「好きなら好きって言えばいいのに。一葉は可愛いんだから、大丈夫だよ」

女友達が言うような台詞を山口は言う。彼の本心を知っているからこそ、言葉に詰まった。そんなことないよと、当たり障りなく答え、その先の会話を続けるようなことはしない。

山口は早々に席を立ち部活だからと鞄を持った。

「早く、幸せになって欲しいな」

振り向いて、彼は笑った。
去り際の言葉は、聞こえないふりをした。

山口は私のことを恋愛として好きだという。本人からは聞いていないけど、月島から言われた。その時の衝撃はかつてないものだった。だって、恋愛相談に乗ってくれていた相手が私のことを好きだなんて。しかも、その真相を明かした張本人を私は好きなのだ。不毛の連鎖が出来上がっていた。
きっと月島は私の想いに気づいていない。気づいていたらこんな無神経なこと言わないし、山口と仲がいい私だからもう既にお互い好きあってるんでしょ?なら早く付き合いなよという、普段の月島からは考えられないお節介が発動してしまった。こんなとこでお節介を発動して欲しくなかった。

この時点をもって、私の恋は失恋へと変換されたことを思い知った。もう、無理だろう。
月島と仲のいい女子など、私以外に見たことがなかった。だからこそ、月島は私のことを好きだと、それが恋愛感情なのだと思い自惚れていた。実際は私の欲しい好きではない。残酷なまでに明解な答えは私の自尊心を傷つけるには十分過ぎた。

ポロポロと涙がこぼれてきた。
知っているのに、私はまだ山口に相談をしている。そんな自分が一番残酷だって分かっている。

「ごめんなさい」

誰に言うわけでもなく呟く。その言葉ですら、私の心を傷つけた。
許して欲しいなんて思わない。好きになったこの心だけは許して欲しい。

俯いていた私の影にもうひとつの影が見えた。ゆっくりと顔を上げると、月島が立っていた。なんで、ここにいるの?私は怖くなった。零れる涙をセーターの袖で拭って取り繕う。

「なんで泣いてるの」

月島は走ってきたのか、少し額に汗をにじませている。やけに色っぽい低い声が私の鼓膜を震わせる。ぐっと息を飲み込んだ。

「目に、ゴミが」

嘘だなんて分かり切ってるだろうけど、月島は言及しない。分かっているからこそ、聞かないのかもしれない。

「月島はなんでここにいるの」

「山口に言われた。一葉がここにいるって」

なんで山口がそんなことを。

「一葉が呼んでるって聞いたから」


「私、そんなこと」

言ってない、と言えばまた逃げることになる。

それと同時に「早く、幸せになってね」山口の言葉が私の中に反響した。
また逃げても、誰も幸せにならないことを私は知っていた。3人での仲のいい時は静かに終わりを告げていた。


山口、私は貴方がよく分からない。なんでこんなにも酷い私に痛いくらい献身的なの。
ずるい、人なのに。
酷い、人なのに。

声を出そうとした。言葉を紡ごうとした。次の言葉はもう浮かんでる。ゆっくりと息を吸って吐いた。

「あのね、月島、聞いて欲しいことがあるの」

自分よりも相手の幸せを願うばかりに、傷ついてしまった。
誰の為の献身かなんて、痛い程分かる。

「私ね、ずっと前から、」

視界は朧げで、目から雫が零れる。
淡い影が静かに重なった。


「好きなの、月島のことが」



「うん、知ってる」

臆病でごめん。僕も、君が好きだよ。
私の耳元でそっと呟き、触れるだけのキスをした。


ボロボロに傷ついた誰かが、壁の向こうで静かに涙を零していた。

企画:僕の知らない世界で さまに提出させて頂きました。
振り向いて、微笑んで
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