小説 | ナノ





息を吸って、吐いて。
もう一度息を吸って、吐いて。
それを繰り返して何万回、何億回。



『は、なッれ……ぁ……んッ』
今、それを阻止してくる輩がいる。必死に離そうとするが、相手は190前後の大男。平均的な体格の女子の体じゃあ、そいつを引き離すのは至難の技だ。

『き……せ……』
「名前、呼んでくれなきゃ離さないっスよ」

『なっ……ん』
呼ぶも何もお前がこの口を塞いでるから、名前なんて言えるわけないじゃないか。どんどん酸欠になり、頭はぼーっとしてくる。お互いの息が微熱を発する。考えることを許さない口付けを、もうどれくらい続いたのか。


もう、立つことも儘ならなくなり、完全に体を黄瀬に預ける形になった。

「なんで……赤司っちには名前で呼ぶんですか」

『はっ……』

やっと唇を離してくれたものの、まだ酸素が頭に回らない。くっそ、黄瀬のやつもう呼吸を整えてやがる……。

『……征十郎……に、呼べって………言わ…れた』

なんとか呼吸を整えて言葉を吐いた。

「これ以上、他の男の名前読んだら、キスだけじゃすまないっスよ」

ぐっと私の肩に力を入れた。

『……黄瀬』

「呼んで」


なんでそんな、私の言葉を欲しがるの?君の名前はいつだって、誰にだって愛されて呼ばれてるじゃない。

「お願いっス」





『呼んでやんない』

唇に甘噛みをひとつかましてやった。

「なっ……!」


自分の中の全力ダッシュでその場を後にした。残された黄瀬の表情を見ないように、振り返らないで。



(世界で一番)
(あんたの名前が嫌いだよ)

この唇は、息を吸うためだけにあるんだから。


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