※ショタ赤司くん




「春になったら桜を見に行こう」

そう言ったのは僕だった。細い足で隣を歩く、花子さんは笑った。

「そうだね、見に行きたいね」

花子さんは近所にすむ8つ年上のお姉さん。年の割りにまだ幼い印象があるのは、笑うときに出来るえくぼのせいなのか、それとも服装なのか。けれど、僕なんかに比べたら全然大人で身長も10センチは違う。

びゅうと音を立てて吹いた風は三月にしてはまだ冷たく、嫌なほどに春はまだ遠いのだと告げられた気がした。その風に晒されている花子さんの指先は赤い。耐えきれなくなって、左の手を右手でぎゅっと掴んだ。
突然の行動に一瞬花子さんは驚いた顔を見せたが、すぐに笑ってみせた。いいも悪いも言わずに、その手を払いのけることはしなかった。それはきっと、僕を子供としか思っていない証拠なのだと痛感した。そして微かに分かるその鉄の固まりは、残酷なほどに僕を引き離そうとした。
ああ、こんなちっぽけなものが、花子さんを縛っているのか。悔しい、けれど僕なんかはまだ子供で、この重みのある枷を外してあげられるほどの力はない。無力だ。

どうしようもない現実に、頭がクラクラする。しっかりと歩いてきたはずの道は、いつの間にか足の踏み場がないくらいに行き場をなくしていた。

このまま、花子さんを連れ去ってしまえたらいいのに。あんな奴に、彼女を渡したくはないのに。


ふと、誰かに呼ばれた気がした。声の主は、線路の向こう側に立っていた。その人が呼んだのは、僕ではなく花子さん。

花子さんはゆっくりと僕の手を離した。その時に見えた指輪が、僕には痛いくらい眩しくて、目を反らした。



「幸せになって下さい」

精一杯の言葉だった。
花子さんはまた小さく笑って、ありがとうと言った。


灰色の空の下、三月の終わりごろ。僕はまだ、冬の中にいた。


title:心臓さま


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