並木
ロバロイ


行きつけのカフェテラスでランチを食べ、空腹を満たされたところに暖かな春の日差しが降り注ぐ。
どうしようもなく睡魔が訪れるそんな昼下がり、やはりもう一杯コーヒーを飲んでからオフィスに戻ろうかと思った所で携帯が鳴りだした。
画面を見れば、ここのところ最も着信履歴の多い相手の名前が浮かんでいる。ロバートからの電話だった。ロイズはわずかに頬を緩ませながら電話に出た。

「どうしたんだい?こんな時間に珍しい」
「いや、今夜の予定はどうかと思って」

問われて、今日のスケジュールを思い浮かべる。特にこれと言って予定はないはずだった、何か事件が起こったりしない限り、今夜は早く帰ることができるだろう。

「特に予定はないよ。もしかしてデートのお誘いかな」

気恥ずかしさから茶化して口にしたが、デートというのは間違いではない。
ロイズと、この電話の相手とはそういう間柄なのだから。

「そう、君と花見がしたくなってね。仕事が終わったら連絡をくれないか、迎えに行くよ」

仕事の合間に電話をくれたんだろう、要件のみを告げて電話はすぐに切れた。
花見ならば昨日妻と行ったばかりだ、ここシュテルンビルトには桜並木がある。オリエンタルタウンから友好の証に贈られたのだ。
そのオリエンタルタウンでは桜を見ながら酒を飲んだり宴会をする風習があるらしい。シュテルンビルトではさすがにそんな風習までは根付いていないが、それでも一年の中のわずかな期間、可憐な薄ピンク色の花を咲かせるこの樹木は人々に愛されていて、毎年花の咲く季節になると桜並木を歩く人の数は爆発的に増える。
妻の要望で花見に出かけたが、休日だったせいもあり、桜を見に行ったのか人を見に行ったのかわからないほどの混雑ぶりだった。
夜ならば、少しは人も少ないだろうか。
人込みは苦手だが、彼と桜を見るのは悪くない。

「お待たせ」

仕事を終え会社を出ると、少し歩いた先に見慣れた車が停まっているのがみえた。ロバートの車だ。
助手席側に回り、シートへと腰を落ち着ける。シートベルトを締め車が進み出すと、ロバートの手が伸びてきてロイズの手を握った。
思わず身体が硬くなる。どうにも触れられることに慣れないのだ。それに気付いているロバートは、肩を揺らして愉快そうに笑う。

「そう硬くなるな、何もしないさ」

いい歳をして本当に恥ずかしいことだが、それだけでロイズの顔は一気に熱くなってしまった。ロバートの手を振り払い、両手で顔を覆ってしまう。
何も言わないロイズの隣でまだ笑っている相手を指の隙間から睨んでやると、ロバートの笑みは一層深くなってロイズの頭をくしゃりと撫でた。

二人は昔、同じ大学へ通っていた。先に声を掛けてきたのはロバートの方だった。いつも一人でいるロイズに調子の良い笑みを浮かべて近付いて来たロバートに対する第一印象は、決していいものではなかった。
それでも馬が合ったのだろう、二人が打ち解けるのにはそう時間は掛からなかった。男同士だったが、元々バイセクシャルだったロバートに迫られて身体の関係すら持つようになった。でも二人は付き合っていたわけではない、互いに好きだと口にしたこともない。
二人が疎遠になったのは、大学を卒業して接点が無くなったせいだった。別々の企業に就職し社会人として歩み始めた二人は忙しさに流されて、互いに連絡も取らなくなった。
それでも、ロバートはどうだか知らないが、ロイズはロバートのことを忘れたことはない。人付き合いが苦手だったロイズにとって、ロバートは何もかも初めての相手だったからだ。親友と呼べる間柄になったのも、キスをしたのも、セックスをしたのも何もかも。
一度も言ったことはないし、言ったら関係が崩れてしまうと思い、当時言いだす勇気もなかったが、ロイズはロバートのことが好きだったのだ、初恋だった。
そんな二人は最近になって再会した。意外なことにロバートはすぐにロイズに気付いた。自分のことなんて忘れてしまっているかと思っていただけに嬉しかった。
それだけではない、連絡先を交換し二人で飲みにでも行こうと誘われた時は社交辞令だろうと思ったが、彼は本当に誘ってきた。そしてそのまま身体の関係をも持ってしまい今に至っている。

車をとあるオフィスビルの地下駐車場へと入れてしまうと、二人は通りへと歩き出した。

「誘っておいて悪いんだけど、あまり時間がないんだ」
「わたしは、構わないよ」

本心ではなかった、正直少し淋しい。しかし家では妻が待っているし、ロイズとしても帰らないわけにもいかない。

「急ですまないとは思ったんだけど、君と花見がしたかったんだ。明日は雨で散ってしまうかもしれないからね」

ロイズにとっては昨日歩いた桜並木を二人で歩いた。夜ならば人が少ないかとも思っていたが、考えは甘かったようだ。
夜は夜で、ライトアップされた桜を目当てに訪れる人が多くいて、正直歩きづらい。前を歩くロバートの背をしっかり見つめておかないとはぐれてしまいそうで、正直桜を眺めるゆとりがない。
そんなロイズの心を読んだのだろうか、不意に手を握られてロイズは戸惑った。まさか、こんなに人のいる場所で手を繋いだりしてくるとは思ってもみなかったのだ。
戸惑うロイズに対し、ロバートは茶目っ気たっぷりに笑ってみさる。

「大丈夫、こんな人込みだし誰も気付かないさ」

頬が少し熱いのを自覚しながら、ロバートに手を引かれるままに歩いた。桜並木はそう長くはない。それでも、いつまでもこの時間が続けばいいと願わずにはいられなくて、ロイズはロバートの手を強く握り返した。



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