小説 | ナノ





”デート”なんて一度もしたことながなくて、ましてや男友達と何処かに出掛けることもなくて。だから、私にとって今日は予想不可能な出来事で、緊張で息がうまくできない。それくらい、キャパシティオーバーなわけなのですよ。


「無理言ってごめんね」
『いえ、そんな、全然大丈夫です!』

初めて見た氷室先輩の私服がかっこよくて、見とれてたなんてそんな。無言で歩いていたら不意に話し掛けられて少し慌ててしまう。でも何を話せばいいとか分からないし、というかなんで私なんかが先輩と出掛けてるという事実が理解不能で。

『わ、私なんかで良かったんですか?』
「私なんかなんて言わないでよ。二葉亭が良かったんだ」

二葉亭が良かったんだ、そのフレーズが私の脳内で何度もリピートして響いてかなりのタイムラグでやっと理解した。まるで期待してもいいみたいな言い方だな。やめて欲しい。先輩は海外で過ごしていたからそういう言葉に慣れているかもしれないけど、私なんかが聞いたら勘違いしてしまう。自惚れてしまう。なんといったって相手は学内でも一、二を争うイケメンなわけでして。ちくりと胸が痛くなって、ぎゅうと目を一瞬瞑り忘れようと、脳内をリセットした。


『今日は、あの、なんの用ですか』
「俺の大切な人が誕生日プレゼントをね。女性ものってやっぱり男一人で買いにいくのが抵抗あってね」

さらりと吐いた言葉は私にはあまりにも鋭く刺さった。ほら、やっぱり期待なんてするものじゃない。リセットしきれない心が泣いてる。馬鹿。

因みに、私の誕生日は先日終わってしまった。



『そう、なんですか』
やっと振り絞った言葉は素っ気なくて可愛いげがなくて、ああ駄目な私。


****


「今日はありがとう」
『いえ、私も楽しかったです』

もう充分過ぎるくらいに日は傾いて時刻は寮の夕飯時刻を過ぎていた。

「今日買ったこれはね、俺の大切な恩師にあげるものなんだ」
『おんし?』
「そう、恩師。安心した?」

『へ?』

私、今すごく間抜けな顔をしてると思う。

「だって買い物してるときの二葉亭、拗ねたような顔をしてたりしたから」

『え、いや、え?私、そんな顔してましたか?』

昔から感情を隠しきれない私の馬鹿!じゃあきっとつまらない顔をしてたりとかもしてたのかな。すごく失礼だよ私。


「俺が本当に今日買いたかったのはこっちね」

赤い小さな包を渡された。かわいいりぼんをしゅるりと外せば中からハートのネックレスが出てきた。

『これ、は』
「二葉亭がかわいいって言ってやつだよ。貸して、つけてあげる」
先輩の長い指が首筋に当たるのが恥ずかしくて身体中の熱が首に集まるような感覚になる。

「うん、かわいい。それ、遅れちゃったけど誕生日プレゼントだよ」
『……え?』


驚いて振り向くと二人の距離はゼロになった。つまり、つまり?

私の唇と先輩の唇が、

『せ……』

今、


「俺の大切な人」

ふわりと笑う氷室先輩の顔が、近くて、近くて。

「ごめんね、遅れて」

『せんぱい……?』


「付き合ってくれるよね、菜々子」

ずるいよ、この人。
私が答える前に肯定してる。

『宜しくお願いします』

キラリとネックレスが輝くのを合図に、私たちはもう一度唇を重ねた。


title:反英雄さま



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