MISS BUNNY
その日、バーナビーは元に戻るまで自宅待機を命じられ、虎徹だけが出勤した。
ジャスティスタワーのトレーニングルームに向かう途中、虎徹はネイサンと出会った。
ネイサンは二人の仲を知る唯一の相手で、度々相談相手にもなってもらっている。
「で、どうなの?ハンサムは」
ネイサンの言葉に昨夜の情事の様子を思い出し、虎徹の目尻が下がった。
「やー、かわいいよ?巨乳だし!」
「やだっ!ハンサムが巨乳だなんて」
ややオーバーアクション気味に引いてみせたネイサンだが、すぐ穏やかな表情へと切り替える。
「でも、よかったじゃない。体が女の子になっちゃった以外は異常はないんでしょ?」
「あぁ、昨日一通り検査受けたけど、大丈夫らしい」
不幸中の幸いというべきか、性別を変えられた以外には怪我もなく、異常は見つからなかった。
だからこそ昨夜、あんなことやこんなことをしてしまったわけだが。
虎徹が昨夜のことを思い出しニヤついていると、何やら思案していたネイサンが口を開いた。
「……あと何時間かしたら元に戻っちゃうのよねー、…いいの?」
「へっ?なにが?」
質問の意図が分からず虎徹が問い返すと、ネイサンは少し言いづらそうに口にした。
「アンタ、元々ノンケなんだし、ハンサムが元に戻っちゃうの淋しくなぁい?」
しかしネイサンの心配をよそに、虎徹は後頭部をガシガシとやりながら笑ってみせた。
「あー、けど俺、アイツのこと好きだし。男とか女とか、そんなん関係ねーよ」
バーナビーに好きだと言われ、最初のうちはのらりくらりとかわしていた。
しかし一緒にいるうちに、自分もそうかもしれないと気付き、随分と戸惑ったものだった。
性別なんてどうでもいい。そんな考えに至るまでには随分と悩んだものだが、今はとっくに振り切れている。
「あーあ、もうっ、アンタたちほんとバカップルよねっ!」
しかし、予想外の事態が発生した。
夜になっても、翌日になっても、バーナビーは元に戻らなかった。
そして三日が過ぎた夜。
「なー、あいつ絶対おかしい。メール今日何回来たと思う?69回だぜ?すぐ返事しねーと電話してくるし」
虎徹はすっかり参っていた。バーナビーの様子が明らかにおかしいのだ。
あれから毎晩、虎徹はバーナビーの部屋に泊まっていた。
あの姿では外出もできないし、食事にも困るだろうからバーナビーの面倒をみるようにと会社命令も受けていた。
しかし、そんな命令がなくてもほっとけなかっただろう。
だが、虎徹はもう限界だった。
仕事後、バーナビーの部屋に直行する気分になれず、一杯だけとネイサンを飲みに誘った。
「あら、69なんていい数字じゃない」
いつもの調子で軽く返したが、ネイサンの目にも虎徹の憔悴ぶりは明らかだった。
だからこそこうして虎徹の誘いにも乗ったのだ。
「よくねーよ!あ、またメール来た」
ぽちぽちとメールを返す虎徹の姿はすっかり恐妻家のようである。
「あんた、巨乳でかわいいなんて言ってたじゃない」
メールを打ち終えた携帯を乱暴にテーブルの上に置き虎徹が吠えた。
「そーだけど!やっぱいつものアイツがいいって。やたら甘えてくるし、可愛いっちゃ可愛いけど、人の携帯勝手に見るし、登録してある女の連絡先全部消されたし。アニエスやブルーローズまでだぜ?」
「あら、じゃ、私も?」
「いや、お前は消されてない」
「なんでよっ!」
実はネイサンはバーナビーからも相談を受けていた。虎徹は女性の身体の方が好きなのではないか、自分はこのまま、女性のままでいた方がいいのではないかと。
「あんたたち、ホント、めんどくさいわね」
「へ?」
ネイサンはグイッとグラスを傾け中身を飲み干すと、代金をテーブルに置き立ち上がった。
「ちゃんと本人に言ってあげなさい。男だとか、女だとか関係なく好きだって」
「えっ……、けど、今更」
虎徹の言葉を遮り、ネイサンは忠告した。
「言うのよ。ハンサムが元に戻らないの、アンタのせいかもしれないわよ」
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