あの瞬間確かに恋をしていたんだ

※本編にて未成年の喫煙描写がありますが、それは作品の脚色であり未成年の喫煙をすすめているわけではありません。



体育館から歌声が鳴り響く。全校生徒が歌っているのだから、音量的にはまあ大きい。屋上にいる私の所にまではっきりと聞こえてくる。
今、体育館では卒業式が行われている。ここ数日愚図ついていたお天道様も本日ばかりは、晴れてくれたみたいだ。雲一つない、これぞまさに晴天。私はその空を仰ぎながら、タバコに火を点けた。

ガチャリ、重いドアが開く音がした。今日ばかりは先生も生徒も全員体育館にいる。しかも、普段ですらひと気のない西棟の屋上、来訪者は決まっている。

「やっぱり、ここにいたのか」

「真面目な赤司が卒業式をサボタージュなんて、どうかしたか?」

ふう、と煙を吐けばふわりと吹いた風に散らされた。ろくに防寒具(唯一カーディガンを着用)を装備していない私には、三月の春風は大分肌寒かった。

「どうかしたか、じゃないだろう。今日は先輩が主役だろう」

淡々と話す彼は、表情筋がピクリとも動かない。相変わらずお硬いねえ。

「タバコ臭い私なんかが行っても、式を台無しにするだけ。行かない方がいい。終わり良ければなんとやら、だ」

クスクス笑ってまたタバコを口に咥える。肺を煙で充満させ、またそれを吐き出す。私の溜息にも近いその行為に対し、彼は本物の溜息をした。

呆れを通り越して彼は諦めているように見えた。
上履きを履いている彼は足音一つせずに、こちらに向かって一歩一歩進んでくる。私は咥えていたタバコを丁寧に自前の簡易灰皿ケースに捨てた。

「臭い」

「レディーに向かってそれは失礼だと思うぞ」

「タバコを吸ってる先輩は嫌いだ」

「何をしようと私の勝手だろう」

「じゃあ、それは僕も同じなはずだ」

ぐいっと顔をあげられ、唇が重なった。勢いのまま、彼を押しのけ距離を置く。彼は乱れたシャツを整え、唇を舐めた。本当にこいつは年下なのだろうか?さすがに動揺したが表には見せず、余裕を見せる。

「好きだよ、先輩。だからタバコやめよう」

企むような、策士のような顔つきで言う。実に挑戦的だ。肝が座ってる。
二人の間に風が吹いた。揺ら揺らと髪を、スカートを揺らす。

「タバコのよさが分からないガキに興味ない」

足早にその場を後にする。赤司は何も言ってこない。どうせ、赤司のことだ。私をからかっているんだ。私はそう思い込んだ。



春の風が吹く度に思い出す。
あれから五年経った今、私はタバコをやめた。理由はきっと、あのときの彼がタバコを嫌いだったからだと、自嘲気味に笑った。


企画:社会の窓さまに提出させて頂きました。

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