に昼間のオフィス街を歩くわけじゃない。夜の街を歩くには問題ないだろう。
男は懐から財布を出しママを呼んだ。
どうやら男は俺の誘いに乗ってくれるらしい。
ここの会計も持ってくれないかと、俺は少しだけ期待を込めて男に視線を向けたが、あっさりと裏切られた。

「あ、彼と会計は別でね」





男と一緒に店を出て、夜の街を歩いた。
これからメイクラブする相手だけど、手を繋いだり腕を組んだりなんてしない。
一定の距離を保ったまま俺達は進んだ。
大通りに出ると、男はすぐにタクシーを捕まえた。後部席に一緒に乗り込む。
男が告げたホテルの名前は、無知な俺でも知っている高級ホテルの名前だった。

「俺、んなたっかいホテルの部屋代出せないよ」

一泊いくらするのかは知らないし、本当に支払えないような額ではないだろうが、きっと支払いたいような額じゃない。

「部屋代はいらない。そのくらいは出してあげるよ」
「……さすが」

タクシーは俺が先程通ってきたルートを逆戻りし、高層ビルが立ち並ぶ繁華街を抜けていく。
しばらく走るとタクシーは目的のホテルへと到着した。
ホテルの入口に立っていた黒服のボーイがにこやかに車のドアを開けてくれる。
車を降り、ホテルのロビーへと足を踏み入れた。フカフカの絨毯に俺の汚れた靴が沈む。
男がチェックインの手続きのためにカウンターへ向かってしまったので、俺はソファーに腰掛け辺りを眺めた。
夜遅い時間ということもあり、ロビーにはほとんど人がいない。
チェックインを終えた男が戻って来たので、俺は立ち上がった。男の手にはカードキーが二枚。
そのうちの一枚を手渡され受け取った。
案内のボーイを断り、二人でエレベーターへと乗り込んだ。

「気が向いたら、来たらいい。僕は隣の部屋にいるから」

そういって男は、自分のカードキーを俺に示した。6013。俺のカードキーは6014。



 
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