長かったテスト期間をようやく終わらせた時の気持ちは、宛ら囚人が牢獄から釈放された時と然程変わらないんだと思う。思うだけで実際は知らない。テストの結果?テストの結果はもうどう足掻いたって変わらないから気にしない。来週の自分が辛くなればいいだけの話。今の私にはあまり関係がない。 さて、久々のシャバの空気とやらを楽しもうじゃありませんか。 「一葉、今日遅刻したから教室の掃除やってから帰れよ」 担任がニヤニヤしながら言った。ああ、ほら、このタイミングで言ってくる。わざとだな。へーへー、分かりましたよ。仕方ないからしてやるよと言えば、偉そうな口を叩くなとプリントの束で殴られた。先生、それ、テストの解答じゃない? 頭を抱えて掃除用具入れに向かう。すると、同じクラスの菅原くんにすれ違った。菅原くんは部活のジャージと短パンという、まさしく運動部の格好をしていた。そして、つい短パンから覗かせる、白く細い、しかし程よく筋肉質な足に目がいった。 「すげ」 ぽつりと言葉を零してしまった。菅原くんがそれに気付き、何が?と声を掛けてきた。 「あー、うん。菅原くんて運動部なんだね」 目線を相手の目にシフトする。するとニカッと歯を見せて、「おー、そうだよ」と笑う。ほー、愛想がいい奴だな。 「バレーやってんだ」 トスっていうの?レシーブっていうの?バレーの知識のない私には、菅原くんのするジェスチャーがなんだかわからなかった。分からないけど、体育のバレーでみたことがある動きをした。 「うん、がんばってね」 「おー。樋口はこれから何すんの?部活?」 私は首を横に振って、掃除用具入れから箒と塵取りを拝借した。成る程と菅原くんが頷く。 「まだ部活まで時間があるから手伝ってやるよ」 「え、まじて!菅原くんていーやつだね!」 面倒な事なのにそんなに仲がいいとも言えないクラスメイトを手伝ってくれるなんて! 早速、掃除用具を渡す。二人でやればあっという間に終わる。早く帰れる。菅原くん様様だ。 「いやー、菅原くんのお陰で助かったよー! ありがとう!」 「いやいや、どういたしまして」 じゃあ、とカバンを肩に掛ける菅原くん。 「あ、今度ジュースおごらして」 「いいよ別にこれくらい」 「でも、」 さすがに何もお礼しないのは、申し訳ない気がする。せめてと思い、ジュースくらいと思ったのだが。 「じゃあー、メアド教えてよ」 「メアド? そんなんでいいの?」 私は制服のポケットから傷だらけのガラケーを取り出した。ストラップがじゃらじゃらと音を立てる。 交換してすぐに菅原くんは体育館に走って行った。男の子の背中って広いんだなー、あんなに足は細いくせして。 きらきらした目をしてるくせに。 「菅原くんってかっこいいんだなー」 なんとなく思ったことを口にする。放課後の教室にぽつりと零したその言葉は誰にも聞こえない。 きっと彼にも。 夜に来た彼からのメールには、名前とアドレスと番号。あとかわいい顔文字。 樋口じゃなくて、名前でよんでもいい? それだけの言葉で、少し顔がにやける。私の中で、菅原くんの存在が大きく変わっていったんだ。 Title:いとくずさま うまれた熱の行方 |