Catch me if you can.
俺のボトルは無事にキープされていたようだ。ママがボトルを俺の目の前に置いた。
「どうする?ロック?」
「いや、水割りで。薄めにしといて」
ターゲットを定めた俺は、あまり酔うつもりはなかった。察したママが水割りを作りながらニヤリと口角を上げて笑う。
「ふふっ、やーねぇ、悪趣味」
「あー、……やっぱ、わかる?」
ママはちらりと視線をカウンターの端の男へと向けた。
たまにしか店に来ない俺の名前を覚えていた上、男の趣味まで把握しているなんて、商売柄必要なことなのかもしれないが俺は素直に感心した。
「最近、たまーに来るのよ」
「へぇ……、いつも一人で?」
「最初は、若い男のコと来たわ。でもそれからは一人で来てるわね……紹介してあげようか」
言うなりママは、俺の返事も待たずにその男の元へと向かってしまった。相変わらず行動が早い。
追い出せるならさっさと追い出して店の回転を上げるつもりか、単なる世話焼きなのかはわからない。
ここのお代は、ボトル代の他は1分座っても20ドルで朝までいても20ドルだ。
常に中身が寂しい俺の財布にも優しい料金設定。
俺はママと話しをしている男へと視線を向けた。
男の年齢は50歳前後。この店に来る客は比較的年齢層が高めだけど、奴は最高齢の部類に入るに違いない。
きっちりスーツを着込んでいて、面長な顔には余分な肉が付いていない。座っているので体型はよくわからないが、恐らく細身だろう。
目が合ったので流し目を送ってみると、男は笑顔も見せずやれやれといった様子で肩を竦めてみせた。悪くない反応だ。
男と話し終えたママが戻ってきたので、俺は少し身を乗り出した。
「で、どうだった?」
「好みじゃないけど、話し相手になるくらいだったらいいそうよ」
「そっか」
俺が奴の好みのタイプじゃないことくらい最初からわかっていた。だから落ち込んだりはしない。
そういう奴をその気にさせるのも面白い。それでベッドまで持ち込めれば俺の勝ちだ。
「玉砕したら、私が慰めてあげる」
「ははっ、サンキュ」
俺はグラスを持って男の隣の席へと移動した。
「隣、いい?」
「どうぞ」
声も悪くない。低くもなく高くもなく、しかし落ち着いた、年齢を重ねた心地好い声だ。
俺はグラスを置き、遠慮なく男の隣に腰掛けた。
間近で観察してみると、やはり男は細身だった。俺はマッチョは好みじゃない。
それに、スーツは男の体型にピッタリとフィットしていて余分なシワがなかった。きっとオーダーメードなんだろう。
改めて、こんな安い店にこの男は不似合いだと感じた。
たっかいホテルのお高くとまった、ピアノの生演奏なんかが流れてるようなバーの方がこの男には似合っている。
「とりあえず、乾杯」
俺はニコリと微笑み、グラスを合わせた。男は愛想笑いすら浮かべない。
さあ、どうやってその気にさせようか。
虎徹がどう会話を切り出そうか考えていると、男の方が先に口を開いた。
「……君も物好きだね。私みたいなのに自分から声を掛けるなんて」
初めて男が笑った。片方の口角だけを上げるニヒルな笑い方だった。
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