MISS BUNNY
ネイサンがさっさと帰ってしまったので、虎徹も店を出てバーナビーのマンションへと向かうことにした。
部屋の前まで行き、呼び鈴を押す前にひとつ大きな溜息を吐き出す。
呼び鈴を鳴らせばバーナビーがにこやかに迎え入れてくれることだろう。
その時に憂鬱そうな表情なんて見せれば、バーナビーは心底俺のことを心配し、何があったのかと事細かに聞き出したがるに違いない。
「ほんと、何でこんなことになっちまったんだ……」
二度目の溜息を吐き出し、先程ネイサンに言われた言葉を思い出した。
『ハンサムが元に戻らないの、アンタのせいかもしれないわよ』
……俺のせいって、どういうことだ?
虎徹が部屋の前で悩んでいると、廊下を歩く足音が聴こえてきた。
コツコツと響くハイヒールの音に反射的に振り返ると、まず視界に飛び込んだのはスラリと長い脚。
短めのスカートの脇には深めのスリットが入り、覗く白い太股がたまらなく眩しかった。
更に視線を上げていくと、しっかりとくびれたウエストにボタンを開けたシャツの隙間から覗く深い谷間。
その上には恐ろしく小さな顔が乗っかっていて、金色の長い髪が腰まで流れていた。
何一つ隙がない、完璧な女がそこにいた。
「不二子ちゃん……」
虎徹は思わず呟いていた。
スリーサイズはきっと、上から順に99.9、55.5、88.8に違いない。
突然現れた峰不二子は、コツコツと虎徹の前まで歩いてくるとピタリと止まった。
サングラスを外し蕩けそうな甘い笑みを虎徹に向ける。
「おかえりなさい、虎徹さん」
虎徹が状況を理解するには少しの時間が必要だった。
「バ、……バニー?お前、その格好…」
虎徹がたじろぐとバーナビーは不安そうに瞳を揺らした。
「やっぱり…、どこかおかしいですか?」
「いーや、全然!スゲーいい女だなあって思って、ビックリしちゃったよー!」
虎徹が全力で褒めるとバーナビーは淡く頬を染め微笑み、虎徹の腕に自分の腕を絡めてきた。
腕に触れる柔らかな胸の感触に自然と頬が緩む。
「部屋に入りましょう、虎徹さん」
いつもは並んで床に腰掛けるのだが、今日はバーナビーに椅子に座るように促した。
そんな深いスリットのスカートで床に座られたら、いくら相手がバーナビーだと頭でわかっていても目のやり場に困る。
話しを聞いてみると、部屋に篭ってばかりいては気が滅入るだろうと、アニエスが気を利かせて着替えを持って訪ねてきたらしい。
アニエスにも意外と優しい所があるものだと虎徹が感心してみせると、バーナビーが苦笑を漏らした。
このままバーナビーが元に戻らないままだと、HEROTVの視聴率に影響が出るので、もし元に戻らないなら謎のニューヒーローとして出演してもらうことも考えなければならないと、今日は衣装合わせに引きずり回されたらしい。
視聴率命のアニエスならば充分有り得る話だ。
「じゃあ、今着てる服は?」
「服はアニエスさんが経費で買ってくれました、もし僕が元に戻ったら自分にくれと言ってましたけど。しっかりしてますよね」
どこかで見たような服装だと思ったが、それはアニエスの趣味なのかと虎徹は納得した。
「その髪は?」
「これはウィッグです。エクステも勧められたんですけど、もし元に戻った時のことを考えるとちょっと……」
虎徹はロン毛のバーナビーの姿を頭に思い描いた。
確かにあまり、似合わないというか、王子とでも呼ばれそうというか。
「……だな」
いつものバーナビーのままがいい。
そこでふと、虎徹は我に返った。
予想外の展開ですっかり忘れていたが、お互いいつまでもこの状態でいるわけにはいかない。
確かに今、目の前にいるバーナビーは目茶苦茶魅力的だ。
これまではすっぴんしか見たことがなくて、まぁ元がいいのか女になっても美人だったからすっぴんでも気にならなかったが、今日はメイクもしていてどこかのモデルか女優さんみたいに綺麗だ。
だけど、騙されるな鏑木虎徹。
こいつはすっげー美人だし胸はでかいし二人きりのときは目茶苦茶可愛いけど、中身はとんでもなく嫉妬深くて、独占欲が強くて、それを隠そうともしない。
俺の手には余る、困ったお姫様、いや女王様だ。
「虎徹さん?」
急に難しい顔をして黙り込んでしまった虎徹に、バーナビーは不安そうに声をかけた。
虎徹は顔を上げ、しっかりとバーナビーの瞳を見つめ口を開く。
「バニー、大事な話があるんだ」
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