隣の席の赤司くんは、私が人生で知り合った中で最も完璧に近い存在だった。
バスケ部の首将、成績優秀、容姿端麗。この三つのワードだけで、彼の大方の説明はつく。
彼曰く、人生で一度も敗北したことはないという。常に勝者であると断言してきた。
へえ、そうなんだ。と軽くあしらい、心の底からこういう人とはあまり話をしたいとは思わなかった。極端に立場が違う人間とは価値観があわない。それが、私の持論。
まあ、負けを知らない人なんて、人であるかどうかすら怪しい気がする。
幸い彼自身も私には、隣の席にいるクラスメイトとしての最低限の会話しかすることはなかった。
「ねえ、菜々子って赤司くんの隣の席なんだって?」
帰り道、クラスの違う友人が私にそう聞いてきた。私はうんと頷くと、彼女はやたら楽しそうに笑ってきた。なんで。
「へー、あの赤司くんが隣なんだー、ふーん」
「なんか随分と楽しそうだけどなんなの、気持ち悪い」
「話したりとかした?」
「え、うん、まあ、普通に」
「すごいじゃん!」
「は?」
彼女が言うには赤司くんはバスケ部の人(レギュラー)以外とは殆ど会話らしい会話をすることはないらしい。しかも女子と、(日常会話?)をすることは極めて珍しいとか。
それを見たクラスメイトの誰かが赤司くんと私が付き合っているのではなんて噂している輩もいると、彼女は言った。
誰だよ、そんな妄想に妄想を重ねて勘違いした馬鹿は。
「赤司くんモテるから、ファンの子に奇襲かけられないように気を付けなよ」
なんて笑っている彼女に少しイラッとして軽く頭を叩いてやった。こっちはいい迷惑である。
***
次の日、日直だった私は日誌を職員室に持っていき教室に戻りろうとしていた。教室の前の廊下にくると、中で誰かが話している声が聞こえた。やけに真剣そうに、女子生徒が話す。
「あの、迷惑なのは分かっているんでけど、……私、赤司くんのことが好きです」
見知らぬ女子生徒の(恐らく)人生最大の大勝負の瞬間を目撃してしまった。しかも相手は赤司くん。そっとドアの隙間から中を伺うと女子生徒は学年でもモテると噂の子だった。
「すまないが、君の気持ちに応えることは出来ない」
静かに、そう答えた彼の姿は影に隠れて表情は伺えない。
「好きな人がいるんだ」
これは、大スクープってやつだ。すごいものを見てしまった。見てしまった後で少し申し訳なくなった。
失恋した彼女は赤司くんに一礼してが泣きながらこちらに向かってくるので、私は慌てて隣の教室に逃げ込んだ。通りすぎたのを確認して、教室に入るとまだ赤司くんがいて少し気まずい。
「聞いてただろう」
咄嗟に否定しようとしたが、なんだか嘘をつけず肯定。別に赤司くんは気を悪くした様子もなかった。
「赤司くんって好きな人いるんだね」
「……いないと思っていたのか」
「うん」
やはり、そうか。とぽつり呟いた赤司くん。
「#名字#」
「はい、なんですか赤司くん」
「僕の好きな人、気になるかい?」
「気にならないわけでもない」
「教えてあげるよ」
まじか。今日二つ目のスクープだ。誰だろう、私の知っている人だろうか?
彼は、
赤司くんは、
私に指さしこう言った。
「僕の好きな人」
同時に下校チャイムが鳴った。それは、はじまりの合図のようだった。
title:淑女さま